静かな森の喫茶店。~イケメン達に会いに来ませんか?

碧木 蓮

静かな森の喫茶店。1

第1話  嫌な男、登場。

「……お前、使い物になるのか?却下だろ」


う……いきなりの厳しいお言葉。

そして、鋭い目付きで私を睨み付ける……長身のイケメン。

初対面なのに、失礼じゃない!?

この人……好きになれないっ!



***



「おはようございます!」

「……由樹ゆきちゃん、ごめん。来月末で……辞めてもらうことに決まったんだ」

「えっ……」


浅賀常雄あさかつねお工場長が申し訳なさそうに、私に深々と頭を下げた。

早朝に出勤して、最初の言葉が……解雇通告ですか。

眠気は何処かに吹き飛び、気絶しそうです……。



私は、町工場『T製作所』の事務員として、真面目に働いてきた。

特に問題は起こさなかったし、皆とも仲良くしていた。

だから……私がこんな宣告を受けるなんて、信じられなかった。


この町は、とても便利とは言えないけど……自然が多く、静かで人情味もあって暮らしやすい所。

そこが気に入って……この町に越してきて早2年。

ここの生活にもすっかり慣れてきた頃だった。


「本当は、すぐにでも……と言いたいんだ。ここのところ、うちの工場の経営が悪化する一方で……この人数を雇う状態じゃない所まで来てる。だけど、次の職も探さなくちゃならないだろ?だからさ、来月末までにしたんだ」


あはは……。

確かに、工場にくる受注数が激減して……売上が落ちてるって聞いていたけど、まさか……私の元にもその影響が及ぶなんて思ってもいなかった。


「わかりました」


私はそう返答すると、工場長が再び深々と頭を下げ……涙を流していた。


「今まで、本当に……ありがとう」

「こちらこそ、今までお世話になりました。最後の日まで、宜しくお願いします」


私は事務員として、精一杯勤めてきた。

だから、内情も理解していて……居座るなんて事は出来ないって知っている。

だけど、最後まで……ここの皆と一緒に働いていたかったな。

浅賀工場長が工場に入って行く姿を見届けると、私は隣接する事務所へと向かった。

ふぅ……。

ここの扉を開けるのも、来月末までか。

ここに残る人の為にも、引き継ぎはしっかりしてあげないとね、と……気合いを入れ、ドアノブを引いた。


「おはようございます」

「あっ、おはよう」

「由樹ちゃん……」


事務所には、先輩の浜谷佐枝子はまやさえこさんと社長の木村梓きむらあずささんがいた。

でも、私の顔を見た瞬間……気まずい雰囲気になってしまって、態度もよそよそしい二人。

きっと……私が受けた解雇通告を、話題にしたくないのだろう。


「あの……来月末まで、宜しくお願いします」


もう解雇の話は聞いたので、安心して下さい……と、二人に笑いかけた。


「……本当に、ごめんなさい。私が……もう少ししっかりしていれば」


木村社長は、申し訳なさそうに謝っていた。


「社長、そんな事言わないで下さい。先代の社長が半年前に突然お亡くなりになってから、慣れない仕事も頑張ってましたよ!私こそ……あと少しの間しかお役に立てなくて、申し訳ありません」


この町に来てから、娘のように可愛がってくれた先代の社長や現社長の奥様。

慣れない土地で、不安だった私……。

そんな私に、優しく接してくれた……本当の両親みたいだった。


「由樹ちゃん、湿っぽい話はもう止そう?それより、引き継ぎお願い」

「はい、わかりました」


私の仕事を全て引き継ぐのは、佐枝子さんなのね。

もう1人……新人さんの栗橋瞳くりはしひとみちゃんがいるから、彼女に教えるのかと思っていた。

仕事の流れを教えつつ、空いている時間には教えきれない事細かな事をノートに残しておかなくちゃ。

それからは毎日、佐枝子さんが帰った後……仕事の整理やファイル纏めに時間を費やされていった。

そして、あっという間に……退職日を迎えてしまうのでした。



「由樹さん……、お世話になりました」

「瞳ちゃん、こちらこそありがとうね」


瞳ちゃんは、涙をいっぱい溜めて……私との別れを惜しんでくれた。

この事務所のムードメーカーで、いつも明るくて優しい子。

まるで、妹みたいだった……。

それから、工場内の皆に挨拶して……。

最後に社長とも挨拶できた。


「……由樹ちゃん、家の方にいつでもいらっしゃい。またお話しましょうね」

「はい。ありがとうございます、嬉しいです」


大きな家に、愛犬と二人暮らしだから……話し相手に来てね。と、最後まで優しい口調で。

前社長が御存命だった時より、痩せた様に見える。

この窮地を乗りきらないと、工場が危ないから……まだ気が休まらないだろうな。

解雇する人選を、どう決めたかは分からない。

きっと、私以外の人だったら……恨まれていただろう。

だって、社長……梓さんは、ただ社長という傀儡としての扱いをされているから。

いくら経験が無くても、その扱いは酷いと感じていた。

だけど、この状態を乗りきるには……他に手段が無かったのかもしれない。


「では、失礼致します。今まで、本当にお世話になりました」


私は、感謝の気持ちを込め笑顔で挨拶し、社長室を去ろうとドアノブに手をかけた。


「由樹ちゃん……ごめんなさい」


梓さんは、去り際に……悲痛な面持ちで私に謝罪の言葉を口にした。


「奥様、気にしないで下さい。私なら、平気です!それより、お体を大切にして下さい」


そして、気持ちが落ち着いたらまたお伺いさせていただきますね……と、返答させていただいた。

別れって……こんなに辛いものなのだと痛感した時間だった。

涙でメイクがボロボロになってしまったけど、皆に感謝の気持ちを伝え、お世話になった職場を後にしたのでした。


そして、その日の夕方……。

いつもより早い帰宅時間になってしまい、手持ち無沙汰な私。

気候も良いし、ちょっと散歩でもしようかなと……スーツを脱ぎ、軽装で家を出た。


「この辺……かなり木々が多いんだぁ」


通勤で使っていた道は駅まで延びていて、舗装されている道。

だけど、今は新たな発見をしたくて……逆方向を歩いていた。

土で固められた道を歩き、周囲の田んぼや遠くの景色を眺めつつ、のんびりと歩き続けている。


「なんか良いなぁ……癒される」


仕事をしていた時は、職場と家との往復で……休日は近くの商店に買い出し。

私は……こういう時間を取りたくて、ここに暮らしてきたのに、ずっと……そんな気持ちを忘れていたのね。

仕事を辞めたら、喪失感に襲われるかと思っていたけど、案外平気みたい。

こうして歩き続け、そろそろ家に帰ろうと思ったその時……。


ポツリ……。

ポツ、ポツリ……。


ザー……。


「えぇっ、雨!」


雲行きが怪しくなってきたと思ったら、突然の豪雨に見舞われた。


どこか、雨宿りできる場所は!?

周りは田んぼだらけだし、家までは遠いし……。

今見える唯一の雨宿り場所は……。


「あ、あそこ!」


近くの森に、大きな木があるのを見つけた。

私はその木に向かって、一目散に駆け出した。


「つ、疲れたぁ~」


この大きな木のお陰で、全身ずぶ濡れにならなくて済んだけど……。

久しぶりの全力ダッシュは、運動不足の私にはキツかった。


「この雨、いつ……止むのかな」


そう呟き、木の根元に座り込んだ……。


なかなか止まない雨……。

服が濡れてしまったせいで、だんだん体が冷えてくるのを感じた。

いくら夏で気温が高めだからって、このままじゃ……私は凍え死んじゃう!

そうは言っても、この辺りに民家は見当たらないし……。

家に……帰るしか無い。

そう決心し、寒さで凍えてきた体を擦りながら、その場から立ち上がった。


「あ……っ!」


バシャッ!


立ち上がった瞬間……泥濘んでる地面に、倒れ込んでしまった。


足の力が全く入っていなかった……。

長くその場に座り続け……しかも凍えていたせいか、足の感覚が麻痺していた事に気が付かなかった。

気力を振り絞り、手の力で体を起こすと……痺れる足を擦った。

そして……体全体で地面を這うように移動し、再び木の根元に寄り掛かる事が出来た。


さっき倒れた衝撃で、頭は冴えてきたけど……体は冷えたまま。

しかも、痺れる足で立ち上がったからか……足を捻挫してしまっていた。


「……早く帰りたい」


膝を抱え……項垂れる私。

そんな時……雨音に混じって、何かが聞こえてきた。



ピシャッ、パシャ……。


「…………ん?」


……ん?

今のって、誰かの声?

恐る恐る顔を上げてみると、私を覗き込む……容姿端麗な男性の顔があった。


「……あっ!」


これって、天の助け!?

良かったぁ……これで助かる。

だけど、その思いに反して……目の前から信じられない言葉が発せられた。


「お前……泥遊びでもしてたのか?」


はっ?

これが、泥遊びに見えますか!?

それに……こう見えて、昨年成人した大人ですけど?

はぁ、でも……ここは反論しちゃダメよね。

助けてもらいたいんだから、大人しくしないと。


「すみません、足を挫いてしまって動けないんです……。申し訳ありませんが、助けていただけませんか?」


そこの貴方!

この際……貴方に何を言われても構わない。

お願いっ、断らないで!


「フッ……。見かけ通りアホな奴なんだな。仕方無い、俺の家がその先にあるから……手当てしてやる」


う……痛い。

図星だけに……心が痛すぎる。


「ありがとうございます」


男性は、私に傘を差し出すと……驚く私に構わず、自分の荷物ごと私を軽々と抱え、スタスタと雨の中を歩き出した。

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