第55話 自主退学
太もも、ふくらはぎの指圧も続けて行う。
相変わらず大袈裟なほどのリアクションで身悶えていた。
「よし。この辺にしておこう」
「ふぁい……ありがとぉございます……」
くてーっとなった香月さんが顔を上げる。
「大丈夫?」
「へーきです……けど、ちょっと休みたいかも……膝枕してもらっていいですか?」
「膝枕っ!?」
俺の答えを待たずに香月さんは頭を俺の太ももに乗せてくる。
普段楚々とした香月さんの惚けた顔は、なんだか見てはいけないもののように背徳感がある。
「体育祭頑張ったから身体の疲労も大きかったんだね。お疲れ様」
「相楽くんのおかげです。ありがとうございました」
「俺の力なんてほとんどないよ」
「ううん……そんなことないですよ。私、本番では相楽くんのことを見つめて走ってましたから。ゴールに相楽くんがいてくれる。それだけですごい力がもらえました」
「そっか。じゃあ休んだ吾郷にも感謝だな」
なんだか恥ずかしくて、照れ隠しみたいに香月さんの頭を撫でた。
香月さんは擽ったそうに目を細めて俺を見詰める。
とろんと蕩けた香月さんを見ていると、
思わず手が香月さんの身体を触ろうと動き、慌ててそれを抑える。
(ダメだ。香月さんはマッサージだから身体に触れるのを拒まないだけだ。そこを勘違いしてしまったら、香月さんの信頼を裏切ることになる)
「どうしました?」
「いや、なんでもないよ。相変わらず可愛いなって」
「またそんな嬉しいこと言って……相楽くんもカッコいいですよ」
「ありがとう」
香月さんは俺の手をきゅっと握ってくる。
「大好き……愛してます」
「俺も……」
「俺も、なんですか? はっきり聞かせてください」
「香月悠華さんが世界で一番好きです」
「私も相楽大樹くんがこの世の誰よりも好きです」
ヤバイ……
声に出して気持ちを伝えるのがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。
「ずっと好きだよ。この先も、ずっと」
「じゃあ、私を相楽くんのお嫁さんにしてくれますか?」
「もちろん」
きゅっと香月さんの手を握りかえす。
「私、けっこう面倒くさいですよ? 落ち込みやすいし、考えすぎるし、寂しがり屋だし」
「知ってる。そこが可愛くて好きなんだよ」
「案外泣き虫だし、実は甘えん坊ですからね」
「『実は』って……そんなの知ってるし」
「え? バレてました?」
「むしろ隠してるつもりだったんだ?」
「むー」
香月さんは頬っぺたをぷっくりと膨らまして拗ねた顔をする。
「そんな全てが好きだから結婚したいんだ」
「いいんですか、私なんかで?」
「香月さんがいいんだよ」
「嬉しい……」
恋愛と結婚は違う。
時おりそんな言葉を耳にする。
なにがどう違うのか、今の俺には分からない。でも生涯変わらずに香月さんを愛する自信はある。
高校生の身分で結婚なんて軽々しく口にするものじゃないのかもしれない。
でも軽い気持ちで口にした訳じゃなかった。
一生をかけて香月さんを愛していきたい。
その気持ちに嘘はなかった。
────
──
休み明けの登校日。
朝は元気だった香月さんだが、放課後は暗く沈んだ表情になっていた。
「どうしたの?」
「実は
「吾郷? そういえばあいつ、今日も学校休んでたな」
体育祭に欠席した吾郷は今日も学校を休んでいた。
「実は吾郷くん、退学したいって言ってるらしくて」
「えっ!? マジで!?」
「先生が説得されていたらしいのですが、本人の意思が固いらしくて」
「そうなんだ……」
吾郷は一学期からクラスで浮いていた。
俺も人のことは言えないが、吾郷はほとんど誰とも会話をせず一人で過ごすことが多かった。
見た目は少しチャラくて、決して暗い奴には見えなかったので、孤立しているのはよけいに目立っていたし、不思議に感じていた。
「私はクラス委員長なので一応事前に先生から説明を受けたんですが……」
「それで気を病んでいるの?」
「クラスのみんなで進級したいじゃないですか。一年生の一学期だけで自主退学なんて、寂しすぎます」
「そっか……そうだよな」
吾郷にも事情があるんだろう。
でもなんとなくわかった風な顔をしてこのまま吾郷を黙って見送るのも気持ち悪かった。
「吾郷の家に行ってみよう」
「え?」
「香月さんは行ってみるつもりだったんだろ?」
「なんでわかったんですか?」
「ナメんな。一応彼氏だぞ? 彼女の考えそうなことくらいお見通しだから。一緒に行こう」
「ありがとうございます!」
吾郷の家は隣の駅の商店街にあった。
『喫茶ago』という住宅兼喫茶店が彼の実家だ。
ドアを開くとカランカランと小気味よいカウベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
「よう、吾郷」
「相楽? 香月も一緒か……」
吾郷はやや面倒くさそうに眉を潜める。
「こら、
カウンターから吾郷をたしなめたのは、恐らく彼の母親だろう。
「なにしに来たんだよ?」
「コーヒーを飲みに来たんだが?」
「白々しい。どうせ担任から言われて説得でもしに来たんだろ?」
「違います。私たちの意思で吾郷くんに会いに来ました」
「なんで? お前ら二人ともほとんど俺と会話したこともないだろ?」
水の入ったグラスを置いて吾郷が向かいの席に座る。
俺たち以外に客はおらず、店内には静かに音楽が流れるだけだった。
「なんで退学したいんだよ?」
「なんでって……つまらないからだよ」
「まだ始まったばっかだろ? つまらないと見切りをつけるのは早すぎないか?」
吾郷のお母さんは物言いたげな顔で静かに成り行きを見守っていた。
「確かに学校は退屈な側面もあります。でも楽しいこともありますよ」
「あー、いいから、そういうの。興味ないし」
「理由くらい教えてろよ。三ヶ月とはいえクラスメイトだろ?」
「あー、うぜぇな……ちょっと表で話そうぜ」
吾郷はエプロンを外してかったるそうに店を出る。
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