第80話 スケートダブルデート3
結局休憩後も香月さんはほとんど滑ることが出来ず、お昼の時間となった。
スケート客のためにいくつかの店が出ており、焼きそばやホットドック、豚汁などを買い込んでテーブルに座った。
「沖田さん、すごい上達ぶりですね」
「そんなことないって。ほとんど根性でコケないようにしてるだけだし」
「やっぱり私は運動に向いてないみたいです」
「そう言わないで。午後は一緒に滑ろう!」
「頑張ります」
タイプの違う二人だけれど気が合うらしく仲がいい。
そんなときスピーカーからタイミングよくクリスマスソングが流れ出した。
「そういえばそろそろクリスマスだけど、よかったらうちでパーティーしない? うちは一人暮らしだからちょうどいいと思うんだけど」
「おー、ありがとう! いいな、それ!」
陽佑は前のめりで頷く。
「ちょっと待ってください。沖田さんはそれで大丈夫ですか?」
「う、うん。もちろん」
「ケンタとピザだな。あとケーキをどこで買おう?」
「チキンなら買わなくても私が揚げますよ」
「マジで!? 香月さんの料理って最高だって相楽から聞かされていたから楽しみ!」
「ちょっと! 私も唐揚げくらい作ってあげてるでしょ!」
気遣いのない陽佑の言葉に沖田さんがピリッとしてしまう。
悪いやつじゃないんだけど、もう少し気遣いを覚えてもらいたいものだ。
昼休みにリンクの氷の整備もされたので凸凹もなくなり滑りやすい環境になっていた。
外周を回る人のほかにリンク中央ではフィギュアスケートの練習をしている人もいる。
「ただ滑るのも難しいのによくあんなこと出来ますよね」
「まあ小さい頃からやってるんだよ。香月さんだって料理得意だし、勉強できるし、十分すごいよ」
「そうでしょうか?」
「もっと自分に自信を持たなきゃ」
「相楽くんは相変わらず優しいですね。私が誇れるものがあるとするなら素敵な彼氏がいることくらいです」
「それは俺の台詞だって」
先にリンクに降りて香月さんの手を取る。
転びそうな香月さんの身体を支えてゆっくりと滑り出した。
スピーカーからは陽気なクリスマスソングが流れている。
「クリスマスって小さい頃から好きでした」
「俺も。ケーキとかチキン食べられるし、プレゼントも貰えるし」
「サンタさんって何歳まで信じてましたか?」
「えっ!? サンタっていないの!? 今まで信じてたのに!」
「もう! ふざけてばっかりなんですから」
香月さんはおかしそうに笑う。
「香月さんのクリスマスの思い出は?」
「うちは父が忙しかったので、そんなにパーティーはしませんでした」
「それなのにクリスマスが好きだったの?」
「なんか街中がソワソワしてる感じが好きだったんです。なんか素敵なことが起きそうな感じがしませんか?」
「そうだね。理由もなくワクワクしちゃうよね」
香月さんはじぃーっと俺の顔を見つめてくる。
「どうしたの?」
「私は小学生の頃からどんな男性とクリスマスを過ごすのかなって想像してました。こんな人なんだなーって改めて確認してます」
「思ってたのと違う?」
「はい。思っていたよりもずっとかっこよくて素敵な人でした」
「そりゃちょっとはじめの想像が低すぎたんじゃない?」
「またそんなこと言って。相楽くんは最高の彼氏なんですから。自信を持ってください」
そういう俺も、実は想像していた恋人とはずいぶん違う。
まさかこんな美少女と付き合うことになるなんて思っても見なかった。
でもそれを言うときっと全力で否定するだろうから胸の内に留めておいた。
自己診断が低いのはむしろ香月さんの方だ。
スケートの帰りにはみんなでファミレスに行った。
運動して疲れたいたし、寒かったので、暖かい料理を食べると生き返るようだった。
さすがに今日は遅いので香月さんへのマッサージはまた翌日ということとなった。
部屋でボーッとYouTubeを観ているとマッサージの動画を見つけた。
たまにマッサージ関連の検索をするから一覧で出てきたのだろう。
「深層筋マッサージ? なんだろう?」
あまり馴染みのない言葉に惹かれて再生してみる。
深層筋とはいわゆるインナーマッスルのことだ。
インナーマッスルは体感筋ばかり注目されやすいがそれ以外の腕や背中、脚にもある。
深層筋マッサージとはそれらをほぐすマッサージのことらしい。
「へぇ。指で押すんじゃなくて手のひら全体で押すのか」
大きめのクッションで試してみる。
力で押すのではなく体重を掛けてゆっくりと圧すのがコツらしい。
「こうかな?」
普段のマッサージとはずいぶん違うのでなかなか難しい。
肘をまっすぐに伸ばし、両手でググーッと押し込む。
慣れないスケートとリンクの寒さで香月さんは間違いなく筋肉痛だ。
明日はこのマッサージもしてあげよう。
そんなことを思いながら何度も練習を繰り返していた。
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