第3話 噂の常連客。
ピピピピ、ピピ……。
「ん……、朝かぁ~」
パシッと目覚ましを止めると、いつもより少し早めの起床。
何故なら、今日からは新たな職場で働く事になったから。
あの場所まではここから遠いし、車も自転車も持ってないから、歩かなくちゃいけない。
更に、昨日の捻挫もあるから……という事で、余裕をもって起きてみた。
お昼付きっていうのも魅力的だし、一緒に働く人達が優しいのも嬉しい。
だけど……不安が一つあるの。
「あぁ、店ね。大丈夫、いかがわしい所じゃないから」
と言って、光さんは教えてくれなかった。
琉斗さんは、
「明日、待ってるから」
としか言ってくれないし。
蓮斗さんは……教えてくれる筈もなく。
でも話が終わった後、しっかり家まで送ってくれたから、文句は言えないんだけどね。
うーん……。
イケメン揃いの店って、夜のホストクラブのイメージしか無いんだけど。
でも、蓮斗さんのあのどS口調じゃお客様は近寄りがたいと思うし。
一体……何のお店なんだろう?
そう思いつつも、新たな職場で働くというワクワク感はある。
朝食を手早く取り身仕度を終えると、玄関に鍵をかけて家を出た。
朝が早いせいか、空気が違う。
とても気持ちが良い。
朝の清んだ空気が、身も心もしゃんとさせてくれる。
もしかして、出勤初日良いこと起こりそうな予感なのかな?
……と思っていたが、考えが甘かった。
歩いて10分くらいしてきた頃、捻挫した足が痛み出した。
「まだあと30分は歩くのにな……」
そうボソッと呟いても、足の痛みが減るものでもなく歩く度に痛みは増していく。
痛みを誤魔化しつつ、店までの道のりを歩いていった。
そして、あと半分くらいの距離になったかな?と思い足の痛みを和らげる為、木陰で休む事にした。
近くの小川でハンカチを濡らし足を冷やしていた時、1台の黒い車が目の前を通り過ぎた。
あぁ、私も乗せて欲しい!
なんて、こんな美人でもない私には気が付かないだろうな。
だって日焼け防止対策の為に、大きな麦わら帽子をかぶり、薄手の長袖ブラウスに紺のフレアスカートに、紺のスニーカーに某メーカーのスポーツ系のリュック……これじゃ色気すら感じないもん。
それに、いくらのどかな田舎でも『私を乗せてください!』って言うのは抵抗あるしね。
そんな自分に、
「アハハッ……」
と、苦笑してしまった。
ジャリ……ジャリ……。
あれ?誰かが歩いてくる音がする。
でも恥ずかしいので下を向いていると、私の目の前でその音が止まった。
「おはよう。お前、こんな所で何をやってるんだ?しかも、一人で笑ってるし。昨日の雨で、頭も可笑しくなったか?」
「えっ……?」
顔を上げると、私を馬鹿にした様に見下ろしている人物がいた。
あっ、昨日の……どS男。
ではなく、私を助けてくれた蓮斗さんだった。
「蓮斗さんおはようございます。な、なんでも無いです!ちょっと休憩していただけですから、ご心配なく」
「……そうか。俺はてっきりお前の足が痛んで歩けないのかと思った」
う……その通りです。
だけど、また馬鹿にされそうだし。
「そ、そんな訳無いですよ!ほら、もうすっかり見ての通り大丈夫です!」
私は立ち上がると、平気なフリして跳び跳ねて見せた。
それなのに、蓮斗さんは相変わらず冷たい視線を私に向けている。
う……こ、恐い。
「はぁ……。お前が大丈夫だということが、よーく解ったよ。だけどな、今から働くのにそんな所で座っている場合じゃ無いだろ。だから、黙って俺の車に乗れ」
「えっ……?」
今、車に乗れって……言ってくれた?
「早くしろ!」
「は、はいっ!」
蓮斗さんに怒られたけど、助かったぁ~。
この足じゃ出勤初日から欠勤しそうな勢いだったもん。
私は足の痛みをこらえつつ、急いで蓮斗さんの車の左側に回り、後部座席のドアに手をかけた。
ガチャ……。
あれ?助手席のドアが開いた。
「後ろじゃなくて、前に乗れ。荷物がある」
「あっ、はい!」
私は元気よく返事をし、助手席に座った。
そして、蓮斗さんは私がシートベルトをしめるのを確認すると、車を走らせた。
昨日乗った時は気が付かなかったけど、車の中は無駄なものが無くて綺麗にされている。
男の人って、車に色々と何かしたりするとかと思っていたけど、人それぞれなのね。
そして、あっという間に蓮斗さんの家に着いた。
こんなに車ってありがたい乗り物なのね……。
と一人感心していた時、視線を感じチラリと確認してみると、蓮斗さんが私をじっと見ていた。
「何をしている、早く来い」
「あっ、すみません」
もしかして、私を待っていてくれたのかな?
あっ、そうか私が迷子になるとか思っていたのかな?
でも、目の前に家があるのに迷子にはならないと思うけど。
内心そう思っていても、口に出したら怒られそうだから、黙ってあとをついていく私。
そして、蓮斗さんはスタスタと玄関から家の中に入っていってしまった。
私も後に続いて玄関から入ると、満面の笑みで光さんが立っていた。
「おはよ~!君をずっと待ってたんだよ?」
「えっ、あ……光さん、おはようございます」
君……って、なんだかイケメンの光さんに言われると、ちょっと恥ずかしいかも。
それにしても光さんの服装、店のユニフォームなのかな?とっても似合ってる。
「お嬢さん、足大丈夫だった?兄さんも心配してたんだよ」
「えっ……?あ、はい。少し痛みますが大丈夫です」
「そうなの!?じゃ、湿布貼らなくちゃ」
光さんはそう言うと私をソファに座らせ、救急箱から湿布を取り出し、痛めた足に貼ってくれた。
あの時、蓮斗さんは心配していたなんて一言も言ってなかったけど。
だから迎えに来てくれたとか……?
まさか……ね。
「白くて綺麗な足~。うん、俺の見立て通り」
「はい?」
見立て通りって……?
「そう言えば、お前の名前って聞いてないよな?」
「あっ、そうですね」
蓮斗さんは、いつの間にかユニフォームに着替えていて私の目の前に現れると、顔を見ずに手当てされた足をじっと見ていた。
そういえば、今日からここで働くのに名乗ってなかったんだ。
「え~、桜ちゃんとかで良いんじゃない?可愛いし」
「なんで偽名なんだよ。うちはそんな店じゃないだろ」
桜かぁ……確かに可愛いかも。
「お嬢さん、お名前教えてくれるかな?」
琉斗さんは、蓮斗さんと光さんの話を笑顔で交わし、私に質問してくれた。
「私、伊藤由樹です。たまに高校生?と言われてしまいますが、21歳です」
「えっ、そうなの!?俺の1つ下かぁ~。うん、ちょうど良いよね?」
「何がちょうど良いって?」
蓮斗さんが、光さんをキッと睨んだ。
だけど、光さんはそれを気にせず私の近くに寄り、何かを手渡してきた。
「秘密で~す。あっ、そうそう!俺が着てる服ね店のユニフォームなんだけど、由樹ちゃんのは2週間くらいで出来上がるから、それまでこのエプロン着けてくれる?」
「はい、わかりました」
このエプロンは、黒いコットン生地にワイン色ラインが入っていて、おしゃれな感じ。
そして、店名なのか……
『Coffee shop in a quiet forest.』と白い字で書かれていた。
コーヒーショップ?
と言うことは……喫茶店?
聞きたいけどこれから行くし、自分の目で確かめよう。
「うん、似合うね~。俺のセンス素晴らしいなぁ」
「光、分かったから自画自賛するな。ほら、そろそろ時間だ店に行くぞ。由樹、お前も来い」
「はい」
いよいよ職場に行くのね。
ちょっとドキドキしてきた。
「由樹さん、そんなに緊張しないで。皆、優しいから大丈夫ですよ」
「あっ、はい。琉斗さん、ありがとうございます」
琉斗さんって、すごく優しい人なんだ。
見ていても癒されるし、安心できる人かも。
「ちょっと~!琉斗さん、由樹ちゃんに近寄りすぎですって!」
「そんな事無いです。ね、由樹さん?」
私より長身の琉斗さんは少し屈んで私を見ると、ウインクした。
「え……あっ、はい。光さんの勘違いですよね?」
うわぁ、心臓が破裂しそう……。
イケメンのウインクって、破壊力ありすぎる!
それに、こう話していてもドキドキが止まらない。
「ちょっと~!由樹ちゃん、俺が側にいるのに琉斗さんにドキドキするなんてひどいよぉ……」
光さんは、泣き真似しつつ琉斗さんを押し退け、私の手をぎゅっと握ってきた。
「えっ、光さん……?」
これって……どう対処すれば良いの?
その時、家の奥の方から鬼の形相で蓮斗さんが現れ、私達を見て更に怒りを増大させていた。
「由樹、光、遊んでないで早く来い!琉斗、メニュー書き頼むな」
「はい!」
「了解~!」
「わかりました」
蓮斗さんのお陰で光さんからは解放されたけど、すごく迫力があって恐かった……。
光さんは、怒られちゃったね?と笑っていたけど、平気なのかな?
あんな恐いのはもう嫌だから、私はあまり怒られないようにしなくちゃね……。
それから蓮斗さんに怒られつつ、店内を案内された。
お店は、先代のオーナーが作ったらしく、全て木で出来ていて暖かみがあって良い雰囲気。
そして、挽き立ての珈琲の香りがしている。
やっぱり、ここは喫茶店だ。
すごく素敵なお店……。
私の仕事は暫くの間、開店前に店内掃除と洗い場で食器洗いをやるみたい。
「お前の働きを見て、今後の役割を決めるからな」
「はい、わかりました」
その後、一緒に働くスタッフを紹介された。
「今日からこちらで働く事になりました、伊藤由樹です。宜しくお願いします!」
「俺は、調理担当の
「私は、バリスタの
陽毅さんに、剛士さん……二人とも険しい顔をしていて、真面目そうな感じ。
あとは、蓮斗さんと琉斗さん……光さん。
良かった、仲良くやれそう。
「では、今日のミーティングを始める」
「「はい」」
こうして、私の新たな仕事が始まりました。
店がオープンすると、女性のお客様が沢山入ってきた。
そしてあっという間に満席となり、厨房も洗い場も大忙し。
そして私は鬼の監視で、気が抜けない状態に。
気が焦るばかりで、仕事に集中出来ない。
「お前、手際よくやれ!そんなにのんびりやっていると、間に合わないぞ!」
「はいっ!」
「お前、もっと丁寧にやれ!これじゃ、食器が使えないだろ!」
「はいっ、すみません……やり直します!」
き……厳しい。
手加減しないって言っていたけど、これじゃ初日で心が折れそう……。
しかし、そんな私の前に、天の助けと思われる琉斗さんが現れた。
「兄さんこっちはやりますから、調理場頼みます」
「わかった」
蓮斗さんは調理場のヘルプに行ってくれて、その場に静けさが訪れた。
『琉斗さん……ありがとうございます』
私は、蓮斗さんが居なくなったのを確認し、小声で感謝の言葉を告げる。
琉斗さんは、私と洗い場に立ってくれて食器を洗い始めると、こう言ってきた。
「由樹ちゃん、初日からごめんね。兄さん仕事には厳しいから。でもね、期待してるからこそ厳しい事を言っているんだ。見込みがないと、相手にしないから」
だからさ、辛抱してね?と、蓮斗さんに聞こえないようにフォローを入れてきた。
「琉斗さん、謝らないでください。私が遅いから怒られるのも仕方無いです。期待してくれているって知って、嬉しいです。もっともっと頑張れます!」
蓮斗さんのあの口調からは、そんな事は全く感じられないけど、本当にそうなら嬉しいな……。
「うん、皆で頑張ろうね」
「はい!」
蓮斗さんの事、鬼だなんて言って申し訳なかったな。
これからはちゃんと呼んであげなくちゃね。
「お前……調子にのって、皿割るなよ」
「え……」
はぁ、危なかった。
急に背後に現れて声をかけるから、うっかりお皿を落としそうになった……。
しかも、また私を睨んでるし……。
前言撤回、蓮斗さんはやっぱり鬼です!
きっと、琉斗さんの気のせいです!
数時間後、やっと休憩時間になった。
11時半~16時までの営業で、休憩は交代制。
14時を過ぎるとお客様の人数が減る為、私は洗い場を琉斗さんに替わってもらい、家の方で休憩を取る。
「休憩入らせていただきますね」
「うん、厨房でお昼もらってね」
「はい」
それから厨房へ行く。
陽毅さんはまだ休憩じゃないんだよね。
ちょっと申し訳無く思いつつ、話しかけてみた。
「すみません、陽毅さん……今から休憩に入らせていただくのですが、お昼をこちらで受け取るように言われました」
「うん、これ……持っていって」
陽毅さんは私の休憩時間を把握していたみたいで、お昼をトレーに載せ渡してくれた。
「わぁ、美味しそう!ありがとうございます」
トレーには、トーストした細長いパンに野菜やハンバーグが挟んであって、前菜とソースが添えられていた。
あっ、ちなみにパンは陽毅さんのお手製です。
「ちゃんと味わって食べてきて。それと、後で感想教えて」
「はい、わかりました」
私は笑顔で厨房を出ると、家の方の扉に手をかけた。
その時、店内が見えて知り合いを見た気がした。
私は何故かその人が気になり、こっそり店内を見てみる。
やっぱり、気のせいじゃ無かった。
工場長と先輩だ……。
なんでここにいるの?
それに、この時間って……仕事中の筈よね。
私の頭の中は?だらけ。
「おい、そこで何をしている。早く休憩行って来い」
「え、あ……はい。すみません!」
はぁ、危ない。
蓮斗さんが声をかけなければ、私はそのまま店内に行きそうな勢いだったかも。
私はトレーをしっかり持つと店の奥の扉を開け、家のリビングへと入っていった。
それにしても、あの二人……気になる。
もしかして昨日言っていた人って、あの二人なの?
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