第2話 新たな就職先。
「あ、あのっ!支えてくれれば歩けます……から」
泥だらけだし、それに……恥ずかしいし。
だけど、私のそんな言葉に耳を貸さず……ただ一言だけ言い放った。
「おいっ、濡れるだろ……。傘をさせ」
「は、はいっ!」
こ、恐い……。
だけど、ここで投げ出されたら困るから……言う通りに行動し、渡された傘を男性の頭上に開いた。
こんな事されても、目の前にはこんな田舎では珍しいレベルの容姿端麗な男性。
しかも……緊急事態であっても、このお姫様抱っこは……かなり心臓に悪い。
早く……降ろして欲しい様な、このまま幸せな気分を味わっていたいような、そんな不思議な気分だった。
「……俺をジロジロ見るな。気が散る」
「……すみません」
チラッとしか見てないのに、見てたのがバレたみたい。
この人が口を開かなければ、良い雰囲気なのになぁ……残念だわ。
そんな事を思っていると、目の前に素敵なロッジ風の建物が見えてきた。
「あそこが俺の家だ。あと少し我慢しろよ」
「はい」
男性は、チラリと私の顔を見た後……家の裏へと歩いていった。
「おっ、
「……煩い。見てたなら、ドアを開けろ」
声がしたと思ったら、家の窓から……私達を物珍しそうに眺めている赤毛の男性がいた。
しかも、この人も……イケメン。
「はいはい……。そんな恐い顔してるから、女の子に逃げられちゃうんだよ」
「……黙れ」
その人は怒られながらも、楽しそうに家のドアを開けてくれた。
家の中へ入ると、私を抱えて……ずんずんと進んでいく。
「あの……そろそろ降ろしてもらえますか?」
どこまで連れていかれるのか不安になり、私は思いきって声をかけてみた。
だけど……
「駄目だ」
の一言で、私の訴えは聞き入れてもらう事が出来ず……ある部屋の前で降ろされた。
「ここで待っていろ」
と、また一言だけ告げると……別の部屋に入っていってしまった。
その間……さっき見た男性が、興味津々で私に近寄ってきた。
「ね、蓮斗さんとはどういう関係?」
「えっ……どういう関係とは?」
何が聞きたいんだろう?
特に、何の関係も無いけど……。
蓮斗って名前も、今……初めて知ったばかりだし。
「ん?あぁ……そっか。その反応を見ると、まだ何も無いのか。それなら、俺にもチャンスはあるかな」
「……はい?」
まだって……何が?
言っている意味が良く分からないけど、その男性は私を楽しそうに眺めていた。
「
「おぉっ、恐っ。俺、何もしてないけど?ただ、この娘……可愛いなって思ってさ」
見ていただけだし~?と、笑いながら先程いたリビングに戻っていってしまった。
「これ……使って。家にあった女物……新品で綺麗なやつだから、安心しろよ。それと、お前が風呂から出たら、服を洗って乾燥機にかけるから……そこに放り込んでおけよ」
「はい、ありがとうございます」
蓮斗さんの説明を聞いて、この扉の向こうが浴室だった事を知り、少し安心した。
この人、言葉が荒っぽいけど……親切な人なのかも。
泥だらけの私に、ここまでしてくれるなんていないものね。
私は、蓮斗さんにお礼を言うと……Tシャツとショートパンツを受け取り、脱衣所に入っていった。
脱衣所のドアの鍵をかけると、服を脱ぎ……蓮斗さんに教えてもらった洗濯乾燥機に服を入れる。
これって、家庭用なのかな?少し大きめな気がする……。
そして、更に奥にある浴室のドアを開けた。
「わぁ、素敵な木のお風呂」
この家は、全体が木で出来ているからか……お湯で木の香りが充満し、リラックスできた。
体を洗い湯船につかると、大きな窓から森の木々が見え、お風呂の中からでも森林浴をしている気分にもなる。
さっきまでの疲れた体や足の痛みが、癒されていく様だった。
お風呂から上がり、蓮斗さんから渡された服に袖を通した。
これ……胸が少しきついし、丈短いんですけど。
まぁ、胸は我慢するとして……。
おへそは見えるし、足はかなりの露出具合。
初対面の男性にお見せするには、見苦しいと思われます……。
このTシャツも、ショートパンツも……どっちも可愛らしい小柄な女の子だったら似合うと思う。
だけど、私は……背は高い方で、170センチはある。
高校の時がピークで……所属していたバレー部では、その身長が役に立っていた。
あっ、それ以来……伸びてはいないんだけど。
だから、これを着てしまうと……かなり痛々しい格好になるんですが?
だけど、私の服はびしょ濡れな上に泥だらけ。
しかも……洗濯中。
背に腹は代えられないので、とりあえず借りた服を着て、先程使ったバスタオルを巻き体を隠すことにした。
脱衣所を出ると、用意されたスリッパを履き……蓮斗さんを探した。
すると、リビングのソファで寛ぐ光さんが見えた。
「あの……蓮斗さんは、何処にいますか?」
「蓮斗さ~ん、あの子出てきましたよ!」
光さんは、蓮斗さんを大声で呼ぶと……何処からともなく姿を現した。
そして私をチラリと見た後、ソファで寝転ぶ光さんを見て、開口一番……
「光、お前……いつまでそこで寝てるんだ。
と、きつい一言を放った。
「は~い」
光さんは仕方無く起き上がると、去り際に私にウインクしてきた。
そして、
「ごゆっくり~」
と、意味ありげな言葉を残して、何処かに行ってしまった。
「そんな所に立っていると、通行の邪魔になる。そこに座れ」
「……はい」
急に話し掛けるからびっくりしたけど、私に言ったのよね?
蓮斗さんが指差したソファに座ると、ふぅ……っと溜め息が出てしまった。
初対面の人にこんなにしてもらって、どうやってお礼を返せば良いか分からない。
それにしても、ここって落ち着くな……。
木に囲まれているからなのかな?
蓮斗さんは、口調はきついけど優しくて……あの後、珈琲を私に淹れてくれた。
光さんは、蓮斗さんに見付からないように抜け出してきて、話し相手になってくれた。
そうして時間は経ち、いよいよ帰る時間になってしまった。
「ほら、お前の服……乾いたぞ」
「あっ、ありがとうございます!」
蓮斗さんは乾燥機から私の服を取り出し、藤の籠に入れて渡してくれた。
「あ~ぁ。もう乾いちゃったのか、もう少し話していたかったのに」
光さんは残念だぁ~と叫びながら、ソファに項垂れてしまった。
「光、お前はただサボりたいだけだろ」
「……違いますよ。だって、今度いつ会えるか分からないんですよ?だから、親睦を深めていたのに……」
「……お前な、家でナンパするな」
「ふふっ、光さんありがとうございます。ちょっと、脱衣所で着替えてきますね」
そんな二人のやり取りを見ていたいけど、私は服を着替える為に、ソファを離れた。
そしてサッと着替え終わると、借りた服を脇に抱え、再びリビングへ戻る。
帰る前に、二人にお礼を言わなくちゃ……ね。
そう思ったら、何故だか少し悲しくなってきた。
「蓮斗さん、助けて下さってありがとうございました。あっ、光さんも……ありがとうございました。楽しかったです」
「……も、って……俺の事ついでみたいに言わないでよ~。また遊びに来てね?」
光さんは悲しそうな子犬みたいな瞳で、私に訴えていた。
「はい、また今日のお礼に伺います。本当にありがとうございました」
私は再びお礼を言うと、玄関から出ていった。
「おい、お前……ちょっと待て」
だけど、すぐ……窓から顔を出した蓮斗さんに呼び止められてしまう。
私、何か忘れたのかな……?
さっきの服は、洗濯して返すから問題は無い筈だし。
疑問に思っていたら、蓮斗さんが外まで追い掛けてきて、私の腕を掴み何処かに連れて行こうとした。
「あ、あの……どうしたんですか?」
「家まで送る。雨は上がったが、夜道を一人で帰す訳にはいかないからな」
えっ……?
「い、いえ……。これ以上ご迷惑はかけられませんから」
「駄目だ。お前……まさか、森で迷子になって明日の町の新聞の一面に載りたいのか?」
えっ……一面?
「……それって」
「町工場から解雇された女性、昨日……森で行方不明。捜索隊が出る」
そんなの恥ずかしすぎて……嫌です!
……って、あれ?今……解雇って。
「蓮斗さん!なんで私が工場から解雇されたって知っているんですか!?」
「あ~!それって、君だったの?」
光さんが窓から顔を出し、私を見て驚いていた。
「光さんまで知ってるって……!?一体、どういう事ですか!?」
いくら小さい町だって、情報が早すぎますよ!
「あぁ……うちのね、常連さんが話してたから聞こえたんだよね。まさかその人に会えるなんて」
そんな……。
でも、その人って一体誰なの?
私はその人が知りたくて、光さんを見た。
だけど……光さんが答える前に、蓮斗さんが厳しい言葉を放った。
「誰かは言えない、お客様との信用に関わる。光、聞かれても絶対言うなよ」
「は~い」
光さんは、
「という訳で言えないんだ。ごめんね……」
と私に両手を合わせて謝っていた。
はぁ……。
名前を知ったとしてもこの事実は変わらないもんね。
訴えたりしたら、奥様が酷い目に遭うだろうし。
でも、こんな話……社外の人から聞くなんて、複雑だった。
「あっ……ね、お嬢さんの就職先決まってるの?」
ちょっと気まずい空気が流れる中、光さんは何を思ったのか突然変な質問をしてきた。
「いえ、それが……探す時間が無くて」
光さんは、私の返答を聞いてニヤリと笑った。
「琉斗さ~ん、新しい子欲しいって言ってましたよね?」
……琉斗さん?
家の中に、誰かいるのかな?
光さんに聞こうとしたら、中に入っていってしまった。
でも声が大きいから、全部聞こえているんだけど。
「うん。光、誰か希望者がいるの?」
「はい。とっても美人でスタイルも良いし、男性客を増やすチャンスですよ?」
ん?
美人でスタイルがいい人?
私じゃないな……うん。
「そうだね、うちは女性客が殆どだし……良いかもね」
「やった!ね、お嬢さん明日から店で働かない?」
再び、窓から顔を出した光さんは、満面の笑みで私に訊ねてきた。
「えっ?」
……私が?
店って……!?
「はぁ?……お前、コイツが店で使い物になると思うか?雨で足を挫いて、泥だらけになる奴だぞ。そんなの、却下だろ」
う……いきなりの厳しいお言葉。
そして、鋭い目付きで私を睨み付ける長身のイケメンの蓮斗さん。
私より背が高いから、威圧感が半端じゃない。
でも、初対面なのに失礼じゃない!?
助けてくれたから、この人見かけによらず優しいと思っていたけど、やっぱり好きになれないっ!
「でも、そんなの働いてみないとわからないですよ。ね、お嬢さん?」
「そうです、勝手に決め付けないで下さい」
本当に失礼な奴!悪魔のように冷酷だし。
それに比べて、光さんは優しくて、天使の様。
まさしく、救いの神ね。
「光、さっきから誰と話してるの?……あっ、お嬢さん?こんばんは」
「こ、こんばんは」
この男性もイケメンだぁ……すごく優しそう。
「琉斗さん、この子なんだけど……良いでしょ?」
「うん、僕は大歓迎だよ。お嬢さんさえ良ければ」
わぁ……ここにも、救いの神が!
神様、感謝いたしますっ。
「ありがとうございます!是非、よろしくお願いします!」
良かった!これで、路頭に迷わずに済んだ……。
「……という訳だから。兄さん、よろしくね?」
琉斗さんは、蓮斗さんに決定だよ?と、念を押していた。
……兄さん?
後ろの方が、お兄様ですか?
天使と悪魔のように、正反対の兄弟なのね……。
「わかった。だがな、俺はコイツらみたいに甘くない。特にお前には、容赦しないからな」
「はい、ありがとうございます!明日からよろしくお願いします!」
「わ~い!明日から楽しみだ~」
琉斗さんと光さんは、私を歓迎してくれるかのように、微笑んでくれた。
だけど……この悪魔な蓮斗さんは、私の事を見てニヤリと笑ったのでした。
はぁ……嫌な予感しかしない。
だけど、ここでお世話になるんだから、少しくらい我慢しなくちゃダメよね。
こうして、私は解雇されたその日に、新たな就職先が決まったのでした。
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