第74話 冬の足音
季節は巡り、登下校時の風が制服の隙間に忍び込んでひんやりと身体を冷やす季節になっていた。
俺の隣には初冬の風に肩を竦める香月さんが歩いている。
入学した春にはこんな毎日が待っているなんて、夢にも思っていなかった。
「私の顔になにかついてますか?」
「小さな枯れ葉がついてるよ」
「え、ほんとですか?」
じっと見ていたのがバレた照れ隠しで小さな嘘をついてしまう。
「取ってあげるからじっとして」
「お願いします」
そっと目を閉じる香月さんの頬に触れる。
「取れたよ」
「ありがとうございます」
また強い風が吹き、道の端に溜まった枯れ葉がカサカサと辺りに舞う。
「寒くなってきましたね」
「香月さんは寒がり?」
「はい。そりゃもう。真冬はコートにマフラー手袋と完全防寒です。あ、もちろん制服の下にはセーター着てます」
「モコモコで歩きづらそうだね」
「あ、そうだ! 今度のお休み、コートを買いにいきませんか? 中学のときのがありますけど、せっかく高校生になったんですから思い切って新調しようかなって思うんです」
「おー、いいね。俺もまともなコート持ってないから」
「やった! じゃあ二人で行きましょう! 私、ダッフルコートがいいんですよねー」
「いいね。香月さんに似合いそう」
「相楽くんも似合うと思います」
「じゃあ二人でダッフルコートにしようか?」
「はい! あー楽しみだなぁ」
香月さんは弾むように歩いて喜びを表していた。
週末の街は早くもあちらこちらでクリスマスの飾りつけが施されており、デパートの中ではクリスマスソングがかかっていた。
毎年この時期になるとなぜだかワクワクした気分にさせられる。
登下校時に着るのがメインになるコートを選びに着たので、今日は二人とも制服で買い物に来ていた。
「わあ、これ可愛いですね」
「水色のダッフルコートか。香月さんに似合いそうだね」
「でも学校に着ていくのは、ちょっとよくないですね」
「こっちの紺色のもいいんじゃない?」
「ほんとだ! 前を止める木製のトルグが素朴で好きな感じです」
試着させてもらった香月さんは鏡の前でくるっくるっと何度も身体を捻って全身を眺めていた。
やっぱり香月さんは何を着てもよく似合うと改めて感じる。
「よく似合ってるよ」
「ありがとうございます。でもやっぱりちょっと可愛すぎるのでやめます」
「なんで? 可愛い方がいいんじゃない?」
「だって相楽くんとお揃いっぽいものの方がいいですから。これだと相楽くんには可愛すぎます」
香月さんは試着品をきちんと戻してから俺の手を取って次の店へ向かう。
そんな仕草の一つひとつまで可愛い。
デパート内にあるあちこちの店を回ったが、これという決め手のものが見つからなかった。
新たな店を探し、デパートの外の路面店を見ることとなった。
「すいません。わがまま言ってなかなか決められず」
「ううん。安いものじゃないし、せっかくなんだから妥協ないものを選びたいよね」
「そう言ってもらえると助かります」
「それに香月さんと一緒に歩いているだけで楽しいし、色んなコートを羽織って変化する香月さんも見られるからお得感あるよ」
「そう言ってもらえると、もっと嬉しいです」
珍しく香月さんの方からきゅっと手を握ってきてくれた。
照れ屋の香月さんも最近はこうして積極的な態度を見せる。
特に文化祭辺りからはそれが顕著になっていた。
「ねぇ相楽くん」
「なに?」
「あれ以降も清家先輩とは仲良くしてますか?」
「たまに会ったら挨拶する程度だけど?」
「そ、そうですか。ならよかったです」
香月さんは安心したようにニッコリと笑っていた。
お昼ごはんは近くの喫茶店でサンドイッチを食べ、午後からはまたコート探しだ。
少し狭い路地にあるセレクトショップに立ち寄る。
「あ、これなんていいかも!」
ゴテゴテとした装飾が少なく、しかしカチッとしたシルエットの綺麗なダッフルコートだった。
「へぇ、裏地のチェックも可愛いね」
「そちらはサイズも豊富で男女兼用となってます」
店員さんの説明に香月さんはパァッと表情が明るくなる。
「試着してもいいですか?」
「もちろん」
さっそく二人で試着して鏡の前に立つ。
ゆったり目のサイズ感でもだぼっとした感じがしない。
「似合ってるよ、香月さん」
「相楽くんもよく似合ってます」
申し訳ないけど、店員さんの「よくお似合いですよ」の言葉より何倍も心に響いた。
「じゃあこれのお揃いにしよう!」
「色は何がいいですか?」
「ネイビーかな。香月さんがよく似合うから」
「私も相楽くんにはネイビーって思ってました」
「仲がいいんですね、羨ましい」
店員さんの指摘にちょっと照れくさくなる。
目的の買い物を済ませ、二人でぶらぶらと散歩する。
自然と海の方へと足が向いており、港に辿り着く。
ベンチに腰掛け海を眺めていると、どこからかチャペルの鐘が聞こえた。振り返ると海沿いに結婚式場が見えた。
ウエディング姿の新婦とタキシードを着た新郎が祝福されながら式場から出てくる。
「こんな海沿いで結婚式挙げられるんですね。素敵」
「人生の船出にふさわしい場所だよね」
きっと色んなことを経て、あの二人は今日を迎えたのだろう。
名前も知らない二人の晴れの日を、心の中で祝う。
「いいなぁ……」
香月さんは心の声が漏れたようにぽそっと呟く。
その横顔はまだウエディングドレスは似合わない幼さを残していた。
あの姿が似合うようになるまで、ずっと香月さんの隣にいたいと願った。
「じゃあ俺たちもあそこの式場で結婚しようか?」
「え!?」
「五年後か、十年後か分からないけど、あそこで式を挙げよう」
香月さんは笑顔を消して思案顔になる。
「えっ? あ、もしかして引いた? 気が早すぎるよね……ははは」
「いいえ。そうじゃないんです。ただ既に相楽くんと式を挙げたい式場を六ヶ所くらい選んでるんで迷ってるんです」
「は?」
「ほら、私。ダッフルコート選ぶのも時間かかっちゃったじゃないですか。どれもよく見えてなかなか選びきれないんですよね。まずはあの式場の中を確認して、どんなところかを確認しないと」
困った顔をして頭を悩ませる香月さんが可愛すぎてぎゅっと抱き寄せる。
「きゃっ!? 急にどうしたんですか?」
「可愛いなって思って」
「なんか私可愛いこといいましたっけ?」
よく理解してない様子だけど、香月さんも俺の背中に腕を回して寄り添ってくれる。
そんな俺たちを冷やかすように船が汽笛を鳴らし、水鳥たちが海面に波紋のあとを残して飛び去っていった。
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