第9話 夜の喫茶店。その3
「よっ、来たな」
店に入ると、オーナーがカウンター付近を掃除していた。
私が来たのを見ると、手を止めて迎えてくれたけど……。
あっ、そうだ!
オーナーなら、何故私を呼んだか教えてくれるかも。
「オーナー、こんにちは。今日のバイトって、手伝いをする為に呼ばれたんですよね?他に……変な事企んでいませんよね?」
思わず聞いちゃったけど……変な事って何だろう?
『あぁ、バレたか!』なんて言われたら、即逃げてもいいですか?
「……あぁ、変な事は企んではいないぞ?なんだ、琢磨に聞いてないのか?」
「……言ってませんよ」
良かった……変な事じゃなくて。
でも、それなら何故呼ばれたんだろう?
そう思っている間に、琢磨さんは店の奥に消えて行ってしまった。
「琢磨さんは……何処に?」
「まぁ、気にするな。由樹は、奥で着替えて来いよ」
「はい、わかりました」
うーん。
オーナーでも教えてくれないなんて……。
とりあえず、白いブラウスに黒のベストとパンツスタイルに着替えた。
分かりやすくいえば、バーテンダーさんの衣装かな?
ん……?
でも、キッチンなのにこの格好なの?
この間身に付けた黒のエプロンが、見当たらないな……オーナーが何処かに仕舞ったのかも。
「オーナー……あの」
「由樹、こっちだ。カウンターに入れよ」
ロッカー室から出てオーナーを探していたら、カウンターの中にいる琢磨さんに呼び止められてしまった。
「琢磨さん、あの……エプロンが無くて」
「ん?あぁ……あれか、今日は必要ないから片付けたぞ」
……片付けた?
だってキッチンって……。
「琢磨さん、あのでも……」
「由樹、早くこっちに来い!」
「はいっ!」
う……怒られた。
オーナーに目で訴えても、苦笑いしかしていなくて……。
仕方無く琢磨さんの言う通りにして、カウンターへ入っていった。
カウンターの中には、琢磨さんの仕事道具が並んでいた。
それとその脇に、もう1セット……。
前に来た時は、キッチンにしかいなかったから、物珍しく眺めてしまっていた。
「由樹、そんな所でボーッとしているなよ。お前には今からやる事をマスターしてもらう。だから、しっかり見て覚えろよ」
「はい」
琢磨さんはそう言うと、私の目の前でカクテルを作り始めた。
すごく手際がよくて、動きも格好いい。
お客様が見惚れるのも……分かる気がした。
「覚えたか?」
「……えっ?」
うっかり見惚れていたけれど、もしかして……私が作るのって。
「なんだ?ちゃんと見てろって言っただろ。時間も無いんだ、しっかり覚えろよ」
「あの……、今から覚えるのってカクテルの作り方ですか?」
「それ以外の何に見えた?」
……それしか見えませんでしたけど。
でも、未経験の私には簡単に覚えられるものじゃないですよ!?
あっ、そっか……これを覚えられれば、クリスマスの夜に私も琢磨さん達の助手として、カウンターに立てるんだ!
だから……時間を割いて、こうして教えてくれるのね。
「わかりました。琢磨さん、よろしくお願いします」
「あぁ。取り合えず……頭で覚えるより実践だ。俺と同じ様に作ってみろ」
「はい!」
こうして、営業時間が始まるまで私は琢磨さんの特訓を受け続けることになった。。
だけど、なかなか上手くいかなくて……。
「お前な、慌ててやるからこんな事になるんだ」
「すみません……。1度に沢山の見せられたので、頭の中が混乱してしまっていました……」
私が何も見ないで作った第1号は、水っぽくなってしまった。
氷の入れ方から違っていたみたいで、『ちゃんと見てたのか!?』って……。
「ふぅ……俺も悪かったよ。初心者のお前に、一気に教えすぎたな。一番簡単な方法を身に付けろ。グラスに直接入れる方法だ。まぁ、それでもテクニックと知識は必要だ」
「はい、わかりました」
琢磨さんは一生懸命教えてくれたのに私がアタフタしちゃったから、申し訳無いって謝ってくれてた。
覚えの悪い生徒でごめんなさい……。
「由樹、慌てず静かに回すんだ。その回し方でも味は変わるからな」
「はい」
ガチガチに緊張してロボットみたいになっていた私に、オーナーは声を掛けてくれた。
いつの間にかオーナーもカウンターに座っていて、私の手際を見ていてくれたの。
「あとな、お客様に出す時は……その固まった表情と眉間のシワを何とかしろよ~」
「はい」
うわぁ、私どんな顔をしてるんだろ。
集中し過ぎて、全くそんな余裕も無かった……。
よし、今度こそ失敗しないようにしないと。
こうして再度特訓が始まり、何とか営業時間前には70点という……まぁまぁな点数を貰うことが出来た。
「うん、良いんじゃないか。俺だったら合格だけどな。琢磨は辛口な点をつけるからなぁ……」
「ありがとうございます!」
良かったぁ……。
オーナーや琢磨さんに何度も味見させてしまったけれど、二人ともアルコールに強いらしくて平気みたい。
私は緊張していて酔っていないみたい。
琢磨さん曰く、『元々、酒に強いだけじゃないか?』だって。
「おい、オーナーに誉められたからって調子に乗るなよ?毎日練習しとけ。サボったら、せっかく身に付けた事を体が忘れるからな」
「はい」
琢磨さんの言う通り、毎日家で練習しなくちゃ。
道具を一式貸してくれるって言うし、もっと上手くなってクリスマスの夜に来てくれた皆に喜んでもらいたい。
あぁ……凄く楽しみだなぁ~。
カラン……。
「いらっしゃいませ」
「よっ、来たな」
あっ、もう営業時間なのね。
オーナーがお客様に明るく声を掛けていた。
私は自分の道具を片付けたりしていて、時間を忘れていた。
そう……私は、彼が来店すると言うこともすっかり忘れていた……。
それなのに、周りの誰も教えてくれなかったの。
いえ、多分……私達の反応が見たくて、あえて教えてくれなかったのかもしれない。
「いらっしゃいませ」
約束の時間になり、店内に入った。
まだ開店時間になったばかりだからか、客は俺一人しかいない。
「よっ、来たな」
すると、カウンターにbar『RED―EYES』のオーナーが立っていて、いつもの二倍増しくらいの笑顔で俺を迎えた。
オーナーの……
顔も悪くないから、コイツはかなりモテるんだよ。
だがな俺にそんな笑顔を振り撒かれても、惚れはしないぞ。
……ん?カウンターにもう一人。
後ろを向いているから顔は見えないが、髪をアップに纏めている……女性だな。
いつの間に、コイツは女性の店員入れたんだ?
不思議に思いながら、俺はカウンターのイスに座った。
俺の定位置は、カウンターの端。
この位置から、その女性の顔がチラリと見えた。
……ちょっと待て、俺の見間違いか?
いや、俺の目の前にいるのは見知った顔だ。
「由樹……か?何故ここにいるんだ?それに、その格好は何だ?」
「……蓮斗さん!?」
由樹は俺の顔を見て、かなり驚いていた。
いや……驚くのは俺の方だろう。
それにしてもよく似合ってるな……。
「ハハハ!お前のその顔が見たかったんだよ~。どうだ、驚いただろ?」
「あぁ……」
コイツ……由樹がここにいるなら、先に言っとけよ。
俺の反応を楽しむ為だけに、由樹を巻き込むな……。
「……あの、私はもう上がっても良いですか?」
「あぁ、お疲れさん」
「オーナー、琢磨さん、ありがとうございました」
何だ、もう帰るのか?
まさか……本当に俺を驚かすだけの為に、由樹を呼んだのか?
「おい、由樹……。着替えたら蓮斗さんの隣に座れ。俺が、お前に作ってやるから」
「えっ?琢磨さん、本当ですか!?」
由樹は満面の笑みで喜ぶと、着替える為にロッカールームへ行ってしまった。
そう言えば、由樹は何故この店を知ってるんだ?
それに……琢磨まで、アイツを名前で呼んでる。
まさか、悠太が由樹の……男?
「悠太、お前……もしかして由樹の事を」
「……ん?あぁ、良い子だよな」
おい、意味ありげに笑うだけか?
上手くはぐらかしやがって。
本心は、どうなんだよ?
それから俺は、由樹が来るまでずっとイライラしていた。
悠太は相変わらず俺を見る度ニヤリと笑うし、琢磨は何故か上から目線だし……。
コイツら俺は客で来た訳じゃ無いのに、遊ぶのもいい加減にしろ!
……ったく、さっさと打ち合わせを終わらせて、上手い酒飲んでやる!
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