第32話 ハイスコアの心拍数
キャラメル味のポップコーンを買ったあと、シアター型アトラクションやゆっくりと動く穏やかなものに乗って、少し遅めのお昼となった。
テーマパーク内にはいくつものレストランがあり、それら一つひとつが個性的でアトラクションのようだった。
俺たちが選んだのは古きよき時代のニューヨークにあるカフェをコンセプトにしたところだ。
サラミと生ハムのピザとミートボール入りトマトパスタ、それにターキーレッグロースト、シナモンカップケーキを注文する。
二人でシェアするから結構な量を頼んでしまった。
「わっ! 美味しい!」
「ほんとだ。大したことないだろうって舐めてたのに」
本格的な味に驚く。
料理にもてを抜かないとは、さすがのクオリティだ。
「雰囲気も素敵だし、いいレストランですね」
「高くてもそれに見合う価値があって、さすがだよね」
壁には野球のグラブだとかアメフトのボールやトロフィーが飾ってある。
俺たちの席の近くの壁には新聞が貼られており、西部では金脈が見つかってゴールドラッシュだとか、フラフープが大人気だとか書かれている。
アメリカの歴史的には時代背景はハチャメチャなんだろうけど雰囲気は伝わってきた。
こうした細かいディテールが全体を更に精密にし、来園者を楽しませてくれていた。
「食事のあとはどうします?」
香月さんはマップをテーブルに広げてワクワクしていた。
いつもよりちょっとだけ子供っぽい姿に頬が緩む。
「そうだなぁ。これ乗ってみようか」
「えっ……ゴーストマンションって……お化け屋敷ですか?」
「ライド型だから怖ければ目を閉じてても勝手に進むよ」
「そ、そうなんですか……」
「もしかして怖いの苦手? おばけとか信じちゃうタイプ?」
「し、信じてません! そんな子どもじゃないですから!」
ムキになるのがまた可愛い。
そして可愛い女の子をちょっとからかいたくなるなるのが男の性だ。
「そうか。香月さんが怖いならやめておくか」
「怖くないですから! もう!」
「そう? じゃあゴーストマンションにしよう」
ノリで次の目的地を決めて向かう。
他のアトラクションから離れたところにそれはあった。
「へぇ……意外と本格的かも……」
夢とファンタジーの世界には似つかわしくないおどろおどろしさを感じさせる廃マンションが建っていた。
周囲には立ち入り禁止のテープが貼られてあるが、もちろん入場可能だ。
見上げる香月さんは顔を強張らせて固まっていた。
注意書きを読むと、このアトラクションは十二歳以上限定のようだ。
「やっぱりやめとく?」
「ま、まさか……さあ行きましょう!」
かくかくとした歩みで香月さんが向かっていく。
仕方ないのでその後に続いた。
並ぶ列の近くに古びたテレビが置かれており、行方不明のニュースが流れている。
どうやらこのマンションにやって来た人たちが次々と行方不明になっているらしい。
壁には悪ガキたちが描いたであろうスプレーの落書きがある。
でも描きかけで、絵の下には『HELP!!』と殴り書きされていた。
赤いスプレーなのか、それ以外の赤い液体なのか、判断が難しいところだ。
「描いてる最中に襲われたのかな?」
「な、なかなか凝ったディテールです。悪くないですね……あはは」
「顔色悪いよ? やめようか?」
「冗談はよしてください。怖いわけないじゃないですか」
「そのわりにはずっと俺の腕にしがみついてるよね?」
乗る前からこの調子だと先が思いやられる。
だんだん暗くなるエントランスを抜け、ライド乗り場が見えてきた。
キャストも黒いローブみたいなものを被り、なんだか不気味だ。
「これを装着ください」
キャストの一人が声をかけてきて香月さんは「ぴゃあッ!」と悲鳴を上げる。
甲高い声にキャストのお姉さんの方も驚いてしまっていた。
「これは?」
「リストバンドです。それで心拍数を計ります。ライドには発汗量や瞳孔を測定するものもついております。これでゲストの方の恐怖度を測定し、出口でその結果が分かります」
「へぇ。面白そう」
俺たちの番になり、ライドに乗り込む。
暗闇なのでどちらに進むのかも分からない。
「怖かったら目を瞑っててね」
「目を閉じたらいきなり大きな音とかして余計怖そうです」
がたがたがたんっ……
「ふひゃあ!」
「揺れただけだよ」
「も、もう帰りたいですっ……」
香月さんは俺の腕にぎゅっとしがみつく。
発汗量を測定するため手すりを握ってなきゃいけないのに、お構いなしだ。
「大丈夫だよ。お、俺がついてるし」
「はい……よろしくお願いします……」
香月さんは俺の顔を見上げながらぎゅっと更に強くしがみついてくる。
柔らかなものを押し付けられ、恐怖以外の理由で心拍数が上がってしまいそうだ。
ライドはガタガタと不安げな音を立てながらマンション内を進んでいく。
途中音を立ててお化けが飛び出してきたり、急加速しておばけから逃げたりする。
その度に香月さんは悲鳴を上げていた。
脅かす側からしてみれば最高のお客様だろう。
「もう嫌です……驚かせないでください!」
「おばけにそんなこと言っても……」
涙目の香月さんは恨めしげにおばけを睨んでいた。
もはや腕ではなく俺の身体に密着してしがみついていた。
最後は子供用ジェットコースター程度の速度でマンションから脱出する。
とはいえまっ暗闇で疾走するのでそれなりにスリリングだった。
ゴールに到着すると香月さんは大急ぎで乗り物から降りて出口へと駆けていってしまった。
「ちょ、待ってよ」
「ひどい乗り物でしたね。もう二度と乗りません」
「怖がりだなぁ」
「誰だって怖いですよ、あんなの!」
出口では写真販売と共に恐怖度測定の結果が出ていた。
「えっ!?」
結果を見て驚いた。
香月さんは恐怖度1568点という高得点を叩き出していたが、俺も1482点というかなりの数字だったからだ。
ちなみに前後の人たちは350点とか171点とかで、俺たちがいかにハイスコアを叩き出してしまったのかがよく分かる。
「なぁんだ。相楽くんも相当怖かったんじゃないですか」
「いや、これは、たぶん……」
香月さんが我を忘れて抱きついてきたことが原因だ。
恐怖じゃなく、ドキドキで心拍数が跳ね上がったのだろう。
しかしそんなこと言えるはずもなく口ごもる。
「無理しなくていいんですよ。怖いときは私を頼ってくださいね」
香月さんは誇らしげに胸を反らしていた。
俺の胸はまたドキドキと心拍数が上がっていく。
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