第73話 新たな目覚め

 惚けた先輩とその隣でぺたんと座る香月さん。

 なんだか少し変な空気だ。

 それにいつも香月さんをマッサージしている時に感じる甘く艶かしい香りが、今日はなんだか強く感じられる。


「大丈夫でしたか?」

「はい」

「え?」


 なぜか答えたのは香月さんだった。


「はじめは悲しかったり、辛かったり、羨ましかったりで頭の中がぐちゃぐちゃでしたけど、大好きな先輩の可愛い声をに聞いていたらなんだか不思議としあわせになりまして……」

「ごめんね、悠華」

「ううん。先輩なら、いいんです。どうしよう……なんか新しいなにかに目覚めてしまいました」

「新しいなにか?」


 きっとマッサージ助手をすることに喜びを覚えたのだろう。

 俺も最初にマッサージをして誉められたときのことは今でも覚えている。

 身体が痛いと嘆いていた父さんが「身体が軽くなった」と喜んでくれた時だ。


「次は香月さんのマッサージをしてあげるよ」

「えっ!? わ、私はいいです!」

「昨日文化祭で疲れたでしょ? 香月さんは身体が丈夫な方じゃないんだからしておかないと」

「そうだよ。悠華もしてもらいなさい。ボクだけ見られるなんて不公平だよ」


 清家先輩は着替えさせるために香月さんを脱衣場へと連れていく。

 自分だけマッサージをしてもらい、彼女である香月さんが出来ないなんて不公平だと思ったのだろう。

 美しい先輩後輩の友情に胸がジーンとした。


 先輩に手を引かれて着替え終わった香月さんが戻ってくる。

 なぜか清家先輩はノリノリで微笑んでいた。


「じゃあはじめるね」

「ボクのときみたいに容赦なくグイグイやってあげてね」

「ちょっと、先輩。変な指示しないでください」


 清家先輩の直後に香月さんのマッサージをすると、改めて二人の身体の違いがよく分かる。

 香月さんのほどよい肉付きは女の子らしくて、ぷにぷにと弾力も強い。

 清家先輩と同じように足首からふくらはぎ、太もも、腰と上がっていく。


「あれ? 悠華、我慢してるの?」

「別に普通にしてるだけです」


 二人は仲良くおしゃべりを交わしていた。

 ふと肩甲骨に触れると、強張っているの発見した。

 昨日はワッフルを運んだり、ビラ配りをしたから上半身も酷使したのだろう。


「私はそもそも先輩みたいに声とかはあんまり出さ、ぴゃうっ!?」

「あ、ここはやっぱりこってるんだね」

「そこはいいです。今日は大丈夫ですからって……んぅっ……」

「あれあれぇ? 悠華は声出さないんじゃなかったの?」

「今のは違うんですっ……不意にされて思わず……んぁっ……や、だめぇ、相楽くん」


 香月さんはマットをクシャッと握り、ブンブンと頭を振る。


「あ、こら。香月さん、暴れない」

「ボクより敏感だね」

「せ、先輩の方が乱れてましたっ!」

「そんなことないもん。悠華の方が激しいし」


 二人とも擽ったいのかよく暴れる。

 俺に言わせればどっちもどっちだ。

 肩甲骨から肩へとゆっくり指を動かしていく。

 最近では香月さんの懲りかたでどんな無理をしていたのかまで把握できる。


「あっあっあっ……あぁっ……そこ、弱いからっ」

「悠華、太ももをピタッて閉じてすりすりしちゃってて可愛い」

「勝手になっちゃうんです」

「香月さん、昨日呼び込み用の看板を持ちすぎたんじゃない? 肩と肩甲骨が張ってるよ」

「あ、も、もうっ……分かりましたからっ……」


 皮膚の下の筋肉を透かして見るように指で圧しほぐしていった。


「あ、あぁっ……」

「すごい……悠華のこんな顔見るのはじめて……」

「見ないでくださいっ……恥ずかしいです」

「恥ずかしがらなくていいよ。ボクのだらしない顔だって見たでしょ?」


 先程とは逆に、今度は清家先輩が香月さんの手を取って励ますように見詰めていた。

 手を取り合うのが吹奏楽部の伝統だったのだろうか?


「どうしよう……ンンンッ……せんぱぁい……このままじゃ」

「そのまま、ね? おあいこだから」


 清家先輩は香月さんの髪を撫でる。

 その姿は小さくてもやはりお姉さんといった感じだ。

 でも二人とも妙に頬を火照らせて、なんだか妖しい空気を醸し出している。


「なんか、いつもより……いぎっ……こんなの、はしたないっ……」

「見せて、悠華。合宿ではお風呂も一緒に入った仲でしょ」

「それとこれとは……くはぁっ……き、来ちゃいそぉ」

「うん。いいよ」

「はああっ! 相楽くんっ! ごめんねっ!」


 香月さんは謝りながら背中をググーッと反らす。


「わっ!? こ、香月さん!?」

「指、離しちゃいやです……」

「え? あ、はい」


 むにゅーっと圧していると香月さんはプツンっと糸が切れたようにマットに伏した。

 清家先輩は目を真ん丸にして唖然としていた。


「すごい……やっぱり恋人同士だと違うね」

「そうですか? まあ香月さんのことは何度もマッサージしてるから、どんなところが懲りやすいとか分かってるからじゃないですかね」

「そうなんだ……ドキドキしちゃったよ」


 不思議な感想を述べながら、清家先輩は香月さんの背中を擦っていた。


 その後二人はお礼だといって俺のこともマッサージしてくれた。

 力が弱い二人だけど一生懸命やってくれるのでとても心地よかった。

 何度も「気持ちいい?」と訊ねてくる清家先輩はちょっとうるさかったけど。

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