第11話 夜の喫茶店。その5

やっと昼の営業が終わりました。

クリスマスだったせいもありますが、今日は大忙しでしたね。

私は片付けを終えると蓮斗くん達に挨拶をし、駅へと急いだ。

愛する妻との久しぶりの再会です。

待ちに待ったこの喜ばしい時間が、先程までの疲れをスッと無くしてくれました。


ここから駅までは、車で10分。

到着時間には間に合う筈です……。

私は駅前に駐車させると、急いで駅の待合室に入った。

すると、4人……ストーブにあたって、暖をとっている姿が見えた。


「よっ、遅かったな」


私を見てニヤリと笑う男性……八瀬寛人やせひろと

コイツは私の幼馴染みで、妻の職場の同僚でもある人物だ。

何故、ここにいるんだよ……。

ふぅ……。

あえて触れないでおくか。


「剛士さん!ただいま帰りました」

「あぁ……奈々なな、お帰り」


私の姿に気付いた愛しの妻はベンチから立ち上がると、私に笑顔を見せてくれた。

私は彼等の事は無視し妻に駆け寄ると、強く抱き締めた。



「……おい、俺達をシカトかよ。相変わらず冷たいなぁ~」


……ったく、煩いな。

妻との愛を確かめあっているのに、邪魔するなよ。


「随分早かったな?結構……待っただろ?」

「……ううん。さっき着いたばかりよ」


ん?

電車で来たと思ったが、違うのか?

ここは1時間に1本しか来ない、単線の鉄道だしな……どういう事だ?


「ここまで阿達あだちに運転させたんだよ。奥さんと一緒に、お前の所のクリスマスパーティに参加したいって言ってきたしな」


なるほどな、八瀬……うまく使ったな。


「笠原さん、ご無沙汰しております」


八瀬の隣に座っていた阿達さんが立ち上がり、俺にペコリとお辞儀をした。


阿達信太あだちしんたさんは、奈々の部下で営業主任。

俺と初めて会った時は異動したての新人で、その頃『鬼の冴木さえき』と呼ばれていた奈々に、唯一普通に対応できる奴だったらしい。

俺は奈々に会う度、いつも可愛い女性にしか見えなかったんだけどな……。



「阿達さん、お久しぶりです。お二人の結婚式以来ですよね?長旅でお疲れでしょう、パーティが始まるまで時間もありますし、良かったら私達の家でゆっくりしていって下さい」

「はい!ありがとうご……イテッ!」

「おい、阿達……俺達は、予約したホテルにチェックインしに行くんだったよな?……ったく、しっかりしろよ」


おい、八瀬……少し手加減してやれよ……。

年齢も年齢だし、後頭部をグーでグリグリとするなんて……禿げても知らないぞ。


「……そ、そうでした。せっかくのお誘いですが、そう言うことですので、また後程……お店でお会いしましょう」


阿達さんは後頭部を擦りながら、苦笑いをしていた。


「なんだ……そうだったのね。じゃ、私達は店で待ってるから」


奈々は、八瀬の気遣いに気付いていないらしい……。

まぁ……俺はその方が有り難いけどな。


「あぁ……笠原課長は家でゆっくりして来いよ。旦那に会うのは久しぶりなんだからな」

「うん、ありがとう」



『フッ……剛士、貸しだからな』

八瀬はそう俺に告げ、阿達夫婦を連れて宿泊するホテルへと行ってしまった。


貸しって……俺は借りたつもりは無いんだが、今回は仕方がないか。

八瀬のお蔭で、奈々との時間を少しでも多く過ごすことが出来るんだからな……借りといてやるよ。

八瀬御一行と駅で別れた後、俺は奈々を車に乗せ我が家へと向かった。



「奈々、長旅で疲れてないか……?本当は、かなり待ったんだろ?」


全く……八瀬は気が利かないよな。

事前に連絡くれれば良いのに……。


「フフッ……大丈夫よ。飛行機でも車の中でも寝ちゃってたし。それより、剛士さんこそ……仕事終わりにすぐ来てくれたんでしょ?疲れてる中、迎えに来てくれてありがとう」


そう言って、奈々は俺の左手をキュッと握った。

あぁ……こんな可愛い事されたら、このまま二人でベッドに直行して、朝まで過ごしてしまいそうだ……。

だが、そんな事をしてる場合ではないと……自分の理性が働いた。


何故なら……今日は特別な日にしたいからだ。

勿論、喫茶店の夜のクリスマスパーティもそうだが、俺は別の目的があるからな……。


そうこうしている間に、我が家へと着いてしまった。

我が家は店から車で20分、駅からは30分。

山頂ではないが……少し高い場所にあり、家から町が一望できる良い所だ。



「ワンワン!」

茶太ちゃた、ただいま~!」


茶太は、我が家の愛犬。

5年前に知人からもらったミックス犬で、かなり愛嬌がある。

名前の通り……茶色いから『茶太』と、奈々が名付けた。

俺は奈々と茶太がじゃれあっている光景を微笑ましく眺めつつ荷物を車から下ろし、家の中へと運んでいった。



奈々はまだ茶太と遊んでいるみたいだ。

さてと……我が愛する妻に、俺からのご奉仕をさせていただくとしますか。


俺はキッチンに入ると、お湯を沸かし始めた。


「ねぇ、今日ってドレスコードあるの?」


ラフな格好に着替えた奈々が、キッチンに現れた。

さっきまで遊んでいたのに、いつの間に着替えたんだ?

さっきのスーツ姿も良いけど、この格好も……なかなか良いな。


「いや、特に無いよ?でも……奈々がそう言うと思って、用意してみたんだ」

「えっ、本当!?」


これもサプライズの1つ。

奈々の美しさが映えるドレスを、俺が選んだ。


「あぁ、だからさ……まずはシャワーでも浴びて来いよ。なんなら、俺が一緒に入ろうか?」

「えっ……でも、サイズ合うかなぁ?」


おい、そこは流すのか……。

拒否されるよりは、ダメージは少ないけどな。


「大丈夫だよ、そこはさっき確認したから」

「……ん?どうやって?」


奈々は気付いていない様だが、駅で抱き締めた時しっかり確認したんだよ。

向こうの生活が大変だったのか、少し痩せた感じはしたけどな。


「……不安なら、俺が今からベッドで確認してやろうか?」

「……えっと。じゃ、私はシャワー浴びてきちゃうね」


……またもや流されたか。

でも今のは流石に意味が分かったのか、奈々は顔が真っ赤になっていた。


君と出会ってから、もう……長い年月が経ったが、全く変わらないな。

会えない間も毎日のようにPCのモニター越しで会話はしていたが、こんな反応が味わえるなら……俺は君にもっと愛を注いであげたくなる。


「奈々……。時間はあるから、ゆっくり入ってこいよ」

「うん、ありがとう」



こうして俺達の短い休息が終わり、パーティー会場へと向かう時間となった。


俺は、仕事仕様で白シャツに黒のベストとパンツ。

店についたら、黒の蝶ネクタイとロングエプロンを身に付ける。

奈々は用意したワインレッドのドレスに着替え支度を整えると、頼んでおいたタクシーに乗り込んだ。



「笠原様、到着致しました。今日は、賑やかになりそうですね」

「えぇ。宜しければ、清水さんも仕事が終わったらお越しください」


俺が清水さんと呼んだタクシーの運転手さんは、多分……俺と同じ年くらいかな。

とても丁寧な対応をしてくれているから、このタクシー会社を使う時はいつも指名で頼んでいる。


「そうですね、今日は仕事を切り上げて奥さん孝行でもしようかな」

「ありがとうございます。私の名前を出していただければ、特別にご夫婦へ1杯サービスさせていただきますから」

「わぁ……。清水さんの奥様に会えるのを、楽しみにしていますね」


清水さんは笑顔で俺達を見送ると、車を走らせ帰っていった。

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