第20話 甘い香りと苦味は、恋の味?その5

「はぁ……由樹ちゃん達、遅いなぁ」


一人で留守番するのって、ツマラナイ。

琉斗さんは、彼女に会いに行っちゃったし……。


あっ、そうだ!

良いこと思い付いちゃった~。

瞳ちゃんを家に招待して、夕飯食べよう。

よし、早速メールして……っと。


「OK、あとは返信待ち」


きっと断られないと思うから冷蔵庫の中をチェックして、足りないものは買い物してこよう。


夕飯のメニューは何が良いかなぁ?

あっ、何かリクエストあるか聞かなくちゃね。

せっかくだしデザートも作っちゃおうかな。

瞳ちゃんと二人きりだし、楽しみだなぁ。



……あっ、いたいた。

うん、今日も愛らしくて抱き締めたくなっちゃうな。

なんて……下心はしまっておかなくては。


「円子さん、こんにちは。昨日はありがとうございました」

「あっ、琉斗さん。こちらこそ、昨夜は……色々とありがとうございました」


ここは、駅前の書店『須崎書店』で……彼女は実家であるこの書店で働いている看板娘だ。

平日でもあるから、今は閑散としているな。

俺にとっては、邪魔が入らないし……好都合だけど。


「これ、良かったらどうぞ」


俺は、手に持っていた白い箱を彼女に手渡した。


「わぁ~、ありがとうございます。中を見ても良いですか?」

「うん、是非」


彼女に食べてもらいたくて作ったプリン。

スイーツの中でプリンが特に好きだと言っていたから、大丈夫だと思うんだけど。


「私の大好物です。本当にありがとうございます!」

「いえいえ。円子さんが喜んでくれるなら、いつでも作りますよ」


こんなに喜んでもらえたなら、持ってきて正解だったな。

それに、プリンを口実にいつでも会えるしね。


「本当ですか?でも、そんなにお願いできないので、今度お店にお邪魔します」

「うん、いつでも待ってるから」


あぁ……プリンを見る愛らしい瞳も、なんて美しいんだろう。

その瞳で、俺を見て欲しいな……。

でもその瞬間、心が撃ち抜かてしまうかもしれないけれど。



「あっ、これ……冷蔵庫にしまってきても良いですか?後でゆっくり味わいたいので」


彼女はずっとプリンに視線が釘付けだ。

きっと頭の中は、プリンで一杯なんだろうな……。

俺としては、彼女がプリンを食べる姿を見てみたかったんだけど。


この可愛らしい口の中に、俺が作ったプリンが入っていく……。

あぁ……なんて悩ましい姿なんだ。


あ……。

そんな妄想をしていると、俺が変態だと思われてしまう……。

決して、違うからな。


「えぇ、良いですよ。店番していてあげますから」

「ありがとうございます!じゃ、ちょっと行ってきちゃいますね」


彼女はプリンが入った箱を大事に抱えると、店を出て家の方に行ってしまった。


俺は精一杯の笑顔で見送ったが、内心はかなり凹んでいた。

せっかくの機会なのに、何も出来ずに帰るという予感しか無かったから。

これじゃ、兄さんと同じじゃないか……。

兄弟揃って『ヘタレ』だなんて、言われそうだよ。



「こんにちは。今日はいつもの娘さんじゃなくて、男性の方なんですね」

「いらっしゃいませ」


円子さんと入れ違いで来店されたスーツ姿のお客様は、爽やかな笑顔で挨拶してくれた。

この方は、確か……。


「あれ?貴方は……森の喫茶店の?」

「はい、そうです。いつも御来店下さりありがとうございます」


目の前にいるお客様は、俺の存在に驚いていた。

まぁ……喫茶店の店員が本屋のカウンター内にいるんだから驚いて当たり前か。


うちの店の常連さんでもあるお客様は、歴史物や推理ミステリー系、恋愛もの等……多くの作品を生み出し、書籍化もされている方だ。

そんな凄い方が、うちの喫茶店へ気分転換に来店してくださるのだ。


そう言えば……以前、可愛らしい少女が登場する学園ものの話の中に、うちの店の事をチラリと載せてくだっていたんだ。

その場面を光が見つけた時、スマホ画面を見せながら大騒ぎしていたっけ……。


「今日は喫茶店が臨時休業だったから、帰りにこの本屋に立ち寄ったんだ。資料探しにね」

「……そうでしたか、申し訳ありません」


お客様は、『休まないと倒れちゃうしね、気にしなくて良いですよ~』と言って下さったが……常連さんがいてこそだからな、大事にしないと。


「また気分転換がしたくなったら、伺わせてもらいます。その時は、宜しくお願いしますね」

「はい、勿論です。お待ちしております」


お客様は『またね』と言うと、奥の書棚の方へ行ってしまった。

次に来店下さった時は、今日のお詫びにデザートをサービスしよう。



「はぁ、はぁ……。琉斗さん、お待たせしました」

「円子さん、そんなに急がなくても良かったのに。少しの間、そこに座って休んでください」


カウンターの中に1つ折り畳み椅子を見つけたから、さっき出しておいた。

彼女の事だから、走って戻ってくるような気がしていたんだ。


「ありがとうございます。大丈夫でしたか?」

「はい。全く問題ありませんでした。僕も客商売していますから、いつでも接客はお任せください」


ちょっとアピールが強すぎたか?

だが、これくらいしないと彼女は気付いてくれなさそうだしさ……。


「良かった……。あっ、そろそろ私は仕事終わるんですが、良かったら家で夕飯でも如何ですか?母も是非と言っていますし」


サクッと……流されたな。

彼女の場合、ストレートに攻めないと無理なのか?


「……えっ?」


今、家で夕飯って言ったか?

しかも彼女の母親まで俺にって勧めているなら、断る理由は無いだろう?

それに、断っては俺の印象が悪くなる可能性があるしな。


「……ダメですか?」


あぁ、そんな悲しそうな顔をしないで。

ここが店の中じゃなければ、安心させるために抱き締めてあげるのに……。


「ダメじゃ無いです。僕が、円子さんのお宅にお邪魔しても良いのかと思ってしまったものですから」

「実は、昨日のお礼もあるんです。母に話しましたら、琉斗さんに会って直接お礼をと」


あぁ……なるほど。

昨日、彼女に手を出そうとしたアイツから助けたお礼……か。


「そんな、僕は当たり前の事をしただけですから」


彼女にはヒーローに見えたかもしれないけど、俺は彼女が食べられそうになったのを見て、ブチ切れそうになって手を出しただけ。

それを、良いタイミングで八瀬様が止めてくれたから、店にも迷惑がかからなかったし。


キーッ……パタン。

パタパタパタ……。


店の奥から、エプロンをした少しふくよかな女性が

、こちらに歩いてきた。


「まぁ!円子、こちらの方が?」

「うん、琉斗さんだよ」


……もしかして、この女性が?


「はじめまして、桜井琉斗と申します。この度は、夕食にお招き下さりありがとうございます」


「……円子、良い男ね。良くやったわ!」

「……??」


……お母様、小声で話しているように見えますが、しっかり聞こえてますよ。

でも、彼女には何の事だか分かっていないみたいだ……。


「さぁここはうちの主人に任せますので、琉斗さんは私共の家に来てくださいね」

「あっ、はい……円子さんのお母様、ありがとうございます」


お母様は円子さんと違ってかなり積極的な女性だな。

と言うことは、もしかしてお父親様似なのか?


「まぁ!お母様だなんて、私の事は『朋子ともこ』と呼んでください」

「えっ、あっ……はい。朋子さん」

「キャー!こんな素敵なイケメンに、朋子さんって呼ばれちゃったわ~!もぉ、ドキドキしちゃう」


アハハ……かなりパワフルだな。

円子さんは舞い上がっている自分の母親を見て、呆然としてるし。


「あの……琉斗さん、先に家に入りましょう。母はこうなると、なかなか戻ってこないので」


そうなんだ……扱いなれてるな。

円子さんの案内で書店の脇の道を通り、彼女の実家に着いた。

瓦屋根の平屋建てで、典型的な日本家屋。

大きな庭があり、犬小屋の前には白い犬がスヤスヤと眠っていた。


「少し散らかってますけど……どうぞ」

「ありがとう。お邪魔します」


ここが彼女の生まれた家。

俺と兄さんがかつて暮らしていた家よりも広く、あたたかみのある雰囲気だ。

もし円子さんと付き合う事になったら、俺の実家にもなるのか……。


「琉斗さん、この茶の間にこたつがあるので座って休んでくださいね」

「うん、ありがとう」


彼女は夕飯の支度をすると言って、台所へ行ってしまった。

『手伝おうか?』と言ったけど、今日はお礼を兼ねているからと断られてしまった。


俺としては、一緒に台所に立って……イチャイチャしたかったんだけど。

まぁ……まだ付き合ってもいないし、大人しくしていないと嫌われちゃうか。

出来上がるまで時間があるだろうし、庭にでも出てゆっくりさせてもらうとしましょう。

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