第6話 噂の真実。その3

「お客様、私共の従業員が何か致しましたでしょうか?」


……えっ?

横を見ると、蓮斗さんが今まで見たことがないくらいの極上の笑顔で、佐枝子さんに話し掛けていた。


「えぇ、この子が私の連れに色目を使ったのよ?こんな酷い店員、追い出した方が良いんじゃない?」

「ち、ちょっと……何を!」


蓮斗さんが出てきた事に、目を輝かせて話し始めた佐枝子さん……しかも、前のめりになって上目遣い。

私の位置からも、さらに強調させた胸の谷間や艶々させた唇でアピールしているのが分かる。

まさか、こんな手で私は解雇されたの?

……蓮斗さんがこの話を信用したら、私は追い出されてしまう!


「そうでしたか」

「蓮斗さん、違います!」


今の話を信じたの?

違う、私はそんな事していない!


「ええ、そうなのよ……。いくら自分に男が出来ないからって、酷いわよ。でも、貴方が追い出してくれるなら、私も安心だわ」


……ダメだ、私の話を聞いてくれない。

私はまた……佐枝子さんの悪意で解雇されるんだ。

私の事を信じて欲しくて、懇願するように蓮斗さんを見た。

しかし蓮斗さんの表情は、先程の極上のスマイルが消え、急に真顔……いえ、鬼の形相へと変わっていた。

もう……ダメだ。

諦めるしかない……と、泣きそうになって俯いた時、私の頭上で怒鳴り声が聞こえた。

それは……鼓膜が破れるんじゃないかと思うくらいの、大きな声だった。


「光!お客様がお帰りになる。今すぐ塩を持ってこい!」


えっ?


「ちょっと、何!?」


佐枝子さんは蓮斗さんの対応に驚いて、唖然としていた。


「お客様、本日はご来店いただきありがとうございました。お出口はこちらです」


さらに琉斗さんが、佐枝子さんと浅賀工場長を店の外まで案内している。


「ちょっと!貴方、どういう事!?」


佐枝子さんは、思ってもいなかった対応に驚き、蓮斗さんに怒鳴っていた。


「どういう事だと!?俺の大切な女に、何を言った?他の男は知らないが、俺はそんな無駄な脂肪を見せられても、虫酸が走るだけだ。お前みたいな卑劣な女は、もう二度とこの店に足を踏み入れるな!」


えっ……。

蓮斗さん!?

体の周りに炎が見える気がする……。

鬼を通り越して、閻魔様の様です……。


「……という訳ですので、以後近寄らないで下さいね?勿論、由樹さんにもです」


琉斗さんまで……。

いつもの笑顔が、恐ろしく見えます。


「もし、由樹ちゃんに何かしたら、俺達が相手になる。良く覚えておくんだな!」


光さんも……。

楽しそうに手首鳴らさないで下さい。


「次に来た時は、飲み物に何を入れるか分かりませんよ?」


剛士さん……。

笑顔で、何を持ってきたのですか?


「そうだな。俺は……切り刻んでやるけどな」


陽毅さん……!?

こ、恐い……。


「ふんっ、もう二度と来ないわ。こんな柄の悪い店、私には合わないし。常雄さん、帰りましょ」

「あぁ……」


佐枝子さんと浅賀工場長は、テーブルに代金を置くと急いで帰っていった。

そしてそれを見届けると、ホッとして気が抜けたのか私は急に力が抜け、その場にしゃがみこんでしまった。


「由樹ちゃん!」

「由樹、大丈夫か?」

「大丈夫です。急に足の力が抜けてしまって……」


光さんと、蓮斗さんが私の側まで駆け寄ってきてくれた。


「奥に連れていく」

「えっ……!?」


大丈夫……って言いたいけど、まだ力が抜けたままで上手く立てないし。


「解った、こっちは任せて」


蓮斗さんは琉斗さんに店を任せると、私を軽々と抱き抱え、家のリビングへ運んでくれた。


「お客様、大変失礼致しました」

「ご迷惑をおかけしてしまったお詫びに、デザートをサービスします!」

「珈琲も、もう1杯サービスしますよ!」

「「わぁ、嬉しい~!」」


琉斗さん、陽毅さん、剛士さんは、お客様にお詫びをしつつ、いつも以上に応対してくれた。

皆……私の事を信じてくれたんだ。

その沢山の想いを知り、私は胸が苦しくなった。

まだ知り合って少ししか経ってないのに、こんなにしてくれるなんて。

すごく嬉しくて、誰もいないリビングで号泣してしまった。



営業が終了すると、皆がリビングに集まってきた。


「今日は、久し振りにスッキリした!」


そう言って、皆笑っていた。

その場にいたお客様も、良いもの見せてもらったよ!と、笑顔で帰っていったらしい。

それを聞いて安心した……。

私のせいでお客様が気分を害してしまったら……と思ったら、ここにいる皆に申し訳無いし。


「ね、由樹ちゃん……。前の仕事に戻りたい?」


光さんが私の隣に座り、突然そんな質問をしてきた。


「えっ、急にどうしたんですか?」

「だってさ、辞めさせられた原因が判った訳でしょ?それを社長に言えば、戻ることは可能だよね?」


そっか、そうかもしれないけど……。

私は……社長の心を痛める事はしたくない。

ここではまだまだ役には立てないし、迷惑ばかりかけている……。

だけど……。


「いいえ、私は……戻りません。皆さんが嫌でなければ、ずっとこのお店で働きたいです」


そう正直な想いを伝えた。


「由樹さん、私は貴女と一緒に居たいです」


え……あ、あの……琉斗さん、ち、近いです。


「ちょっと!琉斗さん、抜け駆けはズルイ!俺だって、由樹ちゃんと一緒に居たいよ!」


あの……二人とも、目の前で火花が散って見えますが?


「そうですね、由樹さんが居てくれた方が、華があるし和みます。それに、私の淹れた珈琲も美味しく飲んでくれますしね?」


あ、珈琲……ありがとうございます。


「剛士さん!?俺だって、美味しく飲んでますよ!」


「おい、光……妬くなよ。由樹は、試作メニューを喜んで食べてくれるからな。俺にも必要だな」


えっと……。

わぁ~!デザート美味しそう!

……いただきます。


「え~!?俺にも食べさせてよ!」

「光、煩い。由樹は俺が拾ってきたんだから、俺のものだろ」

「「「え~!?」」」


鬼の蓮斗さんから、爆弾発言が飛び出しました。

しかも……拾ってきてって。

まぁ、ある意味そうですが……。


「ちょっと、由樹ちゃん!どういう事!?」

「兄さん……いつの間に手を出したの?」

「オーナー、やることが早すぎる」

「私が若ければ……」


いやいや、ちょっと待ってください!

私だって、訳が分かりません。


「だから、由樹に手を出すなよ?」

「えっ……!?」


蓮斗さんは私や皆が動揺する中、私の側に来て頬にキスを落としてきた。


「兄さん!」

「蓮斗さん、俺の目の前なのに酷い……」

「珍しいもの見れたかも……」

「羨ましいですね……」


あの……勝手に話が進んでおりますが?


「ちょっと、蓮斗さん!どういう事か説明してください!」

「あ……やっぱり必要か?」

「当たり前です!」


なんですか、その惚けた顔は?

皆は私に怒られたく無いからか、そそくさとリビングを離れていってしまった。


「さぁ、出掛けてこよう~」

「兄さん、ごゆっくり……」

「オーナー、お先です」

「由樹さん、また明日」


そして私と蓮斗さんのみになり、リビングは静かになった。

二人きりになると、何だか気まずい……。

でも、大切な事は話さなくちゃね。


「蓮斗さん……今日は助けてくれて、ありがとうございました」

「……別に。俺は当たり前の事をした。それだけだ」


そんな事でお礼は不要だと、言ってきた。


「それでも、私を信じてくれて……嬉しかったです」


信じれくれたから、私の心は壊れなかった……。


「あの二人だよ、前に言ってた。お前を解雇させるって言っていた奴」

「……やっぱり。さっき話を聞いて、そんな気がしました」


あの二人は店に来る度、その話をしていたらしい。

だからその時からこの店にいた皆やお客様は、私の事を知ったって。

それで、どんな子なのかって……興味を持ったらしい。

まさか、その本人を拾うとは思わなかったけど、と笑っていた。

それで、話の通りか……この1ヶ月、様子を見ていたのかな?

だから、送り迎えまでしてくれて……。


「蓮斗さんは、私の事を何とも思ってないって言ってましたよね?」

「はっ?急に話を変えるなよ」


鬼の蓮斗さんが、そんなに動揺しないでください。


「急にじゃないですよ!蓮斗さん、私の事が好きなんですか?」

「お前……そんな恥ずかしいセリフ、よく言えるな」


恥ずかしいって……自分だって言ってましたよ!?


「……っ、だって!蓮斗さんが……俺の大切な女にって……」

「……そんな事、言ったか?」

「言いました!」

「……聞き間違いじゃないか?」


……えっ?

そうなの……?


「……そうなのかな?」

「はぁ……」

「えっ?」


蓮斗さんは、大きく溜め息を吐きつつ立ち上がると、玄関の扉の方へ歩いていった。

そして、その扉を開けると……。


「あ……見つかっちゃった?」

「兄さん、ヘタレ?」

「オーナー、お疲れ様です」

「由樹さん、大丈夫ですか?」


帰った筈の皆が、扉越しに私達の様子を伺っていました。


「皆さん、帰った筈じゃ?」

「だってさ、大事な由樹ちゃんに何かあったら大変でしょ?だからさ……」

「そうです、兄さんが由樹さんに何をするか分かりませんからね?」

「俺は知らないぞ、光が……誘ってきたから」

「私は、由樹さんが心配でしたので」


あはは……そうでしたか。


「皆、由樹が大事なのは分かった。だけどな、さっさと帰れ!」


あ……鬼が出ました。


「兄さん……僕と光の家はここなんだけど?」

「……うん」


あ……蓮斗さんが、急に黙っちゃった。

大丈夫かな?


「由樹、家まで送る。早く来い!」

「え、でも……まだ着替えてない……です」


うわぁ……まだ怒ってる。

私の返事で、蓮斗さんはまた黙ってしまった……。

あぁ……なんだか雷落とされそう。

でも、この服はここに置いていかないとだし……。

なんて返答がくるのか、ドキドキした。

すごく心臓に悪い……。


「下で待ってる……」

「はい、わかりました」


蓮斗さんは振り返らずに、玄関から出ていってしまった。

ふぅ……助かった。

それから、リビングに入ってきた光さんと琉斗さんは、ソファでくつろぎ始めた。


「うーん。結局……蓮斗さんは、片想い?」

「兄さん……不器用だから」


本人がいないから、言いたい放題。

私は、脱衣所で着替えていたから巻き込まれないで済んだけど。

結局……蓮斗さんの気持ちは、私にも分からないままだった。

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