第4話 噂の真実。その1

工場長と先輩の事が気になりつつも、洗い場にいる私は表に出ることも叶わず1ヶ月が経ってしまった。

その間、週に1度くらい同じ時間に来店していた二人。

交代制で休憩に来てるとしても違和感があった。

何故なら、私の仕事は外でお昼を食べるなんてそんな時間なんて無かったから。

と言うことは、私の仕事を引き継いだ筈の先輩が来れる筈がないのに。

ベテランは手際が違うと言われたら、それまでだけど。


「おい、ぼーっとしていないで手を動かせ」

「あっ、はい!すみません」


蓮斗さんの声で我に返る。

仕事中に余計な考え事なんてしていたら、失敗しちゃう。

しかも今はここで働いているんだし、目の前の仕事に専念しなくちゃ。

それに私の背後には監視役の鬼がいるから、さらに危険だよね。


「ね、最近……由樹ちゃん元気無いよね。何かあった?」


一緒に休憩を取ることになった光さんが、私を心配してくれた。


「……いいえ、何もないですよ?」


噂について気になってるなんて言ったら、困らせてしまうだけだし。

私は、笑顔で平気なフリをして見せた。


「そう?それなら良いけど」


でも、心配だからさ遠慮なく相談してね?と、言ってくれた。


「そうそう言い忘れていたけど、由樹ちゃんのユニフォームが出来てるんだ。だから、洗い場からホールの仕事に変えて欲しいって言ったのにさ、蓮斗さんが厳しくて了承してくれないんだよね~」

「そうなんですか!ありがとうございます。でも、まだ慣れていないので、暫くは洗い場で頑張ります。だから、ユニフォームはそれまで楽しみにさせて下さい」

「了解。じゃ、俺が大事にしまっておくね」


実は光さんが、ユニフォーム作りや食器のデザインをしている。

それを知った時は意外だったけど、こうして接してみると、発想やセンスの良さに尊敬しちゃう。

本当はユニフォームをちょっと見てみたいな、という気持ちもあるんだけれど、今の役割を疎かにしたくないし、それを励みにしたいから我慢してみた。


「あっ、そろそろ戻りますね。光さんお気遣い下さり、ありがとうございます」

「いえいえ。俺は、由樹ちゃんが好きだから。だからさ、いつでも頼ってね?」

「はい、その時は頼りにさせていただきますね」


えっと……さらっと何か言われましたが、ここは聞かなかったことにしちゃいましょう。

きっと、全ての女性に言ってそうなセリフだし。

でも光さんのお陰で、少し気が楽になった。

いつか聞ける時が来たら、教えてもらおう。

今は、ここの皆さんに私を認めてもらわなくちゃ。

特に……鬼の蓮斗さんに。

だけど運命って時に悪戯で、思わぬ時に動くもの。

私の知りたかったことが、予想もしない場面で知ってしまった場合、こんなに動揺しどう対処して良いのか分からなくなる。

それは、私が信じていた人だからかもしれない。

あの時私がお皿を割らなければ、それを知ることが無かった。


だけど、知ってしまった……。

店の裏……家の入口で立ち話していたのを聞いてしまったから。



「由樹ちゃんを、ここで雇ってくれてありがとう」

「いえ、お礼を言われる事はありませんよ」

「でも……辞めさせる事になったのは私のせいだから」


あれは……梓さんと蓮斗さんだ。

私を雇ってって、どういう事……?

だって、私……蓮斗さんと会ったのは偶然よね?

梓さんと蓮斗さんって、知り合いだったの?

梓さんは、申し訳なさそうに俯いていた。


「アイツ、元気でやってますから心配しなくても大丈夫ですよ」


「良かった……安心したわ」


梓さんはそう言うと、少しだけ笑顔を見せていた。

そして蓮斗さんに何か言った後、見送られて帰っていってしまった。


蓮斗さんや光さんが私の解雇話を聞いたのは梓さんからで、頼まれて雇ってくれたってこと?

もしそうなら、隠さなくても良いのに……。


「おい、立ち聞きするな」

「……え"っ」


隠れていたのに、蓮斗さんにバレてた!?

って、さっきまであそこに居たのに瞬間移動でもしたのですか?


「お前……勘違いするなよ。お前を雇ったのは、偶然だからな」

「へっ……?」


……どういう事?


「お前な、顔に出すぎなんだよ。木村さんは先代からの常連だけどな、お前が働いてるって知ってお礼に来ただけだ」

「えっ、そうなんですか……」

「俺は、嘘は言わない」


それじゃ、私が解雇された話は誰から聞いたんだろう……。


「あとな、お前……余計な事に気が向いているかもしれないけど、忘れるんだ。ここで働いている仲間や来店下さるお客様に、迷惑がかかる。それに、お前には覚えることがまだまだあるだろ。そんな余裕があるなら明日からホールに出ろ」

「……はい。……えっ!?ホールに出れるんですか!?」


聞き間違いじゃ……?


「嫌なら良いが」


蓮斗さんは、そう言うと家の中に入って行こうとしていた。


「いいえ、嬉しいです!精一杯頑張ります、ありがとうございます!」

「張り切りすぎて、食器を増やすなよ」


あ……。

後ろに隠していたのに割ったのもバレちゃってたみたい。


「……はい、気を付けます」


やったぁ~!

蓮斗さんに少しは認められたって事だよね?

わぁ、明日からホールに出られるんだ。

ドキドキしてきた。

私は割れ物を所定の場所に置くと、急いで店に戻った。

そしてちょうど裏に来た光さんに、明日からホールに出れることを報告した。


「そうなの!?やったね~、俺も嬉しい!」


そう言って思いっきり飛び付かれ、そのままハグされてしまった。


「あっ、えっ……あの光さん!?」

「ん?あぁ~由樹ちゃんいい匂い」


はい!?

何を言っているのかと思ったら、私の首元に鼻を寄せ、クンクンと匂いを嗅いでいた。


「あの……光さん、そろそろ離れて……」

欲しいんですけど……。


その時、背後でガタン!と大きな音がした。


「光、そこで何をやってる!お前も光から離れろ!」

「痛い!ごめんなさい、勘弁して下さい!」


光さんは私からベリッと引き剥がされると、突然現れた蓮斗さんに服の首辺りを掴まれ、そのまま引きずられながら、店へ強制連行されてしまった。


はぁ……ビックリしたぁ。

光さんって、いつもあんな喜び方するのかなぁ?

蓮斗さんのお陰で助かったけど、私も怒られないように気を付けないと……。


お店の営業が終わると、ホールで着るユニフォームを光さんから渡された。


「光さん、ありがとうございます!」

「ううん、俺の仕事だしね。それよりさ、今から着て見せてくれない?ついでに手直しとか出来るし」


そっか、もしサイズが合わなかったら、明日からホールで着れないしね。


「わかりました、今から着てきます。蓮斗さん、脱衣所借りますね?」

「あぁ」

「楽しみだぁ!」


妙にテンションの高い光さん。

その理由が数分後に判明する。


「え~!」


ち、ちょっと……何これ。

着替え終わって、鏡で全身を確認してみたけど……。

本当に、これを着るの!?

デザインは良い。

だけど……これはさすがにダメでしょ!


「由樹ちゃん、どうしたの?何かあった!?」


脱衣所の扉の向こうで、光さんが心配そうに声をかけてきた。


「ひ……光さん、これ……で、ホールに出るんですか?」

「うん!」


……いや、うん!じゃないですよぉ。

かなり抵抗があるんですけど……。


「由樹さん、大丈夫?嫌なら直させるし、ちょっと見せてもらえないかな?」


琉斗さん……大丈夫じゃないです。

でも、このまま見せない訳にはいかないし……。


「由樹、いい加減出て来い。俺が判断してやる」


蓮斗さんまで……。

これ見て判断って……。

即、却下してくれるのかな?


「……わかりました」


ふぅ……。


私は大きく息を吸って決意すると、ユニフォーム着たまま脱衣所の扉をそーっと開けた。


カチャ……。


「あっ、出てきた!」

「あっ……」


持っていたドアノブを、急にグイッと引かれて前のめりに倒れそうになる。

そして体を起こすと、私に向けた視線が一斉に集まった。


よく見ると、リビングに陽毅さんと剛士さんまでいて、私の姿を見て驚いている。

やっぱり……ドン引きだよね。

そして、それぞれの意見が飛び交い始めた。


「……すごい破壊力」


これは、光さん。


「ちょっと……目のやり場に困らないですか?」


困った顔をして答えてくれた、剛士さん。


「うん、同感だね」


ちょっと見ただけで、視線を逸らした陽毅さん。


「光、お前……自分の欲望を入れすぎだろ」


呆れつつ眺めている蓮斗さん。


「可愛いですね」


爽やかな笑顔で答えてくれた、琉斗さん。


結果……直しもなく、ただのお披露目会になってしまった私のユニフォーム姿。

色使いはワイン地に黒のラインが入っている。

皆と統一されているのだけれど、このデザインは……。


「由樹ちゃんによく似合ってるよね~。これで、いらっしゃいませ、ご主人様っ!って言われてみたい」


光さんがかなり妄想モードになっていますが、私が着ているのは、短い丈のメイド服風のユニフォームなのです。



「光さん……これ、無理がありませんか?私には、似合ってないと思うんですけど」

「そうかなぁ、すごく似合ってるよ?それに……。あっ、ちょっと失礼」


光さんは急に私の髪をほどくと、何処からかリボンを取り出してきて、ヘアーアレンジをし始めた。

そして鏡の前に立たされた私は、またもや驚愕の姿に。


「これ……ツインテールですよね」

「うん。やっぱりこの服には、ツインテールかなぁと思ってさ」


えっ……。

いや、あの……。


「お前、いい加減諦めろ……。明日からそれでホールに出るしかないだろ」


蓮斗さんは、そう言って外に出ていってしまった。


「やった!蓮斗さんの許可が出たっ」


光さんは大喜びしていて、私に抱き付きそうな勢いです。


「……本当に、これで出るんですか?」

「うん!」


あ……あの、満面の笑みの光さんじゃなくて、誰か助けて欲しいのですが。

せめて、安心させる言葉を下さい!


「由樹さん、心配しないで。とても似合っていますよ」


琉斗さんは私に優しい笑顔を見せ、フォローしてくれている。

少し不安が解消された様な……。


「まぁ、ユニフォームは置いといて……。明日からホールで頑張れよ?頼りにしているからな」


陽毅さんはそう言うと、自宅に帰っていった。

置いといて……って?

そして、剛士さんは……。


「もし……お客様で貴女に何かしてきたら、私に言ってください」


と、ユニフォームの事には触れず帰ってしまった。

何かって……何ですか!?


こうして、一人喜ぶ光さんと優しい笑顔を浮かべている琉斗さんがリビングに残り、この姿でどうして良いかも分からず。

私は居たたまれなくなって、脱衣所に駆け込んだ。


「ふぅ……。まさかこんなユニフォームだったとは思わなかったな。私じゃないみたい」


と、鏡を見て一人呟いたのでした。

そして普段着に着替えると、ユニフォームを脱衣所のハンガーにかけた。

それから、髪を元に戻して脱衣所を出ると、リビングで蓮斗さんが待っていた。


「家まで送る」


足の痛みは無くなったのに、あれからずっと家まで送ってくれている。


「あの……もう足の痛みも無いですし、大丈夫ですよ?」


と言っても、返ってくる言葉は決まっていて。


「ついでだから、勘違いするなよ」


と、冷たい一言だけだった。

何のついでなのかは分からないけど、断る事も出来ないので毎回甘えてしまっている私。



勘違いするなよ……か。

前にもそんな事言われたっけ。

あらからもう……5年経ったんだ。


『……由樹、勘違いするなよ。俺はお前の事、何とも思っていないからな』


高校の時、私は知人の洋食屋でバイトをしていた。

そこには、ウエイトレスをしていた7歳上の女性と、厨房で働く年齢不詳の男性がいた。

二人は付き合っていたようで、仕事終わりに仲良くしている姿をよく見かけていた。

その男性はとても面倒見が良くて、私もお世話になったその一人だった。

それを見て、彼女はヤキモチを妬いていたらしい。

だから彼女を安心させたくて、あの台詞を言ってきたのかもしれない。


『勘違いするなよ、お前の事は何とも思っていないからな』


……と。

別にわざわざ言わなくても、良いのにね。と、その時は思っていたけど、数年経って大人になってから言われると、何か心に引っ掛かる。

逆に……何かあるのかな?って思ってしまう。

でも、蓮斗さんの場合は無いよね。

だって……私の扱いが、他の人に比べて特に厳しいもん。



「着いたぞ」

「ありがとうございました。お疲れ様でした」

「あぁ……お疲れ」


考え事をしていたら、あっという間に家に着いてしまった。

そして私が車を降りると、蓮斗さんはすぐに車を走らせ何処かへ行ってしまった。

やっぱり、何も起きることは無くて。

私は走り去る蓮斗さんの車を、一人見送るのでした。


そして、翌朝……。

あの(メイド服風)ユニフォームの事が気になって、目覚ましより早く起きてしまった……。

しかも、帰り際……。


「由樹ちゃん、髪型はツインテールでお願いね?」


と、光さんに念を押されてしまい……。

専用のヘアアイロンを渡され、朝から髪をくるくると巻く事に。

そして極めつけは、琉斗さんの言葉。


「由樹さんに、似合いますから。明日、楽しみにしていますね?」


と、王子様スマイルで言われてしまったので、私の心はその笑顔に答えるしかないという結果に至った。

さすがに着替えて出勤するのは恥ずかしいから、ユニフォームは蓮斗さんの家に置いてきている。

その方が家に忘れることは無いから、安心だし。


髪を巻き終えると朝食をサッと取り、身支度をして家を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る