第30話 マッサージは時間をかけてゆっくりと。
たこ焼きパーティー当日。
準備を整えて待っているとチャイムが鳴った。
陽祐はいそいそと玄関へと向かうので俺もその後に続いた。
「落ち着けよ」
「分かってる」
ドアを開けると香月さんと沖田さんが立っていた。
「よ、よお、沖田。来てくれてありがとな」
「別に。香月ちゃんに誘われたから仕方なく来ただけだし」
沖田さんは傘立てに話し掛けるように顔を背けていた。
これは予想以上に厳しい展開になりそうだ。
「さあ作りましょう! 私キャベツ刻むんで沖田さんはタコとかウインナーとか具材を切ってください」
「いや、私は下手だから……」
「俺も沖田の切った具材食べたい!」
フォローのつもりか陽祐がおどけたが逆効果のようだった。
沖田さんに睨まれ、陽祐はしゅんと肩をすぼめる。
渋っていた沖田さんだが、香月さんがてきぱき動くのを見て手伝い始める。
確かに包丁を握る手元が危うい感じだ。
手慣れた香月さんと比べるのは酷だが、一般的に見ても料理が得意じゃないのは明らかだった。
完成したたこ焼きの種をダイニングテーブルに持っていき、加熱したたこ焼き器へと流し込んでいく。
お好み焼きと違い、たこ焼きの生地はしゃばしゃばと水っぽい。
これを焼いて固めていき、七割ほど焼けたらクルンっとひっくり返す。
香月さんは手際よく、面白いようにひっくり返していた。
しかし沖田さんはボロボロに崩してうまく出来ない。
しかも手間取るから焦げてしまっているものもある。
「あー、もう、やだ!」
「こうやって剥がすように回せばいいんですよ」
「香月ちゃん、なんでそんなに上手いわけ?」
「おばあちゃんとよく作っていたので」
これでは陽祐と沖田さんの仲直りどころか、更に沖田さんを凹ませるだけになってしまう。
しかしそこはさすが香月さん。
沖田さんの手を取り、コツを伝授していく。
お陰で沖田さんも少しづつ上達していった。
「さあ食べましょう!」
完成したたこ焼きの中から陽祐は素早く焦げてぐちゃぐちゃな沖田さんのものをピックアップする。
「ちょ……陽祐。嫌がらせ? その出来損ないのやつは私が食べるから」
「なに言ってんだよ。俺は沖田が作ったやつが食べたいんだよ」
「はあ? どうせまた悪口言いたいんでしょ!」
「んなことするかよ」
頑張れ、陽祐!
俺と香月さんは応援の視線を送っていた。
「うん! うまい! うまい!」
某煉獄さんばりの少ない語彙で料理を頬張る。
「なんかわざとらしい! ウソっぽい!」
「ほ、ほんとだって」
やはりそんな見え透いたお世辞では沖田さんの機嫌は直りそうもない。
「じゃあどこが美味しいのか言ってみなさいよ」
「そ、それはだなぁ……ちょっと焦げて苦いとことか、突っつき回してぐちゃぐちゃなとことか……」
「もういい! 陽祐は私の焼いたやつ食べるな!」
なんか余計怒らせてしまった。
陽祐も悪気はないのだから可哀想な気もするが、いかんせんフォローやお世辞が下手すぎる。
食事のあとはみんなでゲームをすることになった。
ミニゲームがたくさん詰まったパーティーゲームだ。
ゲームに慣れていない香月さんはなかなか勝てないが、それでも楽しそうにプレイしている。
だが沖田さんは勝ち負けを無視して陽祐の邪魔ばかりしていた。
堪えていた陽祐も怒りが抑えきれなくなっている。
「あはは! 陽祐ださ!」
「ちょ、やめろよ沖田!」
注意されても知らん顔で沖田さんは陽祐への妨害プレイを続けていく。
そしてついに──
「なんなんだよ、お前は! みんなが楽しく遊んでるのにいつまで拗ねてんだよ!」
「別に……拗ねてなんかないし」
「ちゃんと俺の目を見て話せよ」
「ウザい。なんなの?」
まずいことになってしまった。
場を納めようとしたが、香月さんに手を掴まれる。
香月さんは無言で首を振っていた。
ここは陽祐に任せようという意味なのだろう。
「料理のこととか悪かったと思ってる。でもいつまでも引っ張りすぎだろ。いい加減機嫌直せよ」
沖田さんはツンとそっぽを向いて唇を尖らせていたが、反論はしなかった。
なんとなくだけど叱られるのを待っていたかのように見えた。
「下手でもいいじゃん。一生懸命作ったんだから。これから上手くなるだろ」
「笑ったじゃん! 」
「それは本当にごめん……反省してる。せっかく沖田が俺のために料理を作ってくれたのに無神経だった」
陽祐が深々と頭を下げると沖田さんは気まずそうに視線を斜め下に向ける。
「私も、ちょっと大人げなかったし……ごめん」
なんだなあっさり仲は修復できたようだ。
結局沖田さんは仲直りをするタイミングを逸しただけのだろう。
「あ、そうだ。これ、やるよ」
陽祐は突然小さな袋を渡した。
「なにこれ?」
沖田さんが訝しげに開けると、中にはリストバンドが入っていた。
「え?」
「部活のときお前がしてるやつ、俺が昔あげたやつだろ? もうずいぶんボロボロだから新しいの買ってきた」
沖田さんはリストバンドをじっと見詰めたまま動かない。
「余計なお世話だったか?」
「い、いるよ! いるし!」
取られそうになり、沖田さんは慌てて抱き締めるように体を丸めてガードしていた。
「ありがと……」
沖田さんがそう呟いた瞬間、香月さんはそっと静かに立ち上がって俺の手を引いた。
あとは二人に任せて帰ろうということだろう。
俺も無言で頷き、もの音を立てないように陽祐の家をあとにした。
「なんとか仲直り出来たみたいでよかったですね」
「ああ。一時はどうなるかと思ったよ、まったく」
素直じゃない二人を見ているとほんとヤキモキする。
「陽祐も悪いけど沖田さんももう少し素直になったり、陽祐の優しさに感謝すべきだよなぁ」
そんなことを述べながら伸びをすると、香月さんが少し非難がましい視線を俺に向けていることに気付いた。
「えっ……なに? 俺、なんかした?」
「やっぱり相楽くんも『男の子の秘密コレクション』を持ってるんですか?」
「は!? な、なに言ってんだよ」
「男の子は日に焼けた爽やかなスポーツ女子や幼馴染みが好きなんですよね!」
「ち、違っ……それは陽祐の趣味だろ!」
どうやら奴のコレクションはその類いのものが多かったのだろう。
ていうかそんなコレクションを見た時点で沖田さんも陽祐が『自分に好意があるのでは?』とか思わなかったのだろうか?
「俺はもっと……なんというか、大人しいけど芯があって、可愛らしい女の子の方が好きだから……」
ボソボソっと答えると香月さんはボッと顔を赤くする。
「そ、そうですか……よかった……」
「え? なに?」
「な、なんでもありません! あー、なんか緊張してたから肩がこりました」
「へ? そう? 俺の部屋でマッサージしようか?」
「はい! お願いします!」
食い気味で元気な声が返ってくる。
「時間をかけてゆっくり揉んでくださいね」
「おう。わかった」
「あと私が『やめて』とか『もうダメ』って言っても無視して揉み続けてください」
「そうなの? なんで?」
「り、理由はいいですから。約束ですよ?」
「お、おう」
よほど凝りがひどいのだろうか?
香月さんは半歩俺に近づいて寄り添うように歩く。
手を握りたいという衝動を抑え、歩幅を合わせてゆっくりと歩いていった。
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