第82話 チャンスはやってこない

 クリスマスプレゼントを選ぶため、俺と陽佑は二人で買い物に来ていた。

 俺たちと同じようにプレゼントを買いに来たと思われる人たちで街は賑わっている。


「沖田のプレゼント、なにがいいかなぁ」


 陽佑は難しい顔をして歩いていた。


「付き合い長いんだし、どんなものが喜ばれるか見当ついてるんだろ?」

「子どもの頃と今では好きなものも欲しいものもずいぶん変わってるだろ」

「それもそうか」

「それに六年生のとき、ぬいぐるみをあげたことがあるんだ。そしたらこんなものいらないって言われてさ。はっきりした奴だから気に入らないときは歯に衣着せずダメ出ししてくるからな」

「それは子どもの頃だろ。今は付き合ってるんだからどんなものでも喜んでくれるんじゃない?」

「そうかなぁ?」


 そう言いながらも、沖田さんならダメ出ししかねないとは思った。


「相楽は? なにか考えてきたのか?」

「先月香月さんの誕生日で、そのときはネックレスを買った。今回はリングにしようかなと思ってる」

「やっぱそれ系が無難だよな」


 アクセサリーなら沖田さんも喜ぶだろうと、二人でデパートのジュエリーコーナーへと向かう。

 前回はサイズが分からなくて指輪を買わなかったが、今回はちゃんと聞いている。

 ひとまず先日ネックレスを購入した店へと向かった。


「あら先日のお客様」

「覚えててくれたんですか?」

「もちろんです。今日はお友だちと一緒なんですね」

「ええ、まあ」


 前回も彼女と来たわけではないのだが、陽佑の前で誤解を解くとややこしいのでスルーしておく。


「今日はクリスマスプレゼントをお探しですか?」

「はい。指輪にしようかなって」

「俺も彼女に指輪を買おうと思ってます。でもどんなのがいいのか分からなくて」


 陽佑はショーケースを眺めながら首を捻る。


「優しい彼氏さんですね。羨ましい」


 店員さんはにこやかに微笑みながらショーケースからリングをいくつか取り出した。

 職業柄俺たちが高校生だということは分かっているのだろう。

 並べられたのは全てシルバーで俺たちの予算でも手が届くものばかりだった。


「お客様の彼女さんはどんなデザインのものがお好きですか?」

「うちの彼女はアクセサリーとかあんまりつけないんで分からないんです」

「じゃあシンプルなものの方が喜ばれるかもしれませんね」


 店員のお姉さんは真剣に陽佑の話を聞いて沖田さんのタイプを確認していく。

 繁忙期なのに俺たちみたいな高校生の客にも丁寧に接客してくれるのは好感が持てた。


 お姉さんのアドバイスをもとに俺たちはリングを選んだ。

 シンプルだけどきっと香月さんに似合うだろう。


 思いのほか買い物が早く済んだので、俺たちは吾郷の店で休憩することにした。


「いらっしゃいませ、って相楽! 陽佑も。久し振りだな」

「久し振り。なかなか繁盛してるな」

「お陰さまで」


 テーブルに座ると岩見がメニューとお水を運んで来た。

 相変わらずここで手伝いをしているようだ。


「いらっしゃいませ」


 以前に比べて刺々しさがない。

 恋をすると性格まで変わるようだ。


「元気そうだね」

「まあぼちぼち」


 岩見はチラッと俺たちの荷物を横目で見た。


「クリスマスのプレゼント買いに行ってたの?」

「そう。岩見はクリスマスどうするの?」

「どうするって、ここでバイトに決まってるでしょ」

「クリスマスくらい遊べばいいのに」

「そんなわけないでしょ。クリスマスは『かきいれ時』なんだから」


 ツンと澄ましているが本当は吾郷といたいだけなんだろう。


 チラッと振り返ると吾郷は忙しそうにオーダーの入ったワッフルを作っていた。


「クリスマスイブくらい吾郷と遊びたくないのか?」

「そ、そそそれはっ……」


 岩見は顔を瞬時に赤くしてわたわたする。


「わ、わたしは今のままでいいの。変なことして気まずくなるの、嫌だもん」

「その気持ちわかるな」


 陽佑はしたり顔で頷く。


「俺も沖田と付き合う前、余計なことして関係を壊すのが怖かったから」

「そうだよね。こういうのはタイミングが来たら、そのとき思い切って飛び込むっていうか」

「残念ながらその『タイミング』っていうのは来ないよ」


 同調する岩見を陽佑が思い切り突き放す。


「え?」

「タイミングは来ない。待てば待つほど来なくなる。それは間違いない」

「私のことなんて見向きもしないってこと?」

「そういう意味じゃない。相手が誰であろうとそういう都合のいいチャンスなんて、そうそう訪れるものじゃないんだ」

「じゃあどうすれば……」

「もちろん自分で動くんだ。チャンスは待っていても来ない。自分で作るものなんだ」


 確かに陽佑の言うとおりなのかもしれない。

 下手に親しければ親しいほど、お互いその距離感に満足して進展はなかったりする。


「でも今は──」

「逆に考えてみろよ」


 反論しかけた岩見を陽佑が遮る。


「今がその『いいタイミング』なのかもしれない。少なくとも客と店員の頃よりずっと仲がいいだろ?」

「そうだけど……」

「結局そんなのは結果論なんだって。告白して成功すれば『いいタイミング』で、失敗したら『悪いタイミング』。それだけだ」


 岩見はなにか言いかけて、その言葉を飲み込むように頷いた。


「そう、かもね。でも今はこのお店を繁盛させることが一番大切だから」


 それも偽りのない気持ちなんだろう。

 でもその目はちょっと不安げだ。

 余計なお世話とは思いつつも、なにか岩見の助けになってやれないものだろうかと思ってしまった。



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