調査依頼

 今日、というか今回受けた依頼はある村の跡地の調査だ。


 村の跡地、五年程前まではそれなりの規模の村があったそうだが、五年前の上級悪魔グレーターデーモンとの戦いに於いて主戦場とされた為に、人が生活するに耐えない不毛の地になったらしい。


 らしい、だ。


 五年前の俺は冒険者として自立する為に必死だったので、自分の拠点から遠く離れた地域で何があったかなんて考えもしなかった。


 とにかく、その村の跡地が五年経った今どの程度まで回復しているか調査するというのが今回の仕事だ。




 「彼女」の背中から降り、鞍に括り付けた荷を下ろし野営の準備をする。簡易的な柱と屋根だけの小さな天幕を張り、火を起こす。


 冒険者ギルドからはそれほど危険はないと言われているが、そもそも本当に危険のない依頼なら俺のような微妙に金の掛かる中堅冒険者でなく、金のかからない新米冒険者に斡旋されるだろう。


 まずは一日、少し離れた場所から村の跡地の様子を伺うことにした。




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 様子を伺うと言っても跡地の一帯は背の高い草に覆われている為、周辺の魔物の数や、聞こえてくる物音など、間接的な調査しか出来なかった。


 調査の結果わかった事は、恐らくこの村の跡地にはかなり力の強い魔物が潜んでいるという事だ。


 魔物というのはどこにでもいるものだ。

 森にも海にも、空や街の中でさえ。


 この世界は魔物で溢れている。


 すこし離れた所に街道が通っているが、その辺りには草原狼グラスファー苔猪モスバックなどの魔物が生息していた筈だ。しかしこの辺りには魔物の気配が一切ない。獣は疎か、虫や鳥すらただの一匹もいないのだ。



 辺り一帯から魔物が姿を消したとなれば、此処の主はかなり強力な魔物だが、その分種類も特定しやすい。


 縄張りと思われる辺りの草原は人の背丈よりやや高い草に覆われている。相手の姿が見えないという事は恐らく竜種ではない。陸上に生息する力の強い竜はとにかく身体がでかいので、これでは隠れきれない。同様の理由で巨人種でもない。


 恐らく相手は二種類のうちどちらか。


 精霊種か、「彼女」と同じ幻想種。

 どちらにせよ場合によってはギルドに報告だけして丸投げにする選択肢を選ぶ事になる。とりあえず今日は夜まで待って相手が夜行性か昼行性か判断する。戦うにしろ諦めるにしろ調査だけはしっかりとしなければ。



 ****



 人が魔物を区別する際「種」という言葉を使う。大雑把なグループ分けで、生物学的な物ではなく外見の特徴や、その力の強弱による分け方らしい。


 例えば「彼女」——ルイザは翼獅子ゼストールと呼ばれる幻想種の魔物だ。幻想種の魔物の特徴は単純で、神話的で幻想的な外見をした、あるいは複数の動物を合体させたような外見をした魔物のことを指す。


 しかし、重要なのは外見ではなくその知性だ。幻想種の魔物はその全てが人間と同等か、あるいはそれ以上の知性を有し、そのほとんどが人間の言葉の意味すら理解していると言う。


 人と同等の知性と人を凌駕する膂力。完全な上位の存在。


 そんな幻想種はありがたいことにほとんどがとても温厚な性格で無闇に人を襲うことはない。


 ほとんどは。



 この村の跡地に潜んでいるのはその幻想種の中では珍しい積極的に人を襲う種、蠍尾獅マンティコアだ。蠍の尾と獅子の体躯、蝙蝠の翼を持ち、その頭部は人間に酷似している。


 その体液は全てが人体に有害な物質で、尾の先にある棘や針には筋肉の動きを即座に阻害する猛毒、唾液は強い炎症を引き起こし五感を麻痺させ、血液は金属すら溶かす激毒。そして、一番の脅威はなによりもその性格。


 凶悪で残酷、暴力的で嗜虐的。あらゆる悪徳が形を得た存在。肉食でどんな生物でも捕食するが、特に人間などの強く感情を表せる生物を嬲り殺しにする。


 動けない人間を生きたまま喰らい、痛みによるショックで気絶すると水に浸けたり、軽く叩くなどして起こしてまた食べ始める。肉ではなく恐怖心を喰うとも言われる生物。


 無理に戦う必要は無い。あくまで調査が目的で、何がいるか判ればいいとも言われている。


 だが、戦うなとは言われていない。



 冒険者とは危険を冒したがるものだ。

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