第11話 再会。その2
「はぁ……」
まさか……彼が私の事を探していたなんて、知らなかった。
彼が帰った後何もする気にもなれず、部屋でボーッとテレビを見ていた。
彼とは悲しい別れだったけど、私は仕方無いと思ったもの。
それを今更……戻ってきて欲しいなんて、考えられない。
明日、会って断ってこようかな……。
だって、私は……ここを離れたくないもの。
そう思ったら、カフェの皆の笑顔が浮かんだ。
私を待っていてくれる人達がいるんだから……。
「彼にちゃんと言わなくちゃ」
私は彼から受け取ったホテルのメモを握りしめ、強く決心したのでした。
翌日私は早起きし、しっかり身支度をして彼が泊まっているホテルへと向かった。
勿論、歩いて……。
駅前だから、着く頃には朝食が終わっていると思う。
お腹がいっぱいになれば、冷静になれるから。
そして、ちゃんと話し合って……理解してもらうの。
彼とは一緒に帰れないって……。
ホテルに着くと、彼がいるホテルの部屋を探した。
そしてその部屋を見付けると、ブザーを鳴らす。
カチャ……。
するとゆっくりとドアが開き、彼が現れた。
「由樹、来てくれたんだね」
「うん、貴方に話があって」
彼は私の言葉を聞くと、そのまま部屋に入るように促してきた。
でも……。
「私、ロビーで待ってるから」
何が起きるか分からないのに、部屋に入るなんて出来ない。
だから、私は彼の申し出を断った。
だけど、彼は頷いてくれなくて。
「由樹、何もしないから……。だから、中に入ってくれないかな」
「分かった」
私は彼を信用し、開いたドアから部屋の中に入っていった。
「由樹、俺はあっちで着替えてくるから。だから、待ってて」
「うん」
彼はすぐに戻るからと私に笑顔を見せ、隣の部屋に入っていった。
私が通されたのは、リビングにあたる部屋。
彼が宿泊している部屋は、私が泊まるようなリーズナブルな部屋ではなく、スイートルームに近いのでは?と思うくらい広い部屋。
やっぱり、私と彼の格差の違いを感じた。
彼は
6年前……私は知人の洋食屋でバイトをしていた時に、彼と知り合った。
彼は慣れない仕事にも優しくフォローしてくれて、いつのまにか惹かれ合い、自然と付き合うように。
だけど、1年後……私達は別れてしまった。
彼はとある大手企業の長男で、大学に通いながら両親に内緒で働いていたらしい。
それが知られてしまい、バイトも辞め……私とはそれっきり。
その時、私と付き合っていた事も知られてしまい、使いの人が現れた。
彼からだと言って、手切れ金まで渡された……。
決して彼の目の前に現れるなと釘を刺されて……。
でも私は受け取らなかった。
だって、彼がそんな事をするなんて信じられなかったから。
彼はあれから弟に跡取りとしての地位を譲り、別の道で輝いている。
やっぱり私は彼には相応しくないって実感している。
こうして……いつの間にか5年の歳月が経っていた。
やっと……吹っ切れたと思っていたのに。
何故、今更……。
カチャ……。
「お待たせ。そこに座って」
「うん」
彼は窓際に置いてあるイスに座るように言った。
そして、閉めてあったカーテンが自動でゆっくりと開いていく。
ここは高層階……とても眺めが良い部屋。
こんなシチュエーションじゃなければ、心もトキメクかもしれないと思ってしまった。
「……コーヒーで良い?」
「うん」
彼は、設置されているコーヒーメーカーで香りの良い珈琲をいれてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
品の良いコーヒーカップは温めてあり、淹れたての珈琲の香りを更に引き立てていた。
彼は私に珈琲を渡すと、目の前のイスに座る。
そして珈琲を一口飲むと、目の前のテーブルにカップを置き、私と向き合った。
「昨日の返事を、くれるのかな?」
「……うん」
私も持っていたカップを置き深呼吸すると、彼に頭を下げた。
「……それ、どういう意味?」
「ごめんなさい、私……貴方と帰れない」
彼の顔を見ると、決意が揺らぎそうになった。
だから下を向いたまま、彼に告げた。
だって彼はあの時と変わらず、同じ瞳で私を見てくれたから。
「もう……俺を名前で呼んでくれないの?」
「……えっ?」
何故、急にそんなことを?
顔を上げて彼を見ると、すごく哀しそうな顔をして私を見ていた。
「母さんが由樹にした酷い仕打ち……後から聞いた。それが許せなくて俺は自分を責めた。由樹を守れなかった自分にも腹が立った。だから勘当された形で家を出て、バイトしながら由樹を捜したんだ。だけど……こんなに長くかかるとは思わなかった」
彼がどうやって私を捜したかは、分からない。
だけど、あれから彼も大変だった事はすごく解った。
でも彼はバイト先で才能を見出だされて、今の仕事に就いている。
あの頃より、すごく素敵になって……。
「私……この土地が好きなの。それに、今の仕事や一緒に働いている人達が好き。だから、ここを離れたくない」
私は理解して欲しくて、一生懸命彼に訴えた。
「ふぅ……」
しかし彼は珈琲を一気に飲み干すと、溜め息を吐き窓の外を見ていた。
「駄目かな?」
「……由樹、俺が納得する様な人達かどうか、会わせてくれないか?」
えっ?
まぁ、多分……大丈夫だと思うけど。
「今日は定休日で……。明日、店が終わる頃だったら大丈夫だと思う」
「分かった。じゃ、明日……会いに行く」
……明日、早めに行って説明しなくちゃ。
でも、何て言えば良いの?
とにかく、皆に言って少しだけ時間もらわなくちゃだよね。
「それじゃ、また……明日」
私はそう言って、彼の部屋を出た。
これで、本当に諦めてくれるのだろうか。
もしそれでも駄目で、私はここを離れなくちゃいけない状況になったら?
そう思ったら、急に不安になってきた。
……明日なんて、悠長な事を言っている場合じゃ無いよね。
今から、会いに行って話してこなくちゃ。
私は、店へと向かいながら、すぐ電話を掛けた。
お願いしたい事があります……と。
蓮斗さんは留守だったけど、琉斗さんと光さんならまだ家にいるらしい。
待ってるよって、言ってくれた。
それだけでも、嬉しい……。
電話を切った後、待ってくれている琉斗さんと光さんの為に商店街で手土産を買い、店へと急いだのでした。
カタン……。
家の受話器を置いた後、由樹さんに何かあったのではと?思った。
とても深刻そうな感じだったから。
「琉斗さん、由樹ちゃんは何て?」
光は由樹さんからの電話に興味津々だった。
「僕達を含めた……皆に話したい事があるって」
「ん……何だろ?蓮斗さんといい由樹ちゃんといい、大変そうな予感しかしないんですけど」
確かに。
兄さんの方は深夜まで話し合っていたが、もしもの時は協力するという形で話を終えた。
でも由樹さんは前職での問題は解決したし、特に何も無かったように思えたけど。
「由樹さんがわざわざ来てくれるし、ゆっくりしながらでも、聞いてあげましょう」
「じゃ、俺は珈琲の用意しようかな~」
光は寝不足の筈なのに、由樹さんが来ると聞いて急に元気になりましたね。
「では、僕はケーキでも出そうかな」
「あっ、俺も食べたい!」
全く……その元気はどこから来るのでしょうね?
「大丈夫ですよ。僕達の分もちゃんと切り分けますから」
「やった~!」
もう1つ……とっておきのプリンも出しましょう。
これを由樹さんに食べてもらって、光以上に元気になってもらわなくては。
コンコン……。
「こんにちは、由樹です」
カチャ……。
「由樹ちゃん、いらっしゃ~い!」
電話があってから約1時間後、由樹さんが家にやって来た。
光は由樹さんが来てくれた事を喜び、リビングのソファに座るようにと促していた。
「由樹さん、どうぞ」
俺は温めていたカップに珈琲をいれ、ケーキと共に由樹さんの目の前に置いた。
「あっ、ありがとうございます!これ、あの……良かったら食べてください」
由樹さんは気を遣ってくれたのか、珈琲に合いそうなマカロンを持ってきてくれた。
「由樹ちゃん、ありがとう!俺の分もあるんだぁ~。食べるのが楽しみだな~」
「光、嬉しいのは分かりますが、僕の分まで食べないでくださいね」
冷蔵庫にしまおうとしたのに、いつまでもマカロンを眺めていて離そうとしないんですから。
「ふふっ、喜んでもらえて良かったです。でも、冷蔵庫にしまってくださいね。今日は暑いですから」
「あっ、そうだね。うん、ちょっと冷蔵庫に行ってくる!」
ふぅ……。
光は、由樹さんの言うことならすぐに動くようです。
全く……困った人ですね。
「由樹さん、珈琲は冷めないうちにどうぞ。あと、そのシフォンケーキは、僕が作ったんですよ」
「わぁ!そうなんですか、凄いですね!」
「琉斗さんのシフォンケーキ、すごくふわふわで美味しいんだよ!由樹ちゃん食べれるなんて、ラッキーだよ~」
光は置いといて、由樹さんがこんなに喜んでくれるなんて、今朝作っておいて良かったです。
「では、お言葉に甘えて……いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」
由樹さんに気に入っていただけるでしょうか。
光は、俺が言う前にあっという間に食べ終わっていた。
おかわりが欲しい……というようなキラキラした目をして、俺を見ています……。
お客様は由樹さんなのですから、少しは我慢してください。
そう心の中で溜め息を吐くと、由樹さんはシフォンケーキを一口食べ、じっくりと味わっていた。
由樹さんを見ているだけで、すごく癒されますね。
「ほんとだぁ~!ふわふわですごく美味しいです!」
「良かった。帰りにお土産で差し上げますね」
こんなに喜んでいただけるなら、もう1つ作れば良かったですね……。
「良いんですか!?嬉しいです!」
「勿論です。食べるのは、僕と光だけですから」
「遠慮しないで大丈夫だよ?俺はまた作ってもらえるからね」
……光、それはいつになるか分かりませんよ?
私の気紛れですからね……。
でも由樹さんが喜んでくれるなら、明日もまた作りたい気分ですが。
「さて、そろそろ本題に移りましょうか。由樹さん、何か相談したい事でもありましたか?」
「……はい。カフェで一緒に働く皆さんに、お願いがあって来ました」
由樹さんは、困ったことになったと話してくれた。
まさか……元彼が由樹さんを連れ戻しに来たなんて想像もしていなかった事だけに、俺も光も驚いていた。
でも、由樹さんがここにいたいと言ってくれる限り、簡単に元彼には渡せない。
それは光も同意見だった。
「由樹ちゃん、心配しないで。俺達は、その元彼に負けないから!」
……いや、そこは負けるとかでは無いと思いますが。
「由樹さん、僕達に任せて下さい。元彼には由樹さんを渡しませんから」
あ、俺も似たような発言をしてしまいました。
「……ありがとうございます。そう言っていただけて、嬉しいです」
由樹さんは俺達の言葉に安心したのか、少し涙ぐんでいた。
「そんなの当たり前だよ、だって俺達は由樹ちゃんが好きなんだもん!」
「えぇ、光の言う通りです。僕も由樹さんが好きです」
「えっ……。あ、ありがとうございます」
どさくさ紛れに告白しちゃいました。
光は満足気ですね……。
由樹さんは少し頬を赤らめていて、抱き締めたいくらい可愛いですね。
「由樹ちゃ~ん、大好きだぁ~!」
「えっ!?」
光は由樹さんの可愛さに理性が崩壊したようで、告白した後抱き付こうとしました。
「光、止めなさい。由樹さんに嫌われますよ」
「由樹ちゃん、ごめんなさい……」
ま、私が間に入って止めましたけど。
ふぅ……油断も隙もないですね。
「あ、いえ……大丈夫です。ちょっと驚きましたけど」
全く、怯えさせてどうするんですか……嫌われても知りませんよ。
由樹さんは苦笑いしてますが、光のした事ですし気にしないでいただきたいです。
「では、話はこれくらいにして……。由樹さん、まだ時間はありますか?」
「はい、特に用事はありません」
「本当!?やった~!じゃ、俺達とバーベキューしない?」
あ、光が先に言ってしまいました……。
「由樹さんが嫌でなければ是非。うちのスタッフや友人も集まるんですよ」
「そうなんですか!それなら、参加したいです。私もお手伝いしますね」
良かった。
由樹さんが元気になってくれるなら、そこに居てくれるだけで良いんですよ?
まぁ……そんな事を言えるほど、俺は度胸が無いんですけど。
これを知られたら、兄弟そろってヘタレと言われてしまいますよね。
「では、今から足りない分を買い出しに行くので、由樹さんも一緒に行きましょう」
「はい!」
途中、一度家に立ち寄って欲しいと言われました。
女性ですから、何かしらの支度があるかもしれませんね。
「わぁ~い!楽しみすぎて、待ち遠しいよ!」
光……少しは落ち着いて下さい。
まるで、遠足前の小学生の様ですよ……。
「光は、留守番を頼みますよ?他にも色々と準備がありますからね」
「……は~い」
少し、大人しくなりましたね。
剛士さんと陽毅さんも直に来ますし、光を任せてしまいましょう。
「では、行きましょうか」
「はい!光さん、いってきます」
由樹さんはお土産のシフォンケーキを持つと、光に笑顔を向けていた。
「うん、由樹ちゃん気を付けてね~」
「光、頼みましたよ?」
「ラジャーです!」
光……由樹さんの笑顔を独り占めなんて、羨ましすぎです……。
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