第77話 誕生日プレゼント

 香月さんの誕生日である十一月三十日。

 俺は香月さんのために料理を作った。

 まだまだ下手くそだけど香月さんの手伝いをしているうちに少し料理が出来るようになったので、今日はその初お披露目だ。


「ビーフシチューですね! 美味しそう!」

「香月さんが作るのに比べたら全然だけどね」

「ううん。私のためにありがとうございます」


 それほど美味しいわけもないのに香月さんは大袈裟なほど「美味しい」と喜んでくれる。

 食事のあと、ケーキと共にプレゼントを渡す。


「はい、プレゼント」

「わぁ! ありがとうございます! こんなものまで用意してくれたんですか!」

「当たり前だって」

「開けていいですか?」

「どうぞ」


 箱の中から出てきたネックレスを見て香月さんは目をキラキラと宝石のように輝かせる。


「素敵! ありがとうございます!」

「着けてあげるよ」

「はい」


 香月さんは長い髪をまとめて、肩から胸へと流す。

 細い首や白いうなじが艶かしく綺麗だった。

 ネックレスを着けて背後から俺も鏡を覗き込む。


「よく似合ってるよ」

「うれしい……大切にします」


 香月さんは泣くんじゃないかってほど瞳を潤ませていた。

 正直ここまで喜んでくれるとは思っていなかったので戸惑ってしまう。


「ついでに肩揉みもしておくね」


 照れ隠しでそのまま肩を揉んだ。


「えっ、あ、いまはっ……はぁ……」

「お? お客さん凝ってますねぇ」

「心の準備もないのにっ……ああっ……」


 香月さんは躊躇いながら俺の手に自らの手を重ねた。


「くすぐったい? やめる?」

「そんなこと……訊かないで……」

「?」


 よく分からないが続けて欲しいのだろう。

 首の付け根を親指でくにくにと押し回す。


「はっ……あぁっ……」


 香月さんは肺の奥から大きく息を吐いた。


「最近ちょっと勉強のしすぎなんじゃない? 休憩を入れながらしないと身体を悪くするよ」

「さすが相楽くん……触っただけで分かっちゃ、ううっ……なんて……」

「首筋が凝りがひどくなると頭痛や吐き気に繋がるからね。甘く見ちゃダメだよ」

「は、はいっ……気を付けますぅうっ! ぴゃううっ!」


 付け根から後頭部へと上るように指圧をしていく。

 香月さんは右足を立て膝にし、左脚を投げ出して座った。

 普段の香月さんでは考えられない、はしたない座り方だった。


「大丈夫?」

「はい……プレゼント頂いて、うれしい気持ちのときにマッサージ始めちゃったんで、それで余計に、その……」

「このネックレスには肩凝り緩和のマグネットとか入ってないよ?」


 人間の頭部は体重の約十分の一と言われている。

 香月さんの場合は約四~五キロのものを細い首で支えなければならない。

 首の凝りは人間に宿命みたいなものだ。


「首だけじゃなくて、肩もっ……して欲しいです」

「そうだね。首の筋肉は肩の筋肉とも密接な関係があるから一緒にしないとね」


 華奢な肩に親指を当てぶにゅっと圧す。


「ぴぃああっ!」


 香月さんは左脚をぎゅんっと伸ばしてテーブルを蹴る。

 その衝撃で鏡がずれてしまう。


「えっ……」


 鏡の角度が変わり、スカートの奥が映りこんでしまっていた。


「ぱ、ぱんつ、見えちゃってるから」

「え、うそ!? す、すいませんっ!」


 香月さんは立て膝のままスカートを押さえる。


「気にせず、続きをお願いしますっ……」

「お、おう……」


 ぎゅっぎゅっぎゅっと肩を解していくと、香月さんは脱力していき、スカートを押さえていた手もだらんとしてしまう。


「あの、香月さん……」

「ふぁい……なんれしょーか?」

「いや……なんでもない」


 俺が見なければいいことだ。

 今はマッサージに集中しよう。


 肩甲骨をコリコリと親指の腹で転がしていく。


「やっ……あぁ、すごいのが、来ちゃいそうです」

「すごいの!? なにそれ!?」

「すっごいしあわせです……あぁ、好き……好きです、相楽くん」

「俺もだよ」

「うん……しあわせです……あっ……無理かもっ……」


 香月さんは首だけで振り返り、切羽詰まった表情で俺を見詰める。


「ね、ねぇ、相楽くん。キスしてっ……キスしながら、そこを圧してっ……」

「ええっ!? 指圧しながら?」

「お願いですからっ……バースデープレゼントだと思って」

「う、うん。分かった」


 チュッとキスをしながら肩を指圧する。


「んんんんんっ! あっ! もっとぉ! 相楽くん、もっと!」


 香月さんはもっと大人のキスをしてくる。

 俺はそれに答えながら更に強く肩を圧しこんだ。


「ぴうっ……だ、ダメになっちゃうかもっ……だ、だめだめだめだめっ……だめぇえっ!」

「わっ!?」


 香月さんはびゅくんっと脚を伸ばし、綺麗な顔にたくさんのシワを作った。


「大丈夫? 香月さん?」

「ごめんなさい……わたし、こんなはしたないっ……ごめっ……なさいっ……」


 香月さんはへにゃっと笑い、脱力して体重を俺に預けてきた。

 なんだかよく分からないが、妙に艶かしくて、そして可愛い。

 しばらく背中からぎゅっと香月さんを抱き締めていた。


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