第22話 夏と花火と思い出と
日が沈みかけた午後六時過ぎ。
自転車で近くの公園に向かうと既に香月さんは到着していた。
「ごめん。お待たせ」
「いえ。楽しみすぎて私が早く来すぎたんです」
今日は約束していた花火の日だ。
陽祐たちの家の近くに臨海公園があり、そこは花火をしても問題ないらしい。
少し遠いので俺たちは自転車で向かうことにしていた。
「こんな遅くに家を出て大丈夫?」
「はい。父は今日出張でいませんし、母は相楽くんが一緒なら安心だって」
「俺、そんな信頼してもらってるの?」
「はい。母は相楽くんのこと、大好きですから」
「そうなんだ?」
一度会っただけなのにそんなに言ってもらえるなんてなんだか嬉しかった。
下り坂に差し掛かり、生温いけど心地いい風を浴びる。
「友だちと花火するの、ずっと夢だったんです」
「ずいぶんと慎ましい夢だな」
「だってうちの父は夜に友だちと遊ぶなんて絶対許してくれませんでしたから」
お互い自転車に乗りながらだから自然と声が大きくなる。
あまり離れないよう、少し速度を落として香月さんの隣を走った。
住宅街を抜け、小さな工場から機械油の香りがした。
退勤ラッシュの車の脇を自転車で追い抜き、中途半端に古びた橋を走って川なのか海なのか微妙なところを渡る。
「疲れた?」
「ふふっ」
「なにがおかしいの?」
「だって相楽くん、いつも私の体調ばかり気にするから。私はそんなに病弱な子じゃないですよ」
「そっか。それは失礼しました」
「ううん。気遣ってくれてありがとうございます」
そう言いつつも香月さんの息が次第に切れてきた頃、ようやく待ち合わせ場所の公園に辿り着く。
「おー! 相楽! 香月さん!」
「暗くなる前に間に合ったな」
「お待たせしてすいません」
「自転車で来たんだ? 相楽くんの後ろに乗せてもらえばよかったのに」
「二人乗りは禁止ですから」
香月さんは自転車を止めて沖田さんに駆け寄る。
頻繁に連絡を取りあっているのか、ずいぶんと打ち解けているみたいだ。
「きれいなとこだな」
「だろ?」
思わず呟くと自分が誉められたように陽祐が笑う。
「素敵な景色……」
「私と陽祐はよくここで遊んでたんだ」
沖田さんも嬉しそうに微笑んでいた。
夕日が落ちて海がオレンジ色に輝いている。
遠くの工場やビルが黒く塗りつぶされたシルエットに見えていた。
バケツに水を組み、花火を用意し、僕らは心を躍らせながら辺りに夜が訪れるのを待っていた。
「じゃあよくここで陽祐くんと花火もしてたんですか?」
「うん。親同士も仲良くってね。小学生の頃は毎年ここで花火をしてたの」
「思い出が詰まった場所なんですね。私にはそんな思い出ないから羨ましいです」
香月さんは目を細めて寂しそうに笑った。
時おり見せるそんな表情を見ると、胸が切なく疼く。
「これからこの場所に思い出を詰めたらいいだろ」
「え?」
「色んなことを経験して楽しい思い出を詰めていこう。その時間はまだまだたくさんあるんだし」
「はい! そうですね」
香月さんはニコッと笑い、勢いよく頷いた。
なんかちょっと恥ずかしいセリフだったかなと顔が熱くなるが、香月さんを元気づけられたみたいで嬉しかった。
日が沈み、辺りが暗くなってろうそくに火をつけた。
それぞれ花火を持ち、導火線に火をつける。
香月さんはおっかなびっくりといった感じで腰が引けている。
花火は慣れてないのだろう。
「きゃっ!」
勢いよく火花が散りはじめ、香月さんはビクッとなる。
「怖くないよ。ほら、こうすると」
俺は手に持った花火で宙に円を描く。
「わぁ、きれい」
「香月さんもしてみて」
「はい。わあ、すごい」
花火の灯りに照らされ、香月さんの無邪気な笑顔が赤くぼんやり浮かぶ。
火薬の香りと潮風が混ざり、夏の尊さを感じた。
はじめは恐る恐るだった香月さんだが次第にテンションも上がり、次々と花火に火をつけていく。
ティンカーベルが魔法を使うように花火の光を揺らしていた。
「あー、もう終わりかぁ」
「陽祐がケチって小さいの買うからだよ」
「結構デカイの買ったし!」
陽祐と沖田さんは相変わらずだ。
「またやればいいだろ。最後はみんなで線香花火やろう」
「おし! じゃあ誰が一番長持ちするか勝負な!」
「はい。自信ありませんが、よろしくお願いします!」
みんなが一本づつ持ち、一斉に火をつける。
パチパチっと火花を散らし、赤い光がゆっくり
玉になっていく。
「相楽くんの、おっきいですね」
「そう? 香月さんのも大きいよ」
「大きさじゃない。長さを競うんだよ」
「なにそれ? 陽祐のちっちゃくない?」
「うっせー。大きい方が落ちやすいんだよ! あっ……」
沖田さんに茶化されて熱くなって無駄な手の動きをしたからか、陽祐の線香花火が真っ先に落ちてしまった。
それを笑っていた沖田さんの火種も落ちてバケツからジュッと音がなる。
次第に弱々しい光になった俺の花火も消え、最後に残ったのは香月さんの線香花火だった。
「すごい! 香月さん優勝じゃん!」
「慣れてないとか言ってたのに」
「たまたまです」
謙遜しつつも香月さんは少し得意気な表情で、ジジジと音を立てる花火を見詰めていた。
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