第69話 今日が未来の『あの頃』

 週明けの放課後、メイド服が完成したということで女子たちが試着してお披露目してくれた。


「どうですか?」


 メイド服に着替えた香月さんが少し照れながらスカートの裾を持ってくるりと一回転する。


「すごくよく似合ってる! 可愛いよ!」

「そうですか? ありがとうございます!」


 他の女子たちもはしゃぎながらメイド服姿を見せていた。

 でも皆には悪いけど香月さんが一番似合っている。


「わぁ、店の内装の方もずいぶん出来てきましたね!」

「まあ素人の手作り感満載だけどね」

「それがいいんですよ。文化祭って感じで!」


 香月さんはにっこりと微笑む。


「男子のタキシードはちょっと難しそうだったのでシャツにベストという服装に変更になったんです。すいません」

「その方が動きやすそうでいいんじゃない?」

「ちょっと着てみてもらってもいいですか?」


 渡された衣装に着替える。

 腰元には前掛けエプロンを巻いた格好で、おしゃれなカフェの店員さんといった感じだ。


「かっこいい! すごくよく似合ってますよ!」

「そう? ありがとう」

「香月さん、写真撮ってあげるよ」


 沖田さんがスマホで俺たちの写真を撮ってくれる。

 お返しに俺も沖田さんと陽祐の写真を撮った。

 二人は相変わらず喧嘩してるのか、じゃれあっているのかわからないやり取りをしていた。

 クラスのみんなも記念撮影をしたり、看板作りを急いでいる。


 あと何年後かに振り返ったとき、きっとこれが青春だったと思うのだろう。

 そしてそのとき俺の隣には変わらず香月さんがいてくれることを願う。


 香月さんを、そして賑やかな教室を、もう一度よく見詰め、覚えておこうと心に誓った。



 ────

 ──



 文化祭当日はそんな干渉に浸る暇さえなく、まさに戦場だった。

 次々入る注文、ひっきりなしにやって来るお客さん、店内の片付け、足りなくなった材料の調達。

 みんなパンク寸前だ。

 ワッフルをメニューに選んでしまったこともよくなかった。

 なかなか焼き上がらないし、チョコのデコレーションも手間取るしでお客さんは溜まる一方だった。


 これだけ混み合っていたら新しいお客さんも来なさそうなものだが、そう思いかなかった。

 理由は香月さんだ。


「うわ、なにあの子、可愛いな」

「アイドル並みじゃね?」


 メイド姿の香月さんにつられて、男性客が次々やって来てしまう。

 忙しいやらやきもきするやでパニクりそうだ。


「よう、相楽、すごい人気だな」

「吾郷! 来てくれたんだ」

「大丈夫か? なんかすごい客の数だけど」

「いや、正直あまり大丈夫じゃない。悪いけど手伝ってくれないか?」

「え? いやいやいや。俺はもう高校中退して部外者だし」

「部外者のわけねーだろ。吾郷は今でも俺たちの仲間だ」

「いやそういう問題じゃねーだろ? 許可とか必要だろうし」

「おー! プロが助けにきてくれたぞ!」


 吾郷を見た陽祐が喜びの声をあげる。


「吾郷くんが神に見える!」

「助けてくれよ、吾郷!」

「おねがーい!」


 みんなの声に押され、吾郷は上着を脱ぐ。その目は少し涙ぐんでいるようにも見えた。


「ありがとう、みんな。じゃあ俺も手伝わせてもらうわ!」


 クラスのみんなが拍手をし、よく事情の分かっていないお客さんまで「おおー!」と歓声をあげた。


 吾郷が加入すると一気に作業効率が上がった。

 焼き上がるタイミングのミスも減り、チョコレートコーティングも格段に早くなった。

 おかげで捌ききれないと絶望していたお客さんの山も徐々に減っていった。


「ありがとう、吾郷。おかげで助かったよ」

「俺の方こそありがとうな」

「休みの日にまで手伝わせて悪かった。あとは俺たちで頑張るから」

「いや、むしろ相楽が休めよ。お前のことだからどうせ朝から立ちっぱなしなんだろ?」


 吾郷の言うとおり、俺は朝からずっと店に立っていた。

 他のメンバーには順番で休みを取ってもらっていたけど、ワッフル屋をやるといった発案者である俺は休みなしで働いていた。


「無理しすぎるのが相楽の悪いところだ。少しは休め」

「ありがとう。じゃあ少し休憩させてもらう」


 お言葉に甘えて少し休憩して俺も文化祭を見て回ろう。

 香月さんは少し前に休憩をかねて沖田さんとビラ配りに行ってしまったので、ぶらぶら歩いて探すことにした。


「どのクラスも気合い入ってるな。いつもの学校とは思えないくらいだ」


 各クラスの派手な飾りつけを見て感心する。


「やあ相楽くん」

「あ、清家先輩」

「どう? 似合ってるかな?」


 先輩はテンガロンハットに白いシャツと革のベストでジーンズを穿いていた。

 本来はかっこいいものなんだろうけど、小さいのでなんだか可愛らしい。


「カウガールですね! よく似合ってますよ」

「相楽くんのアドバイスでウエスタン風にしたのがよかったのか、うちのクラス大盛況なんだ! ありがとう」

「俺は無責任に案を出しただけですから。それをかたちにした先輩たちの実力ですよ」

「相楽くんは相変わらず謙虚だなぁ。そっちのワッフル屋さんはどう?」

「お陰さまで賑わってます。今までぶっ通しでようやく休憩もらえたんです」

「休憩中なんだ。じゃあボクと一緒に回ろうよ!」


 清家先輩は俺の手を引いて歩き出す。

 お祭りで先輩もテンションが上がっているようだ。

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