第53話 体育祭!

 体育祭当日、学校は朝からお祭り気分で浮かれた賑わいを見せていた。

 もちろん保護者が見に来ることなどなく、観客は生徒たちだけだ。

『体育祭なんてめんどくせー』とか愚痴っていた奴らも本番当日となるとソワソワとしてはしゃいでいる。


 そんな中、香月さんは深刻そうな顔をしてウロウロと歩き回っていた。


「緊張してるの? 大丈夫だって。あれだけ練習してきたんだから」

「いえ、まあ、それもあるんですけど」

「何かあったの?」

「実は吾郷あごうくんが来てないみたいなんです」

「あー、吾郷ね……」

「私は一応クラス委員長なんで体育祭運営に連絡したり、バタバタしてまして」


 吾郷はここ最近欠席が続いていた。

 それほど親交があったわけでもないし、香月さんの特訓で忙しかったので、それほど気にしていなかった。


「吾郷のリレー順って確か……」

「私がバトンを渡す相手です」

「そっか……」


 クラス対抗リレーは全員参加なので余裕はない。


「よし、じゃあ俺が二回走ろう」

「えっ……ルール的にそんなのいいんですか?」

「もちろん。クラスによって人数が違うから二回走る人もいるし」

「そうでしたね」


 早速その旨を先生に伝えに行くと、感謝されて代走を任された。


「でも二回も走ったら疲れませんか?」


 香月さんは心配そうに表情を曇らせた。


「ナメんな。これでも柔道で鍛えてきたんだ。二回走るくらい余裕だし」

「さすがです」

「香月さんは何にも心配せず、俺に向かって走ってきたらいい。二人でバトン練習もしたから俺が相手の方がやりやすいだろ」

「はい!」



 多少のトラブルもあったが、体育祭は無事始まり、競技が進んでいく。

 リレーが近づくにつれ、香月さんは落ち着かない様子に変わっていった。


 リレーが始まる前に声をかける。


「大丈夫。思い切りやって、楽しもう」

「そうですね」

「俺が待ってるから、全力で駆けてきて」

「はい! あ、でもやり過ぎたら明日筋肉痛かも」

「ははは。そんな心配いらないって。明日は休みだからマッサージしてあげるよ」

「やった! 楽しみにしてます」


 なんかうまいことマッサージの約束を取り付けられた気がするけど、それで香月さんがやる気を出してくれるなら安いものだ。


 一年生のリレーが始まると各クラス色めき立つ。

 香月さんは第五走者。男女混合だから相手が男子という可能性もある。


 チラリと様子を伺うと先ほどとは打って変わって気迫の乗った顔つきに変わっていた。

 緊張も解けて落ち着いたのだろう。

 あれなら心配ない。


 レースは序盤から白熱しており、第四走者の時点でうちのクラスは六クラス中五位という微妙な位置だ。

 みんなには悪いが俺は内心ほっとした。

 下手に上位だと香月さんが緊張しかねないからだ。


 バトンが渡り、香月さんが走り出す。

 練習の時より力が入ってしまっているものの、悪くないフォームだ。

 何よりいつもより速いようだった。


「香月さん、頑張れ!」


 みんなの声援に紛れるだろうが俺も声を張る。

 この喧騒の中、俺の声が聞こえたわけでもないだろうが、香月さんは走りながら俺の方を見た。


「行け! 頑張れ!」


 香月さんは顔を紅潮させ、必死に駆けている。

 そのすぐ後ろに後続の走者が近づく。

 幸い女子だが、香月さんよりやや速そうだ。


 射程圏内に捉えられたことに気付いたのか、香月さんは前を向き直して更に脚の動きを速めた。

 カーブを曲がり、あとは直線を残すのみだ。


「こっちだ! 香月さん!」

「相楽くんっ!」


 香月さんは大声を張り上げて俺のもとへと駆けてくる。

 後続の走者にはギリギリ抜かされていない。


「よくやった! ナイスファイト!」


 香月さんはにこやかに微笑む。

 バトンを受け取った俺は猛スピード先行する走者を追いかけた。

 背中から香月さんの「頑張って!」という声援が聞こえる。

 これだけ騒がしくても恋人の声なら聞き取れるものなんだなとはじめて知った。




「お疲れ様。速かったよ」

「ありがとうございます!」


 リレー後、俺たちは応援席から少し離れたところで話をしていた。

 一年生はリレーのあとの興奮でみんな散り散りになって話に夢中になっている。


「でも私がもう少し速ければ一位になっていたかも」

「いや、香月さんが頑張ったから二位にまでなれたんだよ」

「それにしても沖田さん、速かったですよねー」

「ああ。あそこで一気にトップになったもんな」


 沖田さんは中距離が専門だけど短距離でもかなり速い。

 よそのクラスの陸上部女子を次々抜いてトップに躍り出たときはかなり盛り上がっていた。


「相楽くんも速かったです」

「いや、そうでもないって」

「ううん。すごかったですよ。女子なんてみんなきゃあきゃあ騒いでましたもん」

「そうだった?」


 黄色い声援は聞こえていたが惚ける。

 香月さんと付き合ってから女子たちの俺に対する態度は変わっていた。

 女子からも人気のある香月さんの彼氏ということで信頼を得たのだろう。


「まあ俺はたくさんの女子にきゃあきゃあ言われるよりも香月さんに誉めてもらえたことの方が嬉しいよ」

「私もです。走ってるとき相楽くんの声援だけははっきりと聞こえましたもん」

「俺も。香月さんの声だけはしっかり聞こえてた」


 グラウンドの方で大きな歓声が上がり、振り返る。

 二年のリレーでなにやら大きな展開でもあったのだろう。みんな笑顔で声援を送っていた。


 長く尾を引くように続いていた残暑も、もはやうっすらと残るだけだ。

 ほんのりと砂埃とラインの石灰の香りがする秋の空気を吸い込むと、なんだか素敵なことが起きそうな胸騒ぎがした。

 香月さんと共に季節を越え、たくさんの思い出が増えていく。

 幸せなこの瞬間が永遠に続けばいいな。

 そんなことを願いながら香月さんの横顔をそっと見つめていた。



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無事体育祭も終え、次回はいよいよです!

今回も気合い入れてマッサージします!

お楽しみに!

そしてなぜかメンテナンス後にたくさんの方にフォローして頂きました。

ありがとうございます!

皆様のご期待に添えるよう、頑張りますので今後ともよろしくお願い致します!


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