第10話 再会。その1

「やっと会えた……」


目の前の人物は、私を見て微笑んだ。


「帰って。ここは、貴方が来る所じゃない」


ライトも無い、華やかな街並みも無い。

そんな場所に、何故来たの?


「俺は由樹に会いたくて、ずっと捜したんだぞ!それなのに、追い返すのか!?」


「私は……貴方に会いたくない。だから、今すぐ帰って」


お願いだから、私に会いに来ないで!


「……わかった、今日は帰るよ。由樹にそんな顔をさせる為に来たんじゃないし。だけど、また会いに来るから」


そう言った彼の背中は……寂しそうだった。


「……もう、来ないで」

「おやすみ」


あの頃と全く変わってはいなかった。

私だけ……変わった気がしていただけなのかな……。

もう、あんな思いはしたくないのに……だからここに来たのに。

何故、私達が再び出会わなければいけなかったの?

だけど私の中で自問自答するだけで、答えが出る訳がない。


どうしよう……。

私、ずっとここに居たかったのに……。


カラン……。


待ち合わせに指定された店内に入ると、見知った顔がこっちを向いた。


「おっ、光~!こっちだ」

「ね、急用って何?」


目の前にいる幼馴染みのコイツ……上沢優馬かみさわゆうまは、ケーキ店『kamisawa』の跡取り息子。

裏表が無くて楽しくて良い奴で、俺の夢を応援してくれている親友。

更に俺と同じ年なのに、可愛い嫁と娘がいる。

羨ましい奴でもある。


「あ……それがさ、お前が働いている所の店長って、子供がいたのか?」


「はっ!?そんな訳が無いだろ?蓮斗さんは独身だし、彼女とはとっくに別れてるし」


って……こんな情報をコイツに教えて良かったのか?

話したのを蓮斗さんに知られたら、俺ボコられるかも……。


「だよなぁ……。でもさ、今日……商店街で男の子にパパって呼ばれてたぞ」

「それ、子供が親を間違えたんじゃないか?良くあるだろ……」


だから勘違いだろ?と、俺は全否定した。


「だけどな、その後……美人とその子供と車に乗ってホテルに行ったぞ?」

「はぁ!?」


ホテルって……お前、何処まで尾行したんだよ。

と……呆れつつも、目がマジだから冗談では無さそうだ。


「それ、何処のホテルだ?」

「ここで一番でかいとこ」


……って、聞いてどうするんだよ。

そんな所に、乗り込むのか!?


「優馬、この話……親父さんとかに言うなよ?」

「大丈夫だよ、見たの俺だけだし」


良かった……。

コイツは秘密は絶対守る奴だから信用できるんだよな。


「今日は俺がおごるよ」


貴重な情報をもらったし。

真実かどうかは……謎だけど。


「光、もう1つあるんだけど?だからお前持ちで、居酒屋行こうぜ!」

「はぁ~!?」


急に呼び出すから、手持ちあんまり無いんだぞ!?


「だって、嫁が小遣いくれないしさぁ~。たまには良いだろう?」

「わかったよ……。じゃ、いつものオヤッサンの所な」


あそこなら、財布にも優しいし。


「やった~!さすが、光様っ!」


コイツ仕事終わりなのに跳び跳ねるなんて、元気だな。


「で……もう1つの情報って何だよ?」

「あぁ、それは次の店に行ってからにしよう!」


何だよ、ここで聞き出して終わりにしようと思ったのに騙せなかったか。


「はいはい。じゃ、行くぞ」

「わ~い!」



ガラガラガラ……。


「こんばんは~!」

「おっ、光と優馬!よく来たな」


暖簾をくぐると、威勢の良いオヤッサンの声が店内に響いた。


「相変わらず混んでるなぁ~」

「ハッハッハッ!皆、俺が恋しいんだろうよ」

「はいはい……」


まぁ……恋しいかどうかは置いといて、オヤッサンの顔は悪くないしな。


昔……オヤッサンは、数多の女と浮き名を流したとか言ってたが、年を重ねても男の色気を放っているし……嘘では無さそうだな。


「オヤッサン、今日……奥の部屋空いてる?」


優馬と話し込むなら、周りに人がいない方が良いだろうから、空いてるならそこが良いんだけど。


「あぁ、使って良いぞ。飲み物は勝手に取っていけ」

「サンキュー!じゃ、優馬行くぞ」

「おぉ~!」


奥の部屋と言っても、オヤッサンの家の居間。

店と住居が繋がっているし、学生の頃はしょっちゅう来てた……。

料理もオヤッサン直伝だし。

今では、自分の第二の実家みたいになりつつあるかも。

俺達は店のビールサーバーからジョッキに注ぎツマミを受け取ると、奥の部屋へと入っていった。

そして、優馬と先程の話の続きを……。


「かんぱーい!」

「お疲れ……」


さっきの話ができない。

出てくるのは、嫁や子供の話や俺に誰か紹介するだのうちのカフェの評判等々……。

優馬、お前は俺に喋らせない気か?


そして、30分後……。

優馬が睡魔に襲われ、目が何度も閉じていた。


「かんぱぁーい!」


おい……それ、何杯目だよ。

この乾杯は、確か6度目くらい。

俺は休みだから良いが、お前は仕事だろうが!


「優馬、肝心の話を聞いてないぞ」

「アハハ!そうだった、話してあげよう!」


なんだよ、忘れてたのか?

そのまま飲み逃げするなよな……。


「今日、モデルのナオキを見たんだ~!羨ましいだろ~」

「はっ?ナオキがこんな田舎にいる訳無いだろ!?」


ナオキはプロフィールが謎で、『俺の過去は関係ない』という堂々としたスタイルで、モデルや俳優業をしている俺が憧れている人。


「見たも~ん」

「はいはい、分かったよ……」


ダメだ……酔いすぎだ。

おねぇ言葉を使った方が余計に嘘っぽいぞ……。


仕方ない、そろそろ帰るか。

俺は立ち上がり、テーブルの上にある皿を片付け始めた。


「おっ、俺も手伝う~」

「良いよ、お前は座ってろ……」


千鳥足で運んで食器を増やしたら、オヤッサンに迷惑がかかるだろ。

立ち上がろうとした優馬を無理矢理座らせ、住居の方の台所で食器を洗った。


「オヤッサン、俺達帰るから」

「なんだ、随分早いな」


カウンターにいたオヤッサンに声をかけると、俺が担いでいる優馬を見て笑っていた。


「コイツ、送り届けないと」

「あぁ。優馬を頼むな」


これから何か作ってやろうと思ってたのに……と、オヤッサンは残念そうに言ってくれた。


「ゴメン、後でゆっくり来るから」

「いつでも待ってるぞ」

「ありがとう」


俺は会計を済ませると、優馬を背負い商店街にある上沢家まで歩いていった。


「光~!俺は歩くぞ~」

「煩い、耳元で騒ぐな……」


歩いて数分、優馬の家に着くとそーっと玄関を開け、玄関先で優馬を降ろした。


「はぁ……」


ったく……あんなに騒いでいたのに、爆睡かよ。

さっき優馬の嫁のゆいちゃんに連絡して、玄関を開けてもらっていた。

……起きててくれて助かった。


「光君、ごめんね……」

「大丈夫だよ。こっちこそ、夜中にごめん。優馬を頼むね。おやすみ~」

「はい。おやすみなさい」


優馬、しっかりした嫁で良かったな。

さてと……俺は歩いて帰るかな。

今夜は歩きながら、考え事をしたい気分なんだよね……。


ふぅ……。

優馬の情報……正しいか確かめた方が良いのだろうか?

蓮斗さんが会っていたとしたら、仁奈だろう?

それとも、俺達が知らないところで付き合っている女性がいた……とか?

しかも子供までいるなんてどういうことだ?

モデルのナオキがいた話も信じられないけど、会えたら嬉しい。

ファッションセンスや行動スタイル、全てが格好良くて……。

年齢が近いこともあって、雑誌に取り上げられた時からファンになったんだよね。

そして、謎が多いって所も……また男の魅力を上げてるし。


「げっ!」


……何故ここに!?

無意識のうちに、例のホテルまで歩いてきてた!

家とは逆方向だろ……。

はぁ……何やってるんだ俺は。

こんな所で蓮斗さんと鉢合わせしたら、洒落にならないぞ……。

しかも、目の前は入り口だし……。

長居は無用、素早く逃げるに限る!

俺はくるっと体の向きを変え、家の方向へと競歩張りの早歩きを始めた。


しかし……俺は忘れていたが、酔っ払い。

アルコールが回り始め、具合が悪くなってきていた。

ヤバイ……こんな場所で倒れるわけにも、口からあるモノを出すわけにはいかない!

ここは今持っている精神力を振り絞り、ホテルの敷地を出ることだけに集中した。

そして、無駄に広い敷地をやっとのことで脱出し、難を逃れる事が出来た。


「はぁ……疲れた」


ちょうど目の前にあるバス停のベンチを見付け、そこで腰を掛けて休んだ。

いつも有り余る体力なのに、咄嗟の事でかなりの体力を消耗したらしい。

だが、運命は……こんな俺にも悪戯心が働く。


「光……お前、ここで何やってるんだ?」


そうです、会ってはならない人に俺は発見されてしまったのでした。


「えっと、散歩でしたっけ?」

「はっ?俺が知る訳無いだろ」


はい、俺も知りません。

知っていたらこんな場所には来ていません……。


「ちょっと友達と飲んで」

「そうか……」


そうです、これは嘘ではありません。


「それで、何故かここに」

「飲みすぎだろ」

「はい、その様です」


多分優馬を帰した時……安心したから、一気に酔いが回ってきたのかと。

いや……さっき、早歩きしたせいだったかも。

何故か、いつも以上に敬語が連発で出てきている。

自分でも、かなりの違和感がある。

しかも酔っていた筈なのに、蓮斗さんに会ってしまったせいで一気に酔いが醒め、激しい動悸と変な汗が出てきていた。

俺……かなり緊張しているみたいだ。

そして蓮斗さんは俺の様子が変だと疑い始め、近寄ってきた。


「光、お前……」


まさか……気付かれたとか!?


「な、何も知らないです!」

「知らないって、何をだ?」


げっ……墓穴掘った。

これ以上は危険だ。

早くここから退散してしまおう!


「え、えっと……何だっけ?じゃ、俺は帰りま~す!」


俺は蓮斗さんに片手を挙げて帰る挨拶をすると、何もなかったかの様に、家路を急いだ。


「光、ちょっと待て」


うぉ~!蓮斗さんからの背中に刺さっている視線が……恐すぎる!


「いや、待てません!」


蓮斗さんが呼び止めるのも聞かず、俺は急ぎ足でその場を立ち去った。


ふぅ……。

なんとか逃げきれたみたいだ。

俺は安心して、すっかり酔いが醒めた軽やかな体で、家までの道のりを歩いて帰った。


カチャ……。


「ただいま~」

「光、おかえり」


もうすぐ夜の22時、蓮斗さんは帰ってきていないみたいだ。

先回りして帰っていたらどうしよう……と、ドキドキしていたけど、そんな心配はいらなかったみたいだ。

ふぅ……良かった。


「琉斗さん、送ってくれてありがとうございました」


あれからすぐに帰ったのかな?

風呂に入ったみたいで、部屋着になってリビングで寛いでいた。


「別にいいよ。僕の時は、光に送迎頼むから」

「了解です!次は、任せてください」


俺はシャワーを浴びる為、部屋に着替えを取りに行くことにした。

部屋に戻る途中……廊下を歩きながら、これで安心して眠れる~!と、気分もウキウキしていた。

だが、それもほんの一瞬の幸せな時間だった。

俺は知らなかったんだ……。

数秒後には、鬼が満面の笑みで待ち構えていることを……。


カチャ……。


俺の手前の部屋の扉がゆっくりと開き、その部屋から恐ろしいオーラが出てきているように見えた。

そして、それを見た瞬間……俺の足が歩みを止めてしまった。


「よぉ……。光、お帰り」

「ギャー!出たぁ~!」


さっき逃げきったのに、いつの間に家に帰ってきていたんだ!?

だって……蓮斗さんの車は外に無かったぞ!?

予想もしなかった光景に俺は恐ろしくなり、蓮斗さんがいない方にダッシュで逃げた。

しかしそんなに広くない家の中、呆気なく蓮斗さんに捕まってしまった。


「光、俺から逃げられると思ったのか!?」


い、いや……出来れば逃げたいんですけど!


「あはは……。いやぁ、そんな訳無いじゃないですかぁ~!」


お、恐ろしすぎる……。

蓮斗さんに睨まれて、俺は動けなくなっていた。

くぅ……。

こんな事なら、早めに捕まっておけば良かったよ……。


「何故、俺から逃げた?何か知られたく無い事でもあるんだろ?」

「あ、いや……俺が蓮斗さんに秘密なんてありませんって!」


蓮斗さんの秘密ならあるけど……。


「光、何かしたの?」

「あぁ、何故か俺が行っていた場所に光が現れた。そして、逃げたんだよ」


琉斗さん、そこは突っ込まないで助けてくださいよ!

蓮斗さんに肩を掴まれたままの俺は何も言えず、首根っこを掴まれた猫のようにおとなしくしていた。


「光、兄さんに話してみた方が良いですよ?」

「そうだぞ、黙っていた分だけ俺に怒られたいのか?」


いや……話してみても、怒られる気がするのは俺だけですか?


「蓮斗さん、怒らないって約束してくれますか?」

「内容によるな」


はぁ……。

じゃ、怒られるのは確定じゃないですか。


「光、話してしまいなさい。怒られるのは早い方が良いですよ」


ふぅ……。

琉斗さんまで、俺が怒られるのを分かっているのか。

それなら、覚悟を決めて怒られるしかないか……。


「蓮斗さんに子供がいるって……」


俺は、優馬から聞いたことを蓮斗さんと琉斗さんに話した。

すると蓮斗さんが俺から手を離し、呆然としてしまった。


「あぁ、その話ですか。僕も兄さんに聞きたかったんですよね。で、その子を引き取るんですか?」


あれ?

琉斗さんも知っていたのか。

なんだ……それなら早く白状しておけば良かったじゃないか。

安心した俺はフッと力が抜け、ソファに座ってくつろいだ。


光から話を聞いて、俺も驚いた。

兄さんが、仕事上がりに仁奈と子供と過ごしていたなんて知らなかったし。

それに今朝の話が途中で終わっていたから、この機会に全部聞かないと。

子供と暮らすならこの家は不自由だし、兄さんは住まいを移さないとならないだろう。

今から色々と動かなくちゃダメだろう?


「光、珈琲をいれてきてくれませんか?」

「了解です」

「兄さん、そこに座ってください」

「あぁ……」


考え込むと、兄さんは黙ったままになってしまう。

明日は休みだし、夜は長いですからゆっくりと話し合いましょうか。

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