第47話 兄弟対決の行方。その6

作り終えた気持ち……か。

私は終わって清々しい気持ちだけど、蓮斗さんはどうなんだろう?

チラリと蓮斗さんの顔色を伺って見てみると、何か考えている様で……何を言い出すのかが分からない。

……蓮斗さん、大丈夫かな。



「……では、先に隼斗君から聞きましょうか」


「はい。俺は、嬉しくて仕方がないです」


兄さんが考え込んでいるから、俺を先にしたのか。

まぁ、どちらが先でも答えは変わらないが。


「即答だね。それは何故?」


「この勝負の結果が見えているからです」


これで兄さんとの悪縁も切れるしな、勝負にも勝てるし一石二鳥だろ。


「なるほど。隼斗君、ありがとう」




「では、次に蓮斗君……この料理を作り終えた気持ちを、話してもらえますか?」


「はい」


俺は質問された時、少し考えた。

何故……こんな質問をするのかと。

でも、質問する理由を考える必要は無いんだと、俺は思った。

誰に質問されても、俺のこの答えは変わらないからな……。



「俺はいつも料理を作り終えて、お客様にその料理が運ばれる時……食べている間だけでもリラックスしてもらいたい、幸せになってもらいたい、そう願いを込めています。今日の料理も、同じ気持ちで作りました」



「蓮斗君、ありがとう。俺も……その気持ちを見習わなければいけないね」


「……そうだな」


師匠と弟は、兄さんの言葉に感心していた。

でも……兄さん、そんな綺麗事を言って審査員を感情で操作しようとしても、もう遅いですよ。

今更、結果は覆せませんからね……。




「……では、今から結果を発表します。この勝者は、『Coffee shop in a quiet forest.』をこちらにいらっしゃる桜井龍斗さんより正式に受け継ぎ、守っていく事になります。俺と兄さんが立会人になるので、その後……下手な小細工をしたら許しませんからね?」


試作室がシーンと静まり返り、次に出る言葉をじっと待っていた。




「……蓮斗君、君がこの対決の勝者だ。おめでとう」

「蓮斗君、おめでとう」


師匠とその弟が、兄さんに向けて右手を差し出した。


「……俺が?」


「そうだ、蓮斗……お前にあの店を託すからな」


ジイサンまで、兄さんの方に票を入れたたなんて……。


「蓮斗さん、おめでとうございます!」


隣に立っていたお人好しが、嬉しさのあまり兄さんに抱きつき号泣していた。




……兄さんが勝者だと!?

何故だ……完全に俺の勝ちが見えていたのに!



「何故です!?納得出来ません!」


何もかも完璧だった……3人の好みに合わせたし、反応も俺の方が良かったんだぞ?

それなのに、俺が負けただなんて納得できるか!



「……何故だと?隼斗、お前……自分でその理由が分からないのか?」


師匠は呆れた顔をして俺を見ていた。


「わかりません。俺の料理を3人とも気に入って下さっていましたよね?それなのに、兄さんの料理に負けただなんて、信じられません」


俺は師匠に意見した。

いや……正直な気持ちを伝えた。


しかし……師匠は腕組みをして目を閉じ、『フゥ……』と溜め息を吐くと、再びゆっくりと目を開け俺を睨み付けた。



「隼斗、料理に問題はない。だが、敗因はお前にある。お前は、俺を……師匠である俺を侮辱する行為をしたんだぞ!」


師匠は、今までにないくらいの怒りを俺にぶつけてきた。



……師匠を侮辱する行為だと?

俺はそんな事していない。


「師匠、何か誤解があるのでは……」


俺は怒りを静めて欲しいと師匠に訴えた。

だが……今度は隣にいた師匠の弟が、袋から1枚のレシートを取り出し、俺に見せてきた。




「隼斗君、兄さんが頼んでいないモノまで買ってきて料理に使ったでしょ?ほら……これとこれ。シャンパンとイチゴのリキュール。黙っていれば俺達が気付かないと思ったのかな?」



「…………」


……何も言葉が出ない。

確かに、その通りだ……でも、それだけだ。

謝罪する程の事では無いだろう!?



「……由奈、お前も気付いていて止めなかったよな?」


「……はい。申し訳ありませんでした」


由奈は師匠に深々と頭を下げ、謝罪した。

何故……お前が謝罪する?

足りない材料があったから買っただけだ。

それの何が間違っているんだよ!?




「この数ヵ月間で、お前は変わったと思っていた。だが……俺達の勘違いだった事が良く分かったよ」


「師匠、俺は……必要だったから!」


師匠、俺は頑張りました。

実力や技術が大事だから、精一杯やったんです!

睡眠時間を減らしてでも、この対決に勝つ為に……頑張って頑張り続けたんですよ!



「隼斗君、まだ分かってないんだ?じゃ、俺が教えてあげる。この対決のスタートは同じ。ここにあるものを使って考え、料理をする……だったよね?だけどこの店にいた君は、用意される食材を事前に知った。そして、その日からメニューを考え始めた。だが、足りないものも出てきた。それで、食材の買い出しを自ら申し出て……そして、密かに別の食材も買って料理に使用したんだ。対決の為に2つもルール違反をした。これじゃ、お客様も料理も可哀想だよ。隼斗君、せっかく良い腕を持っているのに、残念だ」



「永瀬さん、申し訳ありませんでした……。隼斗を許してあげてもらてませんか?」


兄さん!?

何故……兄さんが師匠達に謝るんだよ!



「……蓮斗君、君が謝ることじゃ無いよ」


「うん、そうだよね。隼斗君ならまだしも……君は謝らなくて良いし」



「いえ、これも俺の責任です。隼斗が……俺に勝ちたくてしてしまった行為ですから」


はぁ!?

兄さん、何を言ってるんだよ。


「兄さん、俺がズルをしたんだよ。兄さんには関係ない!謝ってくれとも頼んでない!」


……あ。



「……隼斗、お前認めたな?」


「……師匠、申し訳ありませんでした」


そのまま知らなかったフリで切り抜けようと思ったのに、墓穴を掘ってしまった……。


こうなってしまったら、ここを出ていくしかない。

俺は深々と頭を下げると、手近にある荷物を持ち……試作室のドアへ歩いていった。

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