第10話 夜の喫茶店。その4

「ふぅ……。何だか疲れたな」


アイツ等との打ち合わせが終わり、俺は由樹を連れて家まで歩いていた。

タクシーを呼べばすぐに帰れるが、今夜は……コイツと話したい気分だった。


「……蓮斗さん、やっぱりタクシーを呼びましょうか?疲れているなら、その方が良いですし」

「いや、大丈夫だ」


……疲れたのはアイツ等に弄られたせいだと言いたいが、俺の気持ちを言ってしまう様だしな、余計な事を言わずに黙っていた。



あれから……由樹は着替えを終えて、俺の隣に座った。

そして琢磨が出すカクテルを『美味しい~!』と言って飲む度アイツを誉めまくるし、悠太は由樹にやたらと話し掛けるし……。

俺は由樹が心配で、目が離せなかった。

それなのに『蓮斗さん、飲まないんですか?』なんて……無邪気に言いやがって。

あんな状況で、飲んでも酔えないだろ……。

全く……。

仕事の打ち合わせが無かったら、さっさとあんな店から出て、由樹を家に連れ去りたい気分だったよ。


「わぁ~!星がいっぱ~い」


由樹は頬を赤らめながら、夜空に瞬く星を見て喜んでいた。


「あぁ、凄いな……」


その光景がなんとも無邪気で、俺まで一緒に夜空を見上げてしまった。


「こうやって見るのは、小さい頃以来です。両親と山にキャンプに行って……とても綺麗だったのを覚えています」

「そうか……。都会じゃ明るすぎて、こんなに星は見れないもんな」


「……両親との想い出で、一番幸せな時間でした」


そう言った由樹の瞳に、涙が見えた気がした……。


由樹の家族の事は知らない。

聞く機会も無かったからな……。

だから、由樹が話さないなら話してくれるまで……俺からは聞かない。

何となくだが、立ち入ってはいけない気がしたからな。


俺達の両親は健在だが、共働きだったから……琉斗と共に祖父の家に預けられていた。

今いる家が……祖父の店であり、家だったんだ。

そして俺達は祖父の喫茶店を手伝うようになり、祖父の引退を期に俺がオーナーとして引き継いだ。


ちなみに、祖父母はというと……未だに現役で働いているらしい。

忙しくて訪ねてはいないが、祖母の生まれ故郷で小さな喫茶店を出しているとか。

今度、時間を作って訪ねてみるのも良いかもな……。



「蓮斗さん、クリスマスの夜楽しみですね」

「由樹……何か欲しいものあるか?」


由樹はあれからずっと夜空を見上げながら、家路を歩いていた。

俺は由樹を元気付ける為に、何かプレゼント出来ればと……訊ねてみた。


「……欲しいものですか?んー、特に思い浮かびません」

「……そうか」


急に言われても、簡単に出てこないよな。


「蓮斗さんは、欲しいものがありますか?」


……俺が欲しいもの?

もし……『由樹』だなんて言ったら、お前はドン引きだろうな……。


「蓮斗さんも、思い浮かびませんか?」

「あぁ……」


由樹は俺の顔を覗き込み、楽しそうに話し掛けてきた。

さっきは気付かなかったが、たぶん酔っているのだろう。

さっきから、饒舌になっているしな。


「フフッ、私……本当は1つあるんです。だけど、秘密です」

「……秘密か」

「はい。今は……秘密です」


それから由樹は楽しそうに俺の腕を掴んで、鼻歌を歌いながら歩いていた。

俺は酔った由樹の体を支えつつ、もう少しこの時間が長く続いてくれればと……心の中で秘かに思っていたのだった。



そして、それから数日後……。


「メリークリスマス!」



「光さん、おはようございます。メリークリスマス」

「メリークリスマス。光は、今日も元気ですね」


今日は待ちに待ったクリスマス。

家の中には小さなツリーと、ドアの外にはクリスマスリースが飾られていた。

そして、喫茶店の中庭にある大きな木はクリスマス仕様に飾られていて、その根元にプレゼントの箱も置くんですって。

箱の中は、それまでのお楽しみ……みたいです。


「だって、今日はクリスマスなんですよ?こんなに楽しい日は無いんですからね~」

「まだ準備は終わってないだろ?はしゃぎすぎて、ダウンするなよ」

「ラジャー!」


蓮斗さんは、光さんの有り余る元気に呆れていた。


この3割増し……いえ、8割増しの光さんの今日の笑顔と元気の原因は、昨夜の瞳ちゃんとのクリスマスイブのデートが、楽しかったからだと思います。


「光の気持ちも分からなくは無いですが、今夜も彼女に会えるんですし……その元気はそれまで取っておいてくださいね」


そういう琉斗さんは、いつもより爽やかさや笑顔が素敵で……王子様全開な気がします。



「琉斗さんも、今日はとても楽しそうですね」

「えぇ、彼女を招待しましたから」


キャー!

久しぶりに、目の前で見た琉斗さんの王子スマイルは……やっぱり破壊力があります。

見慣れた私でも、ドキッとしちゃいますもん……。



「おい……さっさと朝飯食べ終えないと、準備が間に合わなくなるぞ」


蓮斗さんって、二人を自然に扱うところはさすがよね。

私なら、動揺しちゃってどうしていいか分からなくなっちゃうもの。


「そうですね。では、いただきます」

「「いただきます」」


普段通りに戻った光さんと琉斗さんを含め4人で食べる食事も、今日は何故か特別な気がした。

やっぱり……クリスマスって、特別な何かがあるのかな。



「「おはようございます」」

「おはようございます」


剛士さんと陽毅さんが出勤してきた。

メンバーが揃った所で、朝のミーティングが始まりました。


「今日は、クリスマスだ。だが、昼は昼でお客様が来る。特に……光、お前は浮かれているだろうからな、ポカミスするなよ?俺からは以上です。皆さん、よろしくお願いします」

「ラジャー!」

「「はい」」



兄さんがこうしてミーティングを終えた時、光は何故かリビングへ戻っていった。

そしてすぐに戻ってきたと思ったら、由樹さんを連れてまた戻ってしまった。

一体……何をしているのでしょうか?


「琉斗……光は?」

「由樹さんを連れて、リビングへ行ってしまいました」


今からセッティングやら色々あるのに、何をしているんでしょうね。


「光の事だから、何か由樹に用意していたんだろ。まぁ、想像はつくけどな」


……まぁ、俺も何となく予想はしていましたが、兄さんの逆鱗に触れないように願いたいですね。



「……陽毅さん、お待たせしました」

「あぁ、ある程度進めておいたから、こっちは頼むな」

「解りました」


……おや?由樹さんが戻ってきましたが、俺の予想が外れたようです。

光は未だに浮かれてはいますが、別に先程と変わってはいないし。


「光、由樹さんのコスチューム作ったんじゃ?」


夜中まで作業していましたし、ミニのサンタコスチュームでも作っていたのだと思っていましたが……。


「えっ?俺、そんな事しませんよ。もし作ったとしても、蓮斗さんに却下されるのは間違いないし……」


そうですよね。

確かに……兄さんなら、即却下でしょうね。

それなら、何を作っていたのだろうか?

疑問は残りましたが、その事を忘れてしまうくらい……多忙なランチタイム。

今日はクリスマスということで、ランチメニューもクリスマス仕様になっていたからかもしれません。

特にローストチキンは、陽毅さんの自信作ですからね。

毎年好評で、限定数量を多めに設定しても売り切れてしまいますから。

それに、由樹さんのクラブサンドとデザートに俺が作ったザッハトルテと剛士さんの珈琲が付きますから……最強ですね。



「由樹さん、オーダー入りました」

「はい」


キッチンと洗い場は、兄さんと陽毅さん……由樹さんとで大忙しです。

ホールは、光と俺でいつものようにこなしていますが、こちらもかなり忙しいです。

まぁ……俺の場合は、慌てずにスマートにこなしていますけどね。


剛士さんは、マイペースに見えますが無駄の無い動き。

私達の様子を見てスッとフォローに入ってくれるので、流石としか言い様がないですよね。


そうそう、剛士さんの奥様へのサプライズ……最終的な打ち合わせは昨日済ませました。

お昼の営業終了後、海外出張から帰ってきた奥様を駅まで迎えに行き、自宅で少し落ち着いた所で……エスコートしつつ、タクシーで店まで戻ってくる。

そして……頃合いを見て、サプライズ開始!となる予定。

俺も落ち着いたら、彼女(と言っても、まだ正式にお付き合いはしていませんが)と過ごしたいし……今夜はとても楽しみです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る