第58話 この道の先に。その6

「どうしたんですか?そんなに辛気くさい顔をして。めでたい席なのですから、ほら、笑顔笑顔」


……隼斗は妙にテンション高いな。

ちょっとうざいくらいだ。


「隼斗兄さん、飲みすぎですよ。ほら、あちらのベンチに行きましょう」


「琉斗、俺は酔っていないぞ。そこで凹んでいる兄さんに、良い話を持ってきてやったんだ」


……良い話だと?

隼斗の場合、以前の事があるから信用ならないが……。


せっかくだから、聞いてやるか。




「良い話って何だ?」


「ほら、兄さんが聞きたがってますよ。腕を離して下さい」


琉斗は嫌々ながら、掴んでいた腕を離した。


そして、何を言い出すのかと隼斗の言葉を待っていた。


「あのお人好し……あ、いや、兄さんのかつての想い人は、フリーらしいですよ。まぁ、側にいた若い男のモノになる確率は高いらしいですが」


「そうですか。それのどこが良い話なんですか?」


琉斗が隼斗にそんな話は聞きたくないと、ムッとしている。


まぁ……俺も正直聞きたくはないが、ここで揉め事を起こす訳にもいかないし、黙って聞き流せば話が終わるだろう……くらいにしか、思っていなかった。



「ここからが、本題なんですけど。2人がそんな態度なら、話すの止めようかな~」


……何だ、その上から目線の態度は。

また出たか、隼斗の意地悪い性格が……。


「隼斗兄さん、焦らさないで話してもらえませんか?」


「……隼斗、さっさと話せ」


俺の言葉を聞いて、隼斗がニヤリと笑った。


なんだ、その笑みは……。

……やはり聞くのではなかったと、後悔しそうだ。



「俺が見たところ、例の女性は誰かを待っているみたいですね。まぁ、言わなくても誰かは自分で察してもらいたいですが。ですので、あの若い男の事は眼中に無いんじゃないですかね」


……何!?

それは、由樹が俺を待っているということか?


「隼斗兄さん、それ……本当の情報ですか?また兄さんを困らせるなら、俺は許しませんよ」


……琉斗、怒りすぎて『俺』が出てるぞ。

隼斗は、そんな琉斗を見て嬉しそうにニヤリと笑った。

他の人の情報を信じるならそうしろだと?

隼斗が言うには……自分の目は間違いないし、信じなければそれはそれで構わないと。



そこまで自信満々になって言うならば、信じても良いよな?


今から俺が由樹に会いに行けば……。


……いや、焦りは禁物だ。

由樹の父親と後程話す時間があるし、それが終わってからでも間に合うだろう。


だが、そうは思っていても落ち着かない俺の心。

それからは、由樹の姿を探しては目で追ってしまうという行動を無意識に取ってしまっていた……。



「パーティ楽しかった~」


「えぇ、思わぬ収穫もありましたし……来てよかったです」


「俺も、来てよかったですよ。美味かった料理のレシピ教わったので、帰ったら早速作ってみますよ」


「僕も、デザートを何品か教わったので、帰ったら楽しみにしていてください」


皆、それぞれ楽しんだようだな。

俺は……楽しむどころではなく、かなり落ち着かない状態。

由樹の父親と話さなければならないのに、由樹と話がしたくてソワソワしていた。



「蓮斗くん、私達は先に帰っています。ですので、明日にでも帰ってきてくれれば良いですよ」


「そうですね。兄さん、店は連休にしておきますから。お客様には申し訳無いですが、たまには良いでしょう」


……連休か。

でも、そんな勝手なことしても良いのか?

ここで用事を済ませたらすぐに帰るから、休みにしなくても間に合うと思うが……。



「やった~連休かぁ。帰ったら瞳ちゃんに会いに行こうかな」


「光、お前は……それしか考えられないのかよ。帰ったら俺を手伝えよ」


「え~!陽毅さんが……鬼だ」


陽毅は、帰ったら新たなレシピ作りにとりかかるのだろう。

光は遊ぶ気満々だったが、もし断ったら……後で陽毅の鉄拳をくらうだろうな。



「光くん、それなら私達で営業しますか?私は構いませんけど」


「光、どうしますか?」


「……しっかり手伝い頑張ります」


「良い心がけですね。という訳なので、蓮斗くんは安心してゆっくり帰ってきてください」


ハハハ……。

剛士さんと琉斗の無言の圧力に負けた光は観念したらしく、大人しく従うことにしたみたいだ。


これは、皆が俺を気遣ってしてくれたことだ。

悔いの無いように、俺がしなくてはならないことをして帰らなくてはな……。



「蓮斗くん、お待たせしました」


「いえ、こちらこそお疲れの所……ありがとうございます」


パーティの後片付けの最中……健二さんに呼ばれ、住まいの居間へと案内された。


片付けはスタッフや他の人に任せたらしく、一応……健二さんが主役だし良いだろ?と笑っていた。


奥さんも俺達と一緒に住まいの方へと来て、キッチンから飲み物を出したと思ったら、健二さんの隣に座った。


……もしかして、2対1で話すのか?

男同士で話すのかと思っていたから、緊張が増してきたぞ……。



健二さんは緊張しなくて良いからと、俺を見て笑い……奥さんの結花さんは、緊張している俺を見て微笑んだ。


なんか、良い夫婦だな。

とても羨ましくて、微笑ましい光景だ。


「私、ちょっと席を外しますね」


「うん。また戻ってきて」


「はい、わかりました」


結花さんは、ごゆっくり……と言って、店へ行ってしまった。

後片付けを手伝うようだ。

主役だとはいえ、申し訳無いって言っていた。


やはり、見た通り……優しい女性なんだな。



「もしかしたら、結花は蓮斗くんの義理の母になるかもしれないんだよな。母よりは姉みたいだけどね」

突然、健二さんから出た言葉。

それは、由樹と俺が結婚したら……という事だよな?


「えっ、姉というより……俺より若いし、妹みたいな感じですね」


急に変なことを言うから、動揺してそんな返しをしてしまった俺。


嬉しいけれど、そうなって欲しいと思うけれど……まだ由樹とは話せていないから、ぬか喜びも出来ない。

健二さんを見ることができず、俯いたまま苦笑してしまった。



「結花は私より7つ年下なんですが、とても可愛くて愛しい女性です。親友の妹として接してきたのですが、離婚した私に幸せになって欲しいと……由樹に言われてしまいました」


そして、結花さんが健二さんに告白し、2人が付き合うようになり……結婚に至ったみたいだ。


「……結花さんは、健二さんの7歳下なんですか?」


……やはり、中山さんの身内だったのか。

でも、妹だとは思わなかったな。

結花さんの年齢も、40代に見えないし……驚くことばかりだ。


「結花は、時々20代に見られるみたいですね。私も最初は新の娘かと思ってしまったくらいですから」


……娘か。

だよな、そう思うよな……あの可愛さでは。



「あぁ、話が脱線してしまいましたね。実は蓮斗くん、貴方にお願いがあります」


「……はい」


健二さんは、真剣な目をして俺を見た。

お願いって……一体なんだ?

改まって言われると、かなり恐縮してしまうのだが……。



「由樹を連れて帰って欲しいんだ」


「はい。……えっ!?」


……今、何て言われた?


由樹を……連れて帰れと!?



「……奈都子が由樹にした事を知ったのは、あの子が高校を卒業して、兄さんの家を出て行ってからなんです。それで、奈都子と離婚しようと決意しました。だけど、由樹には知らせるなと……兄さんに止められました。家族がバラバラになったのは、自分のせいだと思っていると」


奈都子という女性は健二さんの元妻で、由樹の弟……健太郎の実の母親。


健太郎が由樹を好きになったことで、大切な息子を誘惑した女は許さないと……由樹に対して冷たい態度で接していた義理の母。


だけど、父親には心配をかけたくないと黙っていて、伯父さんの店に居候をしていた由樹。


健二さんはその頃仕事が忙しくて、奈都子に家を任せきりだった自分の責任でもあると……。

由樹には、申し訳無い事をしたって謝ったそうだ。



「だけど、由樹は……『お父さんのせいじゃないよ。だから、謝らないで』と、私を責めなかったんです」


俺だったら、間違いなく奈都子っていう女が悪いと責めるし、由樹に酷いことをしておいて謝らないのか!?と、怒鳴るだろうな。


だけど、由樹は……誰のせいにもしないんだ。

自分が気を付けなかったからこうなったの、と言ってしまうんだよ。

優しくて健気な由樹だから、俺が守らなくてはと思ったんだ。

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