第8話 鬼の恋人。その2

期待していた訳じゃない……。

だけど、毎日続いていた習慣みたいなもので……それが無いと、不安になる。

……何かあったんじゃないか?って。


歩いても歩いても、まっすぐな道は距離が縮まった気がしない。

さらに不安からか私の気が焦っていた。

なんで、店に着かないの!?と……。

気付いたら早足から小走りになり、全速力で走っていた。

そしてようやく店が見えてきた頃、見慣れた車が近付いてきた。


あっ、あれは蓮斗さんの車だ……良かった。

ホッと一安心し、声を掛けるため車へと近寄っていった。

しかし私には気が付かなかったのか、私の横を通り過ぎていってしまった。

しかも、店とは逆方向に……。

もうすぐ開店準備の時間なのに、何処に行ったんだろう?

買い忘れとかかな?

そう思い込み、蓮斗さんの行動を疑いもしなかった……。


「おはようございます」

「由樹ちゃん、おはよう~」


いつもの様に玄関から入り、リビングにいた光さんに挨拶をした。

すると私の声を聞いた琉斗さんが、キッチンの方から爽やかな笑顔で現れた。


「由樹さん、おはようございます。今日は兄さんが休みなので忙しくなると思いますが、よろしくお願いします」


「えっ……?そうなんですか」


さっき見掛けたのに……。


「うん、そうなんだよ。蓮斗さんが休むなんて、初めてじゃないかなぁ~?」


光さんがどうしたんだろうね?と不思議そうに話していた。


「兄さんでも、そういう時があるんですよ。だから、光は頑張って下さい」


琉斗さんは、光さんに満面の笑みでお願いしていた。


「えっ、なんで俺限定なんですか!?」

「兄さんがいないと、光は気を抜きますからね」


あはは……。

確かに、その可能性は大きいと思います。


朝のミーティングでも、蓮斗さんが休みだと伝えられた。

剛士さんは、そうですか……と、驚きもせず。

陽毅さんは驚いて、今日は大雪でも降るんじゃないかって冗談を言っていた。

でも真夏だから、それは無いと思いますけど。


「それでは皆さん、今日もよろしくお願いします」

「「はい!」」


蓮斗さんがいないから、琉斗さんが代わりに朝のミーティングをした。

お店を開けると、いつもの様にお客様が入ってきた。


蓮斗さんがいないから、皆大忙し。

私が来る前はこの人数でこなしていたんだから、すごいって思う。

私も頑張らなくちゃ。


しかし、蓮斗さんは翌日も休み。

更に翌々日も。

蓮斗さんがいない日は、何日も続いた。


「蓮斗さん……どうしちゃったんでしょう」

「本当だよね、家にも帰って来ないしさ……。何日も姿を見ないと、心配になるよ」


光さんも休んだ理由を知らないんだ……。


「兄さんは……理由があって戻れないんだ。なるべく早く帰ってくるとは言っていたから」


琉斗さんが、申し訳なさそうにそう言ってくれた。

その理由はプライベートな事だから話せないって。


「そっかぁ……。理由が気になるけど、琉斗さんがそう言うなら信じて待つしかないか」


光さんは溜め息を吐きつつ、疲れからかソファに倒れ込んでしまった。


「そうですね。蓮斗さんは、大事なお店を放って居なくなったりしませんしね」

「そうですよ。蓮斗くんはそんな方ではありません。それに……ここには想い人が居ますから。信じて帰りを待っていましょう」


えっ?

想い人って……ここに誰かいるの?

私は疑問に思い、剛士さんをじっと見た。

だけど私を見てフッと笑っただけで、それ以上は何も言わなかった。


「そうだな、オーナーは帰ってくるよ。だから、俺達はここで待とうな」

「はい」


うん、そうだよね。

蓮斗さんは帰ってくる……。

私達は蓮斗さんがいつ帰ってきても良いように、いつもの様に店の営業を続けることにした。


そして蓮斗さんが休んで1週間が経ったその日の朝。


「……ただいま」

「兄さん!」

「あっ、蓮斗さん!やっと帰ってきてくれたぁ~」


少し疲れた様子で、兄さんが家に帰ってきた。


「……少し寝かせてくれ」

「あ、うん……。朝御飯作っておくから」

「あぁ、悪いな」


申し訳なさそうにお礼を言うと 、兄さんは自分の部屋に入っていった。

もう大丈夫なのだろうか……。


「光、申し訳無いけど……由樹さんを迎えに行ってくれる?」

「やったぁ~!超特急で行ってきます~」


ハハハ……超特急って。


「光、ゆっくりで良いですから。兄さんとも話がしたいし」


由樹さんが心配ですから、くれぐれも安全運転でお願いしますと……光に念を押した。


「了解です!じゃ、ゆっくり帰ってきま~す」


光は棚から車のキーを取ると、嬉しそうに玄関を出ていった。


さて、俺は兄さんの朝食を作らないと……。

そして兄さんが起きてきたら、聞きたいことがある。

留守にした理由……。

1週間前のあの人が原因に違いないから。



カチャ……。

30分後、兄さんは部屋から出てきた。


「朝食出来てるよ」

「ありがとう」


兄さんが食卓に座ると朝食を並べ、食事を取り始めた。

そして俺は兄さんが食べ終わるのを見計らい、前の席に座る。


「兄さん、仁奈になと何かあったの?」

「…………何も無い」


兄さんは仁奈が来た事を知っていたのか?と驚いていたが、それ以上何も言わず食べ終えた食器を持ちキッチンへ行ってしまった。


仁奈は河原仁奈かわはらになと言って、兄さんの元カノで俺の2つ歳上だった。

そして、1年半前まで一緒に店で働いていた仲間。

その仁奈が先日閉店直後に突然現れたと、剛士さんが教えてくれたのだ。

だから、ちゃんと話を聞かないと。

1週間も休んでいたんだから、何かがあった事には違いないから。


「じゃ、何故……仁奈はここに来たの?」

「……俺の子供に会って欲しいって。だから、会ってきた」


え……、子供って……。

まぁ、そうか……男女の関係があれば不思議じゃないけど。


「兄さん……それでどうするの?」

「どうするかな……」


兄さんは、それで悩んでやつれたのか。


「兄さんと仁奈の子なんでしょ?それなら、仁奈と子供と一緒に暮らさなくちゃ。男の責任でしょ?」


それがケジメって言うものだし。

兄さんが好きになった由樹さんとは……そうなると、気の毒だけど叶えられない。


「そうだな。でもな……」


ガチャ……。


「ただい~ま!」

「お……お帰り。早かったね」


光……タイミング悪すぎです。


「おはようございます!あっ、蓮斗さん!お帰りなさい」

「あぁ……ただいま」


由樹さんまで……来てしまいました。


「由樹さん、おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」


「はい!じゃ、着替えてきますね」


由樹さんは、脱衣所に行ってしまいました。


「琉斗、話はまた後で」

「うん」


兄さんは立ち上がり、準備をするからと店に行った。


「蓮斗さんと話は出来たんですか?」

「……いや。ちょうど光が帰ってきてしまいましたから」


ゆっくり帰ってきたのになぁ……と、光は残念そうにしていました。

それにしても……兄さんに子供がいたなんて驚きだった。

仁奈は何故今まで黙っていたのか……そこが謎ですが。



「蓮斗さんが帰ってきてくれて良かった……」


由樹は脱衣所で身支度をしながら、蓮斗が帰ってきたことを喜んでいた。

だけどいつもの鬼ではなく、元気が無いような感じがした。

それに、少しやつれた気もするし。

休んでいる間一体何があったのか、プライベートな事とは知っているが、とても気になっていた。


脱衣所を出ると、既に蓮斗さんの姿は無かった……。

リビングには、光さんがいるだけ。


「光さん……。蓮斗さんは、何処に行ったんですか?」

まさか、また何処かに行っちゃったとか?


「蓮斗さんは、店に行ったよ」


「良かった……。あっ、私も表のお掃除に行かなくちゃ」


嬉しがってる場合じゃないよね、仕事、仕事!


「俺も、店に行かなくちゃだよ~」


光さんは、蓮斗さんがいるし頑張らなくちゃね?と笑っていた。


何故だろう……。

店先で掃除をしていても、蓮斗さんの事を考えてしまう。

今朝は光さんが迎えに来てくれて、嬉しかった……。

だけど……私は、蓮斗さんが来てくれなかったという事に、淋しさを感じてしまっていた。

もしかしたら……私は、蓮斗さんの事を好きになり始めているのかも。

でも、あんなに恐くて鬼な蓮斗さんを?……って思う私もいる。

優しい琉斗さんや、楽しい光さん、しっかり者の陽毅さんもいるのに……変よね。


そんな考え事をしつつ掃除が終わり一息吐いた時、つばの大きな帽子を深々とかぶった女性が、こちらに歩いて来るのが見えた。


「……あの、蓮斗いますか?」


蓮斗……。

この呼び方は、親しい間柄なのだろう。

少し……胸がチクリと痛んだ。


「…………蓮斗さんですか?はい、中に……。呼んできますか?」


一瞬……ほんの一瞬だけ躊躇したが、蓮斗さんがいることを正直に答えた。


「お願いします。私は、家の方で待ってると伝えて下さい」

「わかりました。あの……お名前は?」


「河原仁奈です」


河原さんは名を名乗ると、店の裏にある玄関へと歩いていってしまった。


……河原仁奈?

何処かで聞いたことがあるような……。

何処でだっけ??

思い出せそうで思い出せない……。

頭の中がモヤモヤしたまま、掃除用具を片手に店の中へ入っていった。


「蓮斗さん、今お客様が来ました」

「……こんな時間に誰だ?」


蓮斗さんが、不機嫌なオーラを放ちつつ私に訊ねた。


「河原仁奈っていう方です。家の方で待っていますって言っていました」


私は、先程の河原さんが言った通りにそのまま伝えた。

それなのに、私を一睨みすると無言で家の方に行ってしまった。

私、何か悪い事したかな?


「……ね、仁奈が来たの?」

「えっ?」


光さんが、険しい表情で私に訊ねてきた。


「あの……河原仁奈って、確かに言っていましたけど」

「そうなんだ……」


あれ?光さんまで黙っちゃった。


「光、手を休めていないでちゃんと準備をして下さい」

「は~い」


光さんまで不機嫌になってるし。


やっぱり……さっきの女性がすごく気になる。

何か忘れているような?

うーん、思い出せ!

蓮斗さんと光さんが知っている人……。

それならきっと、地元の人の筈。

それなのに、何故……私が河原さんを見たことがある気がしたんだろう?


また……仁奈が来た。

兄さんに用事があるなら、直接連絡すれば良いのに。

だって子供がいる仲なんだろ?

しかも……せっかく兄さんが帰ってきたのに、仁奈が来たことで物凄く不機嫌になっている。

取り次いだのが由樹さんだからな……余計に腹が立ったのかも。


あ……いや、由樹さんのせいではなくて、知られたくなかった事に触れられそうで嫌だ?という感じなのかもしれないな。

だって、兄さんは由樹さんの事が好きだから……。


何故……気になった女性は、兄さんにばかり行くんだろう?

俺だって、モテる方なのにさ……。

恋人は、仁奈なのか、由樹さんなのか……。


もし、兄さんの子供がいるなら……仁奈とやり直すだろう。

それなら、俺が遠慮なく由樹さんを狙っても良いよね?

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