第72話 先輩へのマッサージ
清家先輩はマットに寝転がる。
「どの辺りが痛いんですか?」
「右足の付け根から太もも辺りかな。昨日の疲労があるからか、今日は両足ともふくらはぎも痛いかも」
「なるほど。じゃあ香月さんがオイルを塗りますので」
助手となった香月さんがたらーっと脚にオイルを垂らして指で伸ばしていく。
「温かくて気持ちいい……フフ、なんかにやけちゃう」
「あ、先輩ダメですよ。じっとしててください」
慣れてないのか、清家さんは擽ったそうに見悶えている。
「先生、オイル塗り終わりました」
「ありがとう」
先輩の前だからか、香月さんはいつもよりテンション高めだ。
「じゃあまずは足先から心臓の方へと向かって血行をよくするマッサージをしますんで。それから今度は上から下へと指圧していきます」
「お願いするよ」
足首をぎゅっと握り、滑らせるように丁寧にゆっくりと押していく。
「んっ……」
清家先輩は香月さんより更に筋肉が付いておらず、細い見かけに依らずぷにぷに柔らかい。
足首からふくらはぎへ何度も撫で推して血流をあげていく。
「ふっ……んぅ……」
「痛いですか?」
「ううん。続けて」
ふくらはぎから膝の裏を通り太ももへと移る。
かなり張っているので結構痛かっただろう。
はぁはぁはぁはぁ……
清家先輩の息遣いが荒くなり、時おりビクッビクッと震える。
なんだか少し香月さんの反応に似ている。
「えっ……? 先輩まさか……」
香月さんは驚いた顔で清家先輩の顔を覗き込む。
その視線から逃げるように先輩はクッションに顔を埋めた。
太ももから臀部、腰と上がっていく。
血管の中の老廃物を押して流していくイメージだ。
「いやっ……ダメっ……ダメだよぉ……」
「え? 痛いですか? そんなに圧してないですけど」
「もしかして先輩、気持ちいいですか?」
香月さんは震える声で訊ねる。
「そ、そんなこと訊かないで……」
そんなに恥ずかしがることないのに。
不思議な人だ。
「ダメです。気持ちよくなっちゃダメです」
「ちょ、香月さん?別に気持ちよくていいんですよ、先輩。リラックスしてくださいね」
「気持ちく、なんて……ああっ!」
「そんな……気持ちいいのは私だけだと思ってたのにっ……」
血流をよくしてから次は指圧だ。
脚が痛いらしいのでまずは腰から圧してみる。
「ふぁうっ……な、なに、これ……」
「脚が痛いときは腰や臀部の筋肉も固まってることが多いんです。弱いところを庇おうとして無理するからなんです」
先輩は更に息遣いが荒く、不規則になっていく。
俺の説明を聞いている様子はなかった。
黙って指圧に集中するとしよう。
臀部の筋肉がキュッと引き締まっている。無駄な力を籠めているようだ。
「リラックスですよ。安心して俺に身を任せてください」
「で、でも……はぐっ!? や、ああ! ボクの身体、どうなってるの!?」
「心配しなくても次第に凝りがほぐれてますよ」
香月さんはキュッと唇を噛んで目をうるうるさせて視線を逸らしていた。
清家先輩はなかなか力を抜いてくれない。
場所が場所だけに抵抗があるのかもしれない。
(なら先に太ももからマッサージするか……)
太ももと臀部の境目辺りをぶにゅんっと押し込んだ。
「んあああっ!」
「え?」
先輩は慌てて口許を押さえ、ふーふーと呼吸を整えようとしていた。
「痛かったですか?」
「そ、そうじゃないけど……あっ……もういい……もういいからっ……やっ……ボクの身体、おかしいの」
「大丈夫です、先輩」
香月さんは清家先輩の手を握り頷く。
「私も、その、そうなるんです。ほとんどの人はならないみたいですけど」
「そ、そうなの? でもこれじゃ……」
「いいんです……仕方ないことですから」
二人はなんだか俺にはよく分からないことを言って納得しあっていた。
まあ俺は気にせず指圧を続ける。
「ああっ! そ、そこはっ……!」
「我慢しなくていいですよ。先輩なら、その、いいですから」
「~ッッッッ! あはっ!」
ふくらはぎはかなり張っている。
これでは歩くのも大変だっただろう。
体重を親指にかけてじゅわぁーっと圧していく。
「かはぁあっ! ご、ごめん! 悠華、ごめんっ、ボク、もうっ……ごめん、ごめんねっ」
「はい。楽になってください」
二人はぎゅっと手を握りあい、見詰めあっている。
なんだかすごい緊張感と不思議な親密さを感じさせる空気だ。
「あっ……ああっ……ふぁううっ!」
「あ、先輩。そんなに力を籠めないで!」
「相楽くん、いま指を止めたら可哀想です」
「え? う、うん」
「だめっ! 癖になっちゃうからっ……ああっ! あ、またっ!? ひぃいっ!」
清家先輩は脚をぴんっと伸ばし、足の指をうにうにとグーパーしていた。
「あ、脚、攣りますよ?」
心配して声をかけるが、反応はない。
「先輩の顔、すごくかわいいです」
「や、今は見ちゃダメっ!」
清家先輩は顔を手で覆い、海老のように丸まる。
そして時おり、ぴくんっぴくんっと震えていた。
よほど痛かったのだろうか?
これじゃマッサージを続けられそうもない。
「ごめんね、悠華……」
「ううん。いいんです」
香月さんが先輩の背中を労るように撫でていた。
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