第57話 容易くない現実

 恋する岩見は新鮮なのでちょっとからかってやりたくなる。

 いつかのお返しだ。


「まあ好きじゃないんだったら吾郷の学校での生活は教えられないな」

「へ? な、なんでよ」

「だってプライベートなことだろ? まあ岩見が好きだって言うなら知り合いのよしみで教えてもいいけど」

「そ、それはっ……」


 岩見は目を泳がせ、口をモニュモニュさせる。

 丸分かりのリアクションが可愛らしく、思わずにやけてしまう。


「もう、相楽くん。イジワルですよ」


 あまりにからかいすぎたので香月さんからたしなめられる。


「吾郷くんはクラスであまり誰とも話をしてませんでした。避けられてるというより自ら距離をとるような感じです」

「そうなんだ? 意外……みんなから好かれそうなのに」


 みんなというか岩見から好かれてるみたいだね。

 そんなジョークは胸に留めておく。


「か、かかか」

「か?」

「かかか彼女は? 彼女はいるの?」

「どうかな? 私が見た感じだといないと思うけど」

「す、好きな人は?」

「そこまではちょっと……でもいないんじゃないかな? そもそも女子と話しているところ見たことないし」

「へぇ……そう……。私はたまに話してるけどね!」


 岩見は自慢げにニヤッと笑う。

 もはや好きなことを隠す気もなくなったのだろうか?


「話すと言っても岩見が話しかけて吾郷が返す客と店員の会話だろ?」

「違うから。むしろ吾郷さんの方から話しかけてきてくれたんだからね」

「吾郷から? 意外だな」

「最近私は予備校のあとあの喫茶店でたまに休憩してたの。休むつもりがつい復習しちゃうんだけど、そしたら吾郷さんが『難しそうな勉強してるね』って声かけてくれて」


 岩見は照れながらも自慢げにきっかけを話し始めた。

 音楽の話とか、好きな食べ物の話とか、聞いてもいないのにどんな会話をしたかを教えてくれる。


「そんなことがあったんですね。学校では無口だから意外です」


 岩見は別人かと思うほどニマニマしている。


「それにしても吾郷さんが高校生だったなんて意外だなぁ」

「それが高校生じゃなくなるかもしれないんだ」

「えっ……どういうこと?」

「自主退学したいらしいんだよ」

「ジシュタイガク? それって高校辞めるってこと!?」

「そうなんだ。あの喫茶店を手伝うから学校に来る暇がないって言うんだ」

「そんな……だからって高校中退なんて……」


 岩見はスーッと血の気の引いた顔になる。


「俺たちもこの間行った時にその理由を知ったんだけど。なんとか出来ないかなって悩んでいるんだ」

「アルバイトを雇えばいいじゃない」

「そんな余裕はないそうだ。これは内緒にして欲しいんだけど、お父さんが病気で入院してしまっていて吾郷が働かないといけないらしい」


 吾郷の抱える問題を伝えると、岩見も暗く沈んだ。

 俺たちは身体こそ大きくなったが、未だに親の保護の中で暮らしている子供だ。

 吾郷が向き合っているような生々しい現実を見せられると自分の非力さを痛感させられる。


「なんとか解決できる方法はないかと考えてるの。だから常連だという岩見さんにお店の様子を訊いてみようって思って」

「そうだったんだ……」


 もはや恋に浮かれる顔ではなくなっていた。

 でも投げやりではなく、なんとか問題を解決したいという真剣な表情だ。


「あの喫茶店はそれほど繁盛しているって訳ではないと思う。かといって誰も来ないというわけでもなくて、常連さんはそれなりにいるみたい」

「地域に根差したお店なんだな」


 岩見はこくっと頷く。


「でも最近は徐々に客足は遠退いていった感じらしくて」

「マスターが不在だからよけい客足が遠退いているのかな? それでなおさら吾郷は焦っているんだろうな」

「吾郷くんが中退するのを思い留まらせるためにはお店を繁盛させて人を雇えるようにするのが一番ですね」

「それはどうかしら? そう簡単なことじゃないし、それよりはやっぱりお母様に相談した方がいいんじゃない?」

「まあそれもそうだけど、恐らくそれだとお金ないから結局おばさんが一人ですべてやろうとするんじゃないかな? そうなると結局お母さんの負担が増える。見かねた吾郷がやはり退学するって言い出すと思うんだ」


 親と話すという行為は俺たちも考えたし、当然先生もしているはずだ。


「そうか……じゃあ私たちが手伝うっていうのは? もちろん無料で!」

「岩見の学校はバイト禁止だろ? うちもそうだけど。それに昼間はどうする? 夜だって遅くまで手伝うとなれば勉強も出来ないぞ?」

「それはそうだけど……うーん……」


 店の売り上げを増やして経営を楽にするというのが将来的に見ても一番いい方法だ。

 しかし言うのは容易いがそれが出来れば苦労しない。


「あ、そうだ!」


 香月さんはポンと手を打つ。


「いい案が浮かびました」


 にんまりと笑いながら香月さんは岩見の顔を見た。

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