第27話 男を見る目がない
家の周りをぶらぶらと歩いていると犬を連れた女性が前からやって来る。
「あれ? 大樹?」
「おう、西野」
西野は小学校からの幼馴染みだ。
別に好きでもなかったが友だちにノリで告白させられ、そしてフラれた相手だ。
会いたくないほどではないけど、気まずい空気は感じる相手だった。
「夏休みだから帰ってきたの?」
「いや。日帰りで今日帰る」
隣で香月さんが『誰ですか?』という視線を俺に向けてくる。
西野は怪訝な表情で俺と香月さんを交互に見ていた。
「この人は幼馴染みの西野。こっちがクラスメイトの香づ──」
「はじめまして。大樹くんの彼女の香月悠華です」
俺の紹介を遮り、香月さんが自己紹介をする。
しかもなぜか俺の腕にしがみつきながら。
「か、彼女ぉ!? 大樹の!?」
西野は信じられないという顔になる。
そりゃそうだろう。
これといって取り柄のない俺がこんな美少女と付き合ったと聞いたら誰でも驚く。俺でも驚く。
っていうか実際は彼女ではないのだが、彼女紹介で帰省した手前、否定するわけにもいかなかった。
「ま、まぁ、そうなんだ」
「なんで大樹ごときがこんな可愛い子と付き合ってんの?」
「大樹くんが好きだからに決まってるじゃないですか。ちなみに私から告白しました」
香月さんが即答する。
なぜか少し鋭い目付きで西野を睨んでいた。
「ふぅん。そうなんだ?」
西野は嘲笑う顔になり、見下すように香月に笑いかける。
「大樹は中学のとき私にコクってきたんだ。もちろんソッコーでフッたけど」
「そうなんですか。ありがとうございます。おかげで私が大樹くんと付き合えました」
香月さんはニコッと笑って会釈する。
その笑顔はゾクッとするほど冷たいものを感じさせた。
「香月さん、だっけ? 変わってるよね。大樹なんかとつきあうなんて」
「西野さん、でしたっけ? あなたこそ大樹くんの素敵なところに気付けないなんて可哀想な人ですね」
「は?」
「大樹くんは優しいし、強い人だし、それにカッコいいのに。西野さんは男性を見る目がないんですね」
二人は静かに睨みあう。
西野もそれなりに整った顔をしているが、香月さんと比べたらヒロインとモブキャラレベルに見劣りしてしまう。
本人もそれを理解しているのか、気まずそうに顔を歪ませていた。
「犬の散歩途中だから。じゃーね」
西野は目を逸らして逃げるように立ち去っていった。
「すいません。相楽くんの幼馴染みなのにあんな酷いこと言ってしまって」
「いや。別にいいよ」
「なんだか相楽くんをバカにしてるみたいで、カチンときちゃいまして……」
香月さんは反省した様子で頭を垂れる。
「気にすることないよ。そろそろ帰ろうか」
そっと手を握ると香月さんは「はい」と恥ずかしそうにそっと握り返してきた。
恋人の振りをしてくれているとはいえ、なんだか本当に恋人になった気分がしてドキッとした。
家に帰ると寿司とピザ、ブライドチキンがテーブルに並べられていた。
「なに、これ?」
「せっかく息子が彼女連れて帰ってきたんだ。お祝いだよ」
「出前取りすぎだろ! こんなに食べられるわけないだろ!」
「遠慮するな! さあほら、悠華ちゃんも食べて!」
「いただきます!」
その量に多少面食らった様子だが香月さんは嬉しそうに食べる。
彼女のいいところは気取らずしっかり食べるところだ。
上品な食べ方でゆっくりとだけどきっちり食べる。
そんなところも魅力に感じていた。
とはいえさすがにこの十四人前みたいな量をたったの四人で食べきれるはずもなく、かなり残ってしまった。
「すいません。残してしまって」
「いいんだって、香月さん。こんな量はじめから食いきれるわけがない」
「お寿司以外の残ったものは保冷バッグに詰めるから持って帰ってくださいね!」
春花が甲斐甲斐しく詰めはじめる。
ちょっと見ないうちに成長したものだと嬉しくなった。
「さ、行くぞ、大樹」
「行く? どこにだよ?」
「バカ。決まってるだろ。道場だよ」
「はあ!? なんでそんなとこに」
「お前が彼女連れてきたら道場で稽古するって決めてたんだ」
「勝手に決めんな。てか香月さんは柔道なんかしたことないから」
「なに言ってんだ。稽古するのは大樹に決まってるだろ。それを悠華ちゃんに見てもらうんだ」
もうこの人、言ってることがめちゃくちゃだ。
「すごい! 見てみたいです」
「ほら悠華ちゃんも見たがってるぞ」
「食べてすぐ動けないから」
「仕方ないな。じゃあ三十分後だ」
一度言い出したら聞かない性格なのは分かっているので逆らわなかった。
しかもまさか香月さんが見たがるとは意外だ。
休憩後、胴着に着替えて道場に向かう。
なぜか香月さんと春花も胴着に着替えて正座していた。
道場の畳は夏場でもひんやりとしていて気持ちいい。
エアコンをかけずに窓を開けており、涼しい風が吹いていた。
都会と違い緑の多いこの辺りは暑いとは言ってもからっとしており、暑さの質が違う。
この土地を出て帰ってきたからこそ知る事実だ。
「じゃあはじめるぞ」
父さんはすくっと立ち上がる。
決して大柄ではないが、気迫のオーラを纏った姿は巨大な熊を思わせる迫力があった。
長い付き合いだから目を見れば分かる。手加減をする気はなさそうだ。
「お願いします」
一礼をして父さんと対峙する。
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