二学期っ!

第48話 新しい季節

 夏休み明けの登校初日。

 例年の俺なら処刑場に向かう罪人のような気分だが、今年は違う。

 香月さんとの学校生活に期待し、新学期の始まりにワクワクしていた。


 マンションの入り口で香月さんがやってくるのを待つ。


「おはようございます、相楽くん」

「おはよう」


 久し振りに見る制服姿の香月さんは新鮮なようで、懐かしいようで、一言でいえばとにかくめちゃくちゃに可愛い。

 香月さんが着ればうちの制服も由緒正しい名門校のものに見えてしまう。


「二人で登校なんてちょっと緊張しちゃいますね」

「やっぱやめておこうか?」

「えー? ダメです。彼氏と登校って私の密かな夢だったんですから」


 付き合い始めてから香月さんはよくこんな可愛いことを口にする。

 どちらかというと真面目でキチッとした性格に思えていたが、意外と甘えるのが好きみたいだ。


「あ、でも彼氏が出来たからって見せびらかすように歩いてたらみんなに不快感を与えてしまいますかね?」


 香月さんは不安げに表情を曇らせた。


「そんなこと気にする必要ないだろ。人にどう思われるかとか、あまり関り合いのない人に気遣い過ぎて自分の人生を楽しめないのは本末転倒だ」


 控え目な性格は香月さんの素敵なところだ。しかしそれを気にしてばかりなのはよくない。


「人を不快にする言動はもちろん控えるべきだけど、自分が幸せになることや楽しむことで不快感を覚えるような人にまで気遣っていては何にも出来ないよ」

「なるほど。それもそうですね。さすが相楽くんです!」


 香月さんは感心した様子で頷く。

 SNSとかでも喜んでいる人や楽しんでいる人にやっかみに近い感情を抱く人はいる。

 しかしそんな意見に影響され過ぎるのも問題だ。


「とはいえ香月さんが躊躇うなら学校では内緒にするっていうのもひとつの手だと思うよ」

「いいえ。隠す必要なんてないんですから。私は自分の幸せを謳歌したいと思います!」

「そ、そう?」


 なんか変なスイッチをいれてしまったかもしれない。

 正直ファンが多い香月さんと付き合ってると知られたらちょっと面倒くさい。

 隠せるものなら隠しておいた方が学校生活は穏便に過ごせるだろう。


「じゃあ行きましょう!」

「ちょっ!? 手を繋ぐのはさすがにどうかと思うよ?」

「え? なんでですか?」

「他のカップルも手を繋いで登校はしてないだろ? あまりやり過ぎるといらないやっかみにあうからね」

「あ、そうか。そうですよね」


 並んで歩いているだけで通学中の生徒たちから視線をビシビシと浴びる。

 中にはあからさまに噂話をしている奴らまでいた。


「えっ!? 香月さん、彼氏出来たの!?」

「隣歩いているヤツ、誰?」

「なんか地味じゃね?」

「うわぁ! 嘘だ! 香月さんに彼氏が出来たなんて! しかもあんな奴が彼氏になれるなら俺にもワンチャンあったんじゃねー!?」


 ……皆さん、聞こえてますよ。そういうのは

 もう少し小声でお願いします。


「香月さんおはよー!」


 クラスの女子が駆け寄ってきて、さりげなく俺と香月さんの間に割って入る。

 俺が勝手に付きまとってると思ったのか、どこか香月さんを庇うような態度だ。

 少しギャルっぽい人だけど香月さんとは意外と仲がいい。


「あ、おはようございます、樹里じゅりさん」

「夏休み明けってだるいよねー」


 警戒されてるのはちょっと悲しいが、これも彼女が香月さんを守りたいという友情の現れだと思えば精神的ダメージも軽減できる。


「そうだ、樹里さん。ご報告遅れましたけど、私は相楽くんとお付き合いすることになりました」

「えっ……」


 樹里をはじめとして聞き耳を立てていた周囲の人たちが凍りつくのを感じた。


「ま、まじで?」

「はい」

「ちょっと、相楽! あんた香月さんを脅迫してるんじゃないでしょうね!」

「誰がそんなことするか!」

「脅迫だなんて。相変わらず樹里さんは面白いですね。私の方から告白したんですよ」


 空気を読まず香月さんはクスクスと笑った。

 辺りがざわついている。

 そりゃそうだ。

 天空の花と呼ばれる美少女がこんな冴えないヤツと付き合ったと知ったら誰でも驚く。

 ましてや香月さんの方から告白したなんて聞かされたらなおさらだ。


「マジなんだ……」

「はい」


 学校までの道すがら香月さんはこれまでの事情を説明する。

 さすがに本人も恥ずかしいのか、マッサージの下りはさらっと流していた。


「なるほどね。まぁ分かった。犯罪的なことがなくて安心した」

「どんな心配してんだよ」

「香月さんのこと泣かせるようなことしたらただじゃおかないからな?」

「当たり前だ。そんなことするか」


 噂は瞬く間に広がってしまったようで一日中視線を感じて生活した。

 ようやく下校時間になり、ヘラヘラと笑いながら陽祐と沖田さんがやって来る。


「相楽くんも大変だね」

「陽祐たちだって付き合い始めたのに不公平だ」

「そりゃ相楽はあんな美少女と付き合ったんだから仕方ないだろ」

「ちょっと陽祐、それどういう意味?」


 ひと言余計な陽祐は沖田さんにギロッと睨まれる。

 しかし今の陽祐は昔の陽祐とは違った。


「ばか。俺にとっては沖田の方が可愛いから」

「なっ……なに言ってんの? バカじゃない」

「おい。のろけならよそでやってくれ。俺は疲れてるんだ」


 アホらしくなるが、仲よさそうにしている二人を見るとなんだか嬉しくなる。





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