第34話 気ままな休日
約束の十時になると香月さんは息を切らして駆けてきた。
「すいません。支度に時間がかかってギリギリになってしまいました」
「そんなに急がなくてもいいのに。今日はのんびりするのが目的なんだから」
相変わらず生真面目な人だ。
ビデオを借りてからお菓子や食材の買い出しをして家に戻る。
お菓子とジュースを準備して、まずは香月さんの選んだ映画を見ることとした。
借りてきたのはハリウッドのラブコメだ。
お互いに騙そうとしている男女が次第に本当に恋をしていくという展開のものだった。
俺一人で借りにいったら絶対選ばない作品だろう。
ありがちな展開だとはすに構えて観ていたが、どんどんストーリーに引き込まれていき、最後には少しウルッとしてしまった。
「いいお話でしたね」
香月さんはウルッどころかかなり目を赤くして感動していた。
感受性が豊かなところもなんだかかわいい。
昼食は二人でパスタを作る。
相変わらずの腕前で、簡単に作ったとは思えない深い味わいだった。
昨日のように大忙しで遊ぶのも楽しいが、こんな風にのんびり過ごすのも悪くない。
「さて、午後はゲームする?」
「それもいいですけど、あの……」
「あ、もしかしてマッサージがよかった?」
さっきから脚を擦っているので痛いのかもしれない。
「よ、よかったら、お願いします」
「もちろんだよ。じゃあ横になって」
「き、着替えてきます」
香月さんは部屋を出ていき、タンクトップとスパッツで戻ってくる。
何度見てもこの軽装には少しドキッとしてしまう。
「あの……相楽くん」
「なに?」
「足つぼマッサージって出来ますか?」
「足つぼ? まあ、少しなら。でも足つぼって内臓系のものだよ? 歩き疲れとはあまり関係が……」
「さ、最近食欲がなくて……胃の調子が悪いのかも。あと肝臓とか腎臓も」
「ええ!? それはヤバイんじゃ!?」
「と、とにかくお願いします」
よく分からないが、それなら足つぼマッサージをした方が良さそうだ。
「ちょっと痛いけど大丈夫?」
「痛くてもいいんです。そういうのも、き、嫌いじゃないから」
「ふぅん?」
痛いのが嫌いじゃないなんて変わってる。
「じゃあ足を出して」
「こうですか?」
「そうそう」
脚はスラッとしているが、足の指はころっと可愛らしい。
角質のざらつきがなかったり、爪を綺麗に切り揃えているのはさすがだ。
「じゃあオイルを塗るね」
「きゃ……ヌメヌメしますね」
ゆっくり足全体にオイルを揉みこみつつ、親指で軽く押していく。
「い、痛っ……んぁっ」
「ごめん。痛かった?」
「気にせずしてください……ンンッ!」
肩をビクッと震わせ堪えている。
「無理しないで」
「だいじょおぶですからっ……もっ、もっと強く……」
「そ、そう?」
さすがに強く出来ないので軽く揉んでいく。
しかし気に入らないのか、香月さんは不服そうな目で睨んできた。
「優しいのは、嬉しいんですけど……今日はもっと荒々しくされたいです……」
「わかった」
本人の希望なら仕方ない。
親指に力をこめ、側足と土踏まずを圧した。
「ひぎっ!? ああっ……痛いっ! 痛いよぉ!」
どうせ緩めたらまた怒られるので無視して指圧していく。
「ひゃあっ!! だ、ダメっ! んああっ! さ、相楽くんっ! だめぇ!」
香月さんは可愛い顔にくしゃっとシワを寄せ、苦しそうに首を振る。
なんか苛めているみたいで心苦しい。
「やめないでね。おねがい……もっとしていいからっ……」
「言われなくてもやめないよ」
「ひっ……んあ、あああ、あっ……ひうっ!」
オイルでつるつるになった足の裏に親指を滑らす。
老廃物を押し出すイメージだ。
よほど痛いのか、香月さんは足の指をパーに開いてヒクヒクさせている。
「ごめんね……嫌いにならないでね」
「嫌いになんてならないよ」
「うれしいです……ああっ……痛いけど、気持ちいいの……」
「悪いものが溜まっていたんだね」
「そ、そうかも……」
濡れた瞳でほわっと笑う。
眉はぎゅっと力を籠めて歪めていた。
ぬるんっぬるんっと足裏を丹念に圧す。
柔らかな皮膚とその下の筋、そして骨のかたちも感じられた。
「いっ……いいっ……いうっ……うううっ……」
香月さんは唇を噛み、口を真一文字にしていた。
うっすらと額に汗を滲ませ、前髪が数本貼り付いていた。
「相楽くっ……んんんっ!」
感極まったように俺の腕を掴んでくる。
「楽にして……痛いのは分かるけど、力むとよくないよ」
「ッッ……はうっ……」
香月さんは細めた目で俺を見て、しきりに何度も頷いた。
ぐいっと強く土踏まずを圧しこんだ瞬間──
「んぁあああっ!」
大きな声をあげて背中を仰け反らした。
「ちょ!? 大丈夫!?」
「や、指、やめないで! おねがい! いまやめちゃダメです!」
「お、おう……」
よく分からないが効いているようだ。
「ぴゃううっううう!!」
香月さんの声が高く細く響く。
その声が途切れるまで、ずっと指圧を続けた。
肺の息をすべて吐ききるほど長く声をあげたのち、香月さんはヘナッと脱力する。
息で肩が揺れ、目許はうっすらと涙で滲んでいた。
「お、おつかれさま……」
「ごめんなさい……私、はしたなくて……」
香月さんは近くにあったタオルで顔を隠す。
その姿がなんだか背徳的で、思わず背筋がゾクッとしてしまった。
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