第25話 亡き母
待ち合わせの駅に向かうと既に香月さんは到着していた。
「ごめん。お待たせ」
「あ、相楽くん。私もいま来たところです」
香月さんは白い丸襟が可愛らしいネイビーのワンピースを来ていた。
腰の高い位置にあるベルトと袖口が赤色でコントラストも美しい。
「へ、変、ですか?」
「あ、いや。可愛いなって見惚れちゃっただけ」
「そ、そうですか? 嬉しい。ありがとうございます。お気に入りのワンピースなんです」
ワンピースが可愛いんじゃなくてそれを着た香月さんが可愛いのだが、敢えて言うのも照れくさいのでそのまま流す。
「さあ、行こう。もうすぐ電車が来るよ」
「はい!」
俺の実家はここから電車を乗り継いで一時間半ほど行ったところにある。
それほど遠いわけではないが通学出来る距離ではない。
「相楽くんの生まれ育ったところってどんなところなのか、楽しみです」
「別になんにもないどこにでもある田舎だよ。田んぼや畑が多いし、店も少ない。観光名所ってほどのものもないしね」
「のどかなところなんですね。いいなぁ」
「そうかな? まあ小学生の頃は虫捕りしたり川で釣りしたり、それなりに楽しかったけど」
「そんなことが近所で出来るんですか!? すごい!」
都会育ちの香月さんは田舎に幻想的な憧れを抱いているのだろう。
実際住むと車がないと買い物も大変だったり、不便なことも多い。
「あー、でもお父様やお母様と会うと思うと今さらちょっと緊張してきました」
香月さんは口を真一文字に結び、胸に手を当てて深呼吸をする。
「あ、そうだ。前に教えていただいた緊張をほぐすツボ、また圧してもらえませんか?」
「実は香月さん……言ってなかったことがあるんだ」
「え?」
香月さんは手を差し出した姿勢で戸惑っていた。
「隠していた訳じゃないんだけど……うち、母さんがいないんだ」
「え?」
「二年前に……交通事故でね……」
「そう……だったんですか……知らなかったとはいえ、すいません。お母様を思い出させるようなことを言ってしまい」
「いや。いいんだ。香月さんはなにも悪くない」
香月さんは申し訳なさそうに頭を下げていた。
「悪いのは……俺なんだ」
「相楽くんが!?」
「ああ。俺のせいで母さんは事故に遭った」
母さんは元々目がよくなかった。
だから一応免許は持っていたが運転することはほとんどなかった。
それなのに俺は部活の帰り、疲れたなんて言う理由で母さんに迎えに来てと連絡をしてしまった。
その道中、母さんは事故を起こし帰らぬ人となってしまった。
あのとき俺がさっさと自分で帰っていれば、もう少し母さんのことを気遣っていれば、母さんは死ぬことはなかった。
「そうだったんですか……」
途絶え途絶えに語った俺の説明を聞き、香月さんは頷く。
「なんだかあの家にいると、あの町にいると、胸が苦しくて……だから遠く離れた高校に通うことにした。俺が母さんを殺したのに、俺はそのことから逃げたかったんだ」
自分でも驚くほど声が震え、目が熱くなる。
泣いているところを見られなくて、慌てて俯いた。
次の瞬間、香月さんが腕を回して俺の頭をギュッと抱き締めてきた。
「相楽くんが殺したんじゃないです」
「違うっ……俺が甘えたことを言ったから」
「ううん。違います。それは違いますよ」
香月さんに力強く抱き締められ、堪えていた涙が止まらなくなった。
「大丈夫。悪くない。相楽くんは悪くないです。大丈夫」
香月さんはそう言いながら俺の頭を撫でる。
母さんが死んだとき、周りの人は「運命だった」とか「人はいつか死ぬ」とか言って俺を励ました。
でもその言葉を聞くたび胸が苦しくなった。
責めていないと分かっていたけど、なぜだか責められている気がして仕方なかった。
でも香月さんはただ「悪くない。大丈夫」と繰り返す。
死の記憶が遠ざかったからか、単に香月さんの声だからか、その言葉にすごく癒される。
香月さんの手は孫をあやすおばあちゃんのように優しくて温かかった。
きっと香月さんもこんな風におばあちゃんに慰められていたのだろう。
真綿のような優しさに包まれて心が安らいで行くのを感じていた。
「ごめん。ありがとう」
「落ち着きましたか?」
「ああ。おかげさまで」
香月さんの腕からするりと抜ける。
なんだかちょっと恥ずかしい。
「もうすぐですね」
俺の涙のあとを見て見ぬふりをするためか、香月さんは遠い目で車窓を眺める。
景色はすっかり田園風景に変わっている。
地元に近付くにつれ胸がざわついていたけど、今は落ち着いていた。
香月さんのお陰だろう。
「ああ、もうすぐだ」
もうすぐで俺の生まれた町に着く。
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