第81話 深層筋マッサージ

 翌日。

 やって来た香月さんはロボットのようなぎこちない動きで俺の部屋にやって来た。


「だ、大丈夫?」

「はい。普段使わない筋肉使った上に寒かったんで無駄に体を強張らせてしまっていたみたいで。痛たたた……」


 怪我はしてないので病院に行くようなものでもないんだろうけど、さすがにちょっと心配になる。


「朝起きたら全身痛くてビックリしました」

「じゃあさっそくマッサージする?」

「お願いします」


 そう言うなり香月さんはセーターをがぼっと脱ぎ出す。


「ちょっ!? ここで着替えるの!?」

「大丈夫です。下にスポーツブラトップとスパッツ履いてきたので。本来なら脱衣場で脱ぎたいのですが、身体が痛いのでお許しください」

「ま、まぁいいけど」


 プツプツとボタンを外してシャツを脱ぐ。

 下に着ていると分かっていてもちょっとドキドキしてしまう光景だ。

 シャツの次はスカートをすとんっと落とした。


「へ?」

「ふぁっ!?」


 パステルカラーにレースのヒラヒラが可愛い薄地の布が網膜に飛び込んでくる。


「きゃあっ!?」


 香月さんは真っ赤な顔でしゃがむ。


「す、すいませんスパッツ穿いたつもりで忘れてました!」

「み、見てないから大丈夫……」

「ほんとですか?」

「ほんとほんと」


 目をぎゅっと瞑って顔を逸らして嘘をつく。

 香月さんはその隙に脱衣場に駆けていき、スパッツを穿いて戻ってきた。


 ……ていうかあんなにぎこちなく動いてたくせにやけに素早い動きだったな。


「さて、それではマッサージを始めよう」


 咳払いをして、いつもより事務的に告げる。

 これで少しは気まずさを解消出来ただろうか?


「お願いします」


 香月さんはマットにうつ伏せに横たわる。


「あ、そうだ、香月さん。実は昨日深層筋マッサージってのを練習したんだ」

「どんなものですか?」

「表層にある筋肉じゃなくてその奥にあるインナーマッスルをケアするマッサージらしいんだ。してみてもいいかな?」

「もちろんです。相楽くんのしたいようにしてください……」

「やり方としては指じゃなくて」

「あ、説明はいいです。不意打ちの方が好きみたいなんです、私」

「不意打ち?」


 よくわからないが、早く凝りをなんとかしたいということだろう。


 肩に両手を置き、肘をまっすぐに伸ばしてゆっくりと体重をかけていく。


「んふ……」

「痛い?」

「痛くはありません」

「痛くなったら言ってね」

「はい」


 圧迫されるからか、少し苦しそうだ。

 しかしいつもみたいに声を上ずらせたり、モゾモゾすることはない。


 しばらく圧してからゆっくりと体重を抜き、手の位置を変える。

 そんなことをしばらく繰り返した。


「あの……」


 香月さんが申し訳なさそうな声で呟く。


「どうしたの?」

「深層筋マッサージは、その、あまり効かないと申しますか……いつものやつの方がいいかな、なんて……すいません」

「普通のマッサージに比べると即効性はないのかもね。でも効果はあるはずだからもう少しだけ」

「分かりました」


 黙々と施行し続け、十五分を過ぎた頃だった。


「んっ……はぁはぁ……うっ……」


 香月さんの息遣いに変化が見られてきた。


「苦しい?」

「いえ……なんといいますか、身体の芯の方が熱くなってきまして……」

「そうなんだ? 効いてきた証拠かな?」

「いつもの点で刺激される感じと違って、面でじんわりとするといいますか……ふわっ……」


 どうやら効果が現れはじめたようだ。

 って、じんわりして身体の芯が熱くなるものなのかはよく分からないけど……


 肩からゆっくり降りてきて、次に腰に手を当ててググーッと体重を乗せていく。


「ああっ……相楽くっ……ひうっ……」

「腰はさすがに痛い?」

「違うの……奥の方が、気持ちよくてっ……」

「かなり腰を引いてスケートをしていたからね。疲労も一番蓄積されているのかも」

「ヒクヒクってする気持ちよさが一ヶ所じゃなくてあちこちから溢れてくる感じなのっ……もどかしさがすごいっ……ああっ……こんなの、知らないっ……」


 思ったよりも深層筋マッサージというのは効くみたいだ。


「お願いしますっ……も、もっと奥までっ……」

「もっと? こう?」

「ぴゃああっ! そ、そうですっ! き、来ちゃうっ……すごいの、来ちゃうっ……」

「あ、こら。香月さん、力抜いて」

「だ、だって……」

「大きく息吸って、吐いて」


 香月さんはふーふーと喧嘩してる猫みたいな息遣いだ。


「あ、ダメ……動かさないで……もうちょっとだけ、そこを……」

「そんなに心配しなくても動かさないから」

「ありがとうござっ……ああっ、深いっ……奥がこんなにいいなんて知りませんでしたっ……」

「筋肉のうち表層にあるのは一部だからね。インナーマッスルは量も多いし、重要なんだ」

「ごめっ……なさいっ……ああっ……相楽くんごめんなさいっ!」


 香月さんはなぜか謝りながらビクビクビクッと震えた。


「わっ!? 大丈夫っ!?」

「は、はひ……問題ないです……」


 香月さんは顔を突っ伏したまま答える。

 なんだか可愛らしくてつい頭を撫でてしまう。


「んふ……ナデナデ、きもちいいです。しあわせ……」

「そういえばさっきなんで謝ってたの?」

「それはその……相楽くんが真面目にマッサージしてくれているのに……私ときたら……」

「?」


 香月さんは横向きになり、背中を丸めて俺の膝にすりすりとすり寄ってくる。

 意味不明だけど可愛い。

 とにかく香月さんは何から何まで可愛い。

 語彙力がなくなるくらい。


「なんか深層筋マッサージ、癖になりそうです」

「普通のやつより?」

「んー? あれはあれですごく好きだし、選べません」

「欲張りだね」

「軽蔑しました?」

「そんなわけないだろ! どちらもしてあげるよ」

「ありがとうございます!」


 香月さんは嬉しそうに俺の手を握る。

 いつも思うけど、マッサージあとの香月さんはなぜだか普段よりもちょっとセクシーだ。


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