第28話 本当の恋人
「でぃあー!」
気合いの声を上げてから襟元を掴んで投げようと試みる。
しかしいとも簡単に逃げられ、逆に投げられてしまう。
慌てて受け身を取ると、パーンと乾いた音が道場に響いた。
その後も背負い投げ、大外刈、一本背負いなどを狙うが父さんはびくともしない。
まるで巨木と組んでいるかのようだった。
軽々と何度も投げ飛ばされ続けていた。
彼女の前で息子に見せ場を作ってやるみたいな気はさらさらないようだ。
「どうした大樹? 終わりか?」
畳の上で倒れる僕を父さんが見下ろす。
全身汗だくで息も上がっている僕に対し、父さんは涼しい顔のままだ。
「頑張って! 大樹くん!」
香月さんは拳を握って僕を鼓舞した。
ここで終わるわけにはいかない。
力を振り絞って立ち上がる。
「うおぉおりゃあぁぁー!」
大声を張り上げて父さんの奥襟をつかむ。
身体全体を使い、大外刈をかける振りをした。
父さんは当然それに備えて力を籠める。
次の瞬間、押す力を一気に引く力に変えて巴投げに切り替えた。
父さんの身体がふらつく。
その隙を逃さず、そのまま投げ飛ばした。
父さんが受け身を取る音がパーンッと響いた。
「見事だ、大樹」
今のは明らかにわざと投げられた。
分かっていたが口には出さなかった。
「すごい! 相楽くんすごいです!」
香月さんは立ち上がり、大喜びで抱きついてくる。
「わっ!?」
「あっ……ごめんなさい……つい、興奮してしまい……」
「い、いや、うん……ありがと」
慌てて離れてモジモジしてしまう。
その様子を春花と父さんはにやにやしながら生暖かい眼差しで眺めていた。
練習後はひと休憩を挟み、母さんの墓参りにいく。
いつも父さんと春花がお参りしてくれているので雑草一本生えていなかった。
両手を合わせる香月さんの隣で僕も目を閉じ母さんに語りかける。
『ごめん。母さん。今日連れてきたこの女の子、香月悠華さんはまだ僕の恋人じゃないんだ。でも次連れてくるときは、きっと恋人として連れてくるよ』
さすがに亡き母さんには嘘を言えず、本当のことを伝えた。偽らざる自分の気持ちも添えて。
墓参りが終わると四時を回っていた。
父さんは『泊まっていけ』としつこかった。
さすがに香月さんを我が家に泊めるわけには行かない。
渋る父さんに駅まで送ってもらった。
「わざわざこんな田舎まで来てくれてありがとう。悠華ちゃん」
「こちらこそお邪魔しちゃってすいません。すごく楽しかったです」
「また来てね!」
父さんと春花は名残惜しそうに香月さんと話をしている。
「大樹もまた帰ってこいよ」
「ああ。ありがと」
「こんな駄目な息子ですけど、よろしくお願いします」
「いえいえ! こちらこそよろしくお願いします!」
電車がホームに到着し、僕らは乗り込む。
父さんは優しい目で僕らを見詰めていた。
「本当に恋人同士になったらまた挨拶にくるんだぞ」
「えっ!?」
僕らは声を合わせて目が点になる。
その瞬間列車のドアが閉まった。
動き出す車窓の向こうで父さんと春花が手を振っていた。
「バレていたんですね」
「ああ。そうみたいだな」
たぶん最初から気付いていたんだ。
それで知らない振りをして騙されてくれていた。
やはり父さんを騙せるほど僕の演技は上手じゃなかった。
なんだかおかしくて笑うと香月さんも笑い出した。
「あーあ。がっかりさせちゃったかな?」
座席に座ると香月さんは少しガッカリした様子で呟く。
「いや。むしろこんな駄目息子のために嘘をついてくれる女の子がいて嬉しかったんじゃないのかな?」
なんだかほっとした気分になり、眠くなってくる。
やはり父さんに嘘をつくという罪悪感で緊張していたのだろう。
それが失敗に終わり、心のどこかでホッとしている。
「駄目息子なんかじゃないですよ。お父様は相楽くんを自慢の息子だって思ってます」
「そうかな?」
「そうですよ。相楽くんを見るお父様の目はずっと優しくて、そして誇らしげでした」
眠気で香月さんの声が遠退いていく。
「もし……でしたら、その……わた……ほんと……こいび……いいですし……」
香月さんの声が途切れ途切れに聞こえ、かくんと頭が落ちる。
再び顔を上げることも出来ず、すーっと溶けるように眠りに落ちていってしまった。
「あっ!?」
目を覚ますと車窓はずいぶんと変わっていた。
「起きました?」
「ごめん。寝ちゃってた」
「朝早かったから疲れたんですね」
気付けば香月さんの上着がかけられていた。
冷房が強いから体を冷やさないようにしてくれたのだろう。
こんな気遣いもしてくれる素敵な女の子が、たとえ嘘でも一日彼女になってくれたなんて夢のようだ。
「ありがとう」
上着を返すと香月さんはにこっとそれを受け取った。
「それと、今日は本当にありがとう。こんなことに付き合ってくれて」
「ううん。楽しかったです」
「そう? ならよかった」
「あ、あの……」
「なに?」
「よ、よかったら、また、連れていってくださいね」
「もちろん」
なぜかモジモジとする香月さんに俺は再び故郷に連れていく約束をした。
夏の夕日が車内に射し込み、やけに眩しい。
逆光を浴びた香月さんは光輝く女神のように美しかった。
────────────────────
これにて第三部終了です!
互いに惹かれ合う二人は夏休み中に結ばれるのでしょうか?
そんなことはどうでもいいからマッサージシーンを増やせといえ声も聞こえてきます。
更に二人の距離が縮まっていき、焦れったくも甘々な胸焼け展開が待ってます!
今後ともよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます