第78話 スケートダブルデート1

 毎年感じることだけど、十二月というのはなんだか賑やかで慌ただしい。

 店も道路も混んでるし、テレビも普段より賑やかな気がする。


 そして男子高校生がクリスマスまでそわそわするのも風物詩だ。

 恋人がいない男子はいかにしてクリスマスまでに恋人を作るかを悩み、恋人がいる男子はどんなクリスマスを迎えるかで悩む。


「なぁ相楽。クリスマスどうするつもり?」


 お決まりの悩みごとを持ちかけてきたのは陽佑だ。

 色々喧嘩はあるようだけど沖田さんとは仲良く付き合っている。


「まだ決めてないけどイブ当日は家でちょっとしたパーティーかな」

「いいよな、一人暮らしは」

「別に家じゃなくてもツリーとかイルミネーションでも見て、その後食事でもしたらいいだろ」

「プレゼントとかはどうすんの?」

「そうだなぁ……この前誕生日でネックレスあげたし。やっぱリングとか?」

「沖田の場合、そんなのあげても絶対してくれなさそう」


 陽佑は深いため息をつく。


「そんなことないだろ? もらったら喜んでつけると思うよ」

「ない。絶対ない。この間指のサイズ訊いただけで『指輪とかいらないからね』って言われたし」

「あー、それはキツいな」

「そもそもクリスマスとかも興味なさそうで、誘っても断られるかもしれない」

「それはないだろ?」

「いや、マジなんだって。そもそも最近ちょっと素っ気ないし、本気で危機なのかも」

「素っ気ないのはいつものことなんじゃないの?」


 沖田さんがデレる姿はなかなか想像できない。


「いや、最近は何か違う。長年の付き合いだけどあんな感じの沖田は見たことがない」

「考えすぎだって」

「相楽はどうなの? 香月さんといい感じ?」

「そうだね。おかげさまで」

「いいよなぁ」


 陽佑は遠くを見つめる目で呟く。


「あ、そうだ。久々に四人で遊びに行こうか? そこで俺も沖田さんの様子を見てみるよ」

「いいのか? 悪いな、相楽」

「気にするな。俺もたまにはわいわいと楽しみたいし」


 二人で会うのも楽しいけれど、たまにはみんなで盛り上がるのも悪くない。




 次の週末。

 俺たち四人は市民スポーツセンターにやって来ていた。


「アイススケートなんて久し振り!」


 沖田さんは晴れやかな笑顔で伸びをする。

 陽佑が言っていたような刺々しい気配は微塵も感じられない。


「私は小さい頃したきりなので心配です」

「無理せず壁際を滑ったらいいからね」


 沖田さんと対照的に香月さんは不安げだ。

 スケートをすると伝えたときは乗り気ではなかったが、陽佑のためだと伝えると快諾してくれた。

 滑れない上に寒がりなのに、相変わらず優しい性格だ。


 スケートにしたのにはもちろん訳がある。

 陽佑が得意だからだ。


「コケそうになったら俺にしがみつけよ、沖田」

「は? そんなことになるわけないし」


 運動神経抜群の沖田さんに唯一勝てそうなのがスケートの類いらしい。

 滑ることならスケートだけじゃなくスキー、スケボーでもイケるそうだ。


 本人曰く滑るのはローラーシューズで鍛えたらしい。

 ちなみに話術でもスベるのは得意だが、それについては本人の自覚がない。


 スケート靴を借りて履き替えてからリンクへと向かうと、冷気で鋭くなった空気が漂ってきた。

 寒がりの香月さんには厳しいかもしれない。


「歩くのも一苦労ですね。ぴゃあっ!?」

「危ない!」


 転びそうになった香月さんを慌てて抱き止める。

 これは滑る以前の問題かもしれない。


「俺と香月さんは練習しておくから陽佑たちは先に滑ってて」

「ううん。私も香月さんと練習する。あんま自信ないし」

「じゃあ俺と練習しようぜ」

「はぁ? やだよ。どうせ陽佑は私が滑れないのを見て笑うんでしょ」

「んなことするかよ!」


 リンクに立つと香月さんは生まれたての小鹿みたいに脚をプルプル震わせる。

 必死なのに申し訳ないけれどちょっと可愛い。


「怖いっ……転んじゃいそうです」

「壁掴んでるから大丈夫だよ。ほら、一歩前に進んで」

「そんなこと言われても……ふわぁああ!?」


 よろけた香月さんは両腕をあわあわと振り回す。


「大丈夫。ちゃんと支えてるから」

「はい……すいません」


 香月さんはぎゅっとしがみついてくる。

 照れ屋の香月さんは普段こうして抱きついてきたりしないから、なんか得した気分だ。


「絶対に手を離さないでよ!」

「さっきから何回言ってるんだよ。そんなことするか」

「陽佑が信用できないから言ってるの!」

「ひでぇ。彼氏だぞ? 少しは信用しろって」


 陽佑たちも手を取り合って練習をしている。

 いちゃいちゃとは程遠いけど、普段の二人から考えればああいうやり取りの方が自然だ。


 十分ほど練習すると沖田さんは手を離して滑れるようになっていた。


「ヤッホー、香月さん」

「すごい! もうそんなに滑れるようになったんですか?」

「まーねー! うわっ!?」


 調子に乗っていたら尻餅をつく。

 実に沖田さんらしい展開だ。


「大丈夫か!?」

「う、うん……平気」

「ほら、掴まれよ」


 血相を変えて駆け寄ってきた陽佑に起き上がらせてもらい、沖田さんは嬉しそうに照れていた。

 やっぱり不穏な空気というのは陽佑の思い過ごしなんだろう。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る