第58話 ワッフル

 三日後の放課後、喫茶『ago』に行くとそれなりの客が来店していた。


「またお前らか。忙しいんだから勘弁しろよ」

「俺らは客としてきたんだよ。それとも俺らは出禁か?」

「勝手にしろ」


 吾郷は面倒くさそうにメニューと水を置いてカウンターへと戻っていく。


「ひとまず第一作戦は成功ですね」

「ああ」


 こっそりと店内を横目で見ながら頷く。


 香月さんの考えた作戦とは岩見の通う予備校に宣伝して来てもらうというものだった。

 岩見の通う予備校の近くというのを利用した作戦だ。

 お陰で店内は予備校自習室さながらに参考書を広げている客ばかりだ。もちろん岩見本人も来ている。

 ああ見えて意外と影響力がある奴なのかもしれない。

 ちょっと見る目が変わった。


 とはいえこれだけで繁盛店にするのは難しい。

 作戦は他にも考えていた。


「さて、次は……」


 メニュー表を見て考える。


「見てください、これ」

「お、ワッフルか。いいね」


 次の作戦に使えそうだ。


「おーい、吾郷」

「なんだよ?」

「このワッフルって店で焼くのか?」

「当たり前だろ、ナメんな。それは昔からある看板メニューのひとつだ」

「じゃあコーヒーとそれを」


 注文するとカウンターからバターの溶ける甘い香りが漂い始める。

 専用のプレートに生地を流してしばらくすると芳ばしい香りが店内に漂い始めた。


 そして十分後、俺たちの前にワッフルが届けられた。

 シンプルにバターが添えられた素朴なものだ。


「美味しい!」

「看板メニューというだけあるな!」


 表面はサクッとしているが中はふんわりと柔らかい。

 鼻に抜けるバターの香りと強すぎない甘さが素朴ながら絶妙だった。


「だろ? うちの自慢だからな」


 吾郷もちょっと得意気な表情でカウンターの向こうから笑いかけてくる。

 この店を本当に誇りに思っているのだろう。


「どう思う?」

「そうですね。この味なら間違いなく人気になるはずです」

「あとは見た目だな」


 ひとまずワッフルを写真に納めておく。

 俺たちが頼んだこともあってか、店内ではワッフルを注文する人も現れた。

 チラッと岩見を見るとジーッとカウンターにいる吾郷を見詰めていた。

 目にハートが浮かびそうな勢いだ。


 夏にあったときの刺々しさは、もう微塵も感じられない乙女の瞳だった。



 ────

 ──



 そして週末。

 俺たちはワッフルを自分達で焼いていた。


「さて、これをどうするかですね」


 焼き上がったワッフルを前に香月さんは思案顔になる。


 俺たちの次なる作戦は喫茶『ago』の大人気メニューを作るというものだった。

 岩見の口コミの宣伝だけでは限界がある。

 もっと不特定多数の人に来てもらうためにはネットでバズらせたりする第三者の口コミ評判が必要だ。


「吾郷のところのワッフルは美味しい。けどネットでバズるにはやっぱ見た目だよな。ハワイ風のパンケーキとかも見た目のインパクトがすごいやつとか話題になってるもんな」

「イチゴとかフルーツを盛るっていうのでは普通ですしね」

「美味しそうには見えるけど、それだけで評判にするのは難しいかな」

「和テイストとかどうです? あんこはもちろん、白玉とか抹茶をシュガーパウダーみたいに振りかけるとか」

「お、いいね。やってみよう」


 さっそく実践して写真を撮る。

 見映えは悪くない。


「うん。おいしいね」

「抹茶の苦味や白玉の食感が面白いです。でも目新しさはないかも、ですね」


 香月さんは残念そうに首を振る。


「そうだね。これではワッフルのアレンジのひとつに過ぎないかもしれないな。思いきって食事に振ってみようか?」

「どういうことですか?」

「チーズとかベーコンを乗せたりしてスイーツじゃない食べ方にするんだ」

「なるほど。やってみましょう」


 厚切りにしたベーコンととろけるチーズを乗せて焼いてみる。


「うーん……なくはないけど、普通に食べた方が美味しいかも……」

「海外ではあるみたいですけど、日本人には馴染みのない味ですね」


 これでは人気メニューは無理だ。


「駄目だ。一旦休憩しよう。早くも行き詰まってきた」


 紅茶を飲みながらパソコンで人気のスイーツのページを見る。

 イチゴなどフルーツの断面を見せたもの、メルヘンの世界に出てきそうな見た目のもの、これでもかと色とりどりにトッピングされたものなどが出てくる。

 共通して言えることは見た目のインパクトがすごいということだ。


「こういうのって確かに見た目はいいけど、コストが掛かりすぎるな」

「そうですよね。学生では気軽に注文できませんもん」

「売れなければ仕入れた果物とかも無駄になるしなぁ」


 ゴージャス路線は今の喫茶『ago』には向いていない。


「もう一度整理すると、売り上げを伸ばせて、しかも店の負担にはならないものの開発が必要なんだよね」

「そうです。でもそんな都合いいもの、ありますでしょうか?」

「うーん……分からない。けどきっとあるはずだよ」


 新商品の開発というのは思ったよりも難しい。

 今さらワッフルを選んだのが間違いなのかもしれないという不安にも駈られた。


「相楽くんは本当にいい人ですね」

「え? 突然どうしたの?」

「吾郷くんのために一生懸命考えてくれています」

「そりゃあんな事情聞いたら、放っておけないだろ」

「そんな真面目で優しいところが大好きです」


 香月さんはテーブルの下でそっと手を握ってくる。

 俺もその手を握り返した。


 このままいちゃいちゃしていたいが、吾郷のことを思えば時間がない。

 今は我慢だ。


「もう一度店に行ってみよう。お母さんとも話してみたいし」

「でも吾郷くんがいたら会話させてもらえませんよ?」

「張り込みをして吾郷が店を開けた瞬間を狙おう」


 お母さんの考えを聞いたり、店のメニューをもう一度確認だ。

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