夏が終わるまでには

第29話 男の子の秘密コレクション

 夏休みは楽しいことだけじゃない。

 遊び呆けている間にも『恐怖の魔王』がジリジリと迫っている。

 そう、宿題だ。


 高校になれば宿題などないのだと思っていた。

 だが、それは甘い幻想だった。

 うちの高校はみっちりと用意されていた。


 しかしその宿題ですら、今年の俺には甘く楽しいイベントに変わっている。


「あー、ここですね。ここは少し難しくて」


 なんと香月さんが俺の部屋で二人きりで宿題をしてくれているのだから。


「なるほど……分かりやすい。香月さんは人に教えるのも上手いんだね」

「そんなことないです。相楽くんが理解するのが早いだけですよ」

「そんなことないって。先生に教わったときはちんぷんかんぷんだったし。香月さんは教える才能あるよ」

「本当ですか? ありがとうございます。実は将来小学校の先生になりたいなって思っているので、ちょっと嬉しいです」


 香月さんは少しだけ得意気に微笑む。

 こんなしあわせな夏休みの宿題ははじめてだ。


 ピンポーン……


 楽しい時間に水を差すようにインターフォンが鳴る。

 一人暮らしの俺の家にやってくると言えば宅急便か、勧誘か、もしくは──


「相楽ぁー。俺だ、陽祐だ」


 こいつくらいだ。


「なんだよ?」

「開けてくれよ。話があるんだ」


 いつもの陽気さがなく、なんだか切羽詰まっている。

 香月さんに振り返ると『どうぞ』と手で合図してくれた。


 香月さんが家にいるのを見られるのは色々面倒くさいが、陽祐ならば既にあれこれ知ってるし構わないだろう。




 家に上がった陽祐は香月さんを見て眉をぴくんっと震わせた。


「俺が辛い思いをしている最中に相良は香月さんといちゃついてたのか?」

「いちゃついてない! 宿題していたんだ!」

「同じことだ! 実にけしからん!」

「なにかあったんですか?」


 荒ぶる陽祐に香月さんが問い掛ける。


「実は沖田と喧嘩して……」

「なんだ。いつものことじゃねぇかよ!」

「違う! 今度はガチギレなんだよ! マジのやつだ!」

「沖田さんがそんなに怒るなんて……何があったんですか?」

「実は……」


 陽祐の説明によると、こういうことだ。

 陽祐の両親が旅行に行き、一人で留守番することとなった。

 留守中時おり様子を見て欲しいと頼まれた沖田さんは張り切って陽祐の家に来たそうだ。


 甲斐甲斐しく掃除や洗濯をする沖田さんだったが、料理はあまり上手じゃないらしい。

 そのことをからかうと沖田さんは顔を真っ赤にして怒り始めた。

 喧嘩はエスカレートし、掃除の最中見つけた『男の子の秘密コレクション』まで指摘され、陽祐もヒートアップしてしまった。

 そしてついに沖田さんは家を飛び出してしまい、それからは連絡しても既読スルー。電話にも出ないそうだ。


「それは完璧に陽祐が悪いだろ」

「分かってるよ、んなこと!」

「ちゃんと謝らなきゃですね……」

「そうしたいけど、連絡しても無視だし、家の前で待ち伏せても走って逃げるから」


 陸上部の沖田さんが本気で逃げたら陽祐では追い付けないのだろう。


「どうすればいいんだよ……」

「分かりました。では私が沖田さんと話してみます。それで解決策を探りましょう」

「マジで!? いいの、香月さん!」

「どれくらいお役に立てるか分かりませんが、協力させてください」

「ありがとう! マジ天使!」


 陽祐はペコペコと頭を下げて感謝を示す。


「ところで先ほどお話にあった『男の子の秘密コレクション』ってなんでしょうか? 沖田さんと話すのに知っておきたいのですが」

「あ、いや、それは……」

「もしかして相楽くんもお持ちなのでしょうか? 参考までに見せていただけると助かるのですが」

「そ、それは、ちょっと、なんと言うか……」


 俺も陽祐も口ごもってしまう。

 陽祐のせいで思わぬもらい事故だ。

 香月さんは不思議そうに首をかしげて俺たちを見詰めていた。




 数日後。

 沖田さんから状況を確認してくれた香月さんの呼び掛けで俺の家に集合した。


「状況はだいたい沖田さんから聞いて理解しました」


 香月さんの目付きが心なしか冷たい。

『男の子の秘密コレクション』がなんなのかを聞いてしまったのだろう。


「沖田さんはかなり怒ってます。そこで仲直りのためにホームパーティーをしようと思います」

「来てくれるかな?」

「私がなんとかします。だから陽祐くんはうまく沖田さんと関係を修復して謝ってください」

「ありがとう!」

「あとこれは私からのご指摘ですが、謝るだけじゃなくて伝えたいことがあれば伝えた方がいいと思います」

「えっ……い、いやいや。まずは謝るのが先決だし」


 陽祐は狼狽えながら手をパタパタ振る。

 ピンチをチャンスに変えればいいのに意気地のない奴だ。

 って俺も人のことは言えないけれど。


 ホームパーティーは陽祐の家。

 たこ焼きパーティーにし、みんなでプレゼント交換をする。

 なるべく陽祐に花を持たせるような演出も考えた。


 こうして陽祐、沖田さん仲直り計画が実行されることとなった。


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