第19話 いつもの口論

 ぐるりと一周回る頃には香月さんもだいぶシャチに乗るのが慣れてきていた。


「シャチ乗ります? 面白いですよ」

「いいの? 俺が乗ったら香月さん泳がないといけないんだよ?」

「あ、そっか」


 香月さんは改めて水の流れを眺めていた。

 泳げないことはないようだが、流れが速いこのプールで泳ぐ自信はなさそうだ。


「じゃ、じゃあ二人でシャチに乗りましょうか?」

「え?」

「ほら、これ、大きいから二人でも乗れますよ」

「いいの?」

「はい。どうぞ」


 そう言って香月さんはひしっとシャチにしがみついて少し前にずれる。

 どうやら俺が後ろに乗る体勢のようだ。


「じゃあ、失礼して」


 シャチに跨がると重みでドプッと沈みこんで左右に揺れた。


「きゃあっ!」

「うわっ!?」


 バランスが崩れたシャチはそのまま横転し、俺たちは縺れるように水中へと投げ出された。

 ゴーグルをしてなかった香月さんは目をギュッと瞑りもがいている。

 慌てて抱き締めて立ち上がった。


「大丈夫!?」

「ぷはっ! は、はい! 平気です」


 足がつく深さなので心配するほどじゃないけど、突然だったのでかなり焦ってしまった。

 興奮して抱き締めたままだったので慌てて離れる。


「ご、ごめん」

「いえ。助けてくださり、ありがとうございます」


 なんだか気恥ずかしい空気が漂ってしまう。


「おーい! 相楽! やっと追い付いた!」


 背後から浮き輪を持った陽祐がやって来る。


「陽祐がふざけてばっかだからすごい時間かかっちゃったよ」

「はあ? 沖田が浮き輪ごと俺をひっくり返そうとするからだろ」


 二人は恒例の口喧嘩をはじめる。

 おかげで微妙な空気は霧散した。


「あれ、相楽。シャチは?」

「忘れてた!」


 気付けばかなり流されて遠くへ行ってしまっている。

 急いで泳いで捕まえた。


 香月さんと沖田さんがシャチにタンデム乗りし、俺と陽祐が押して何周かプールを回った。

 何度か転倒し、その度に俺は香月さんを救出したが、沖田さんは泳ぎが得意なので助ける必要がなかった。

 思いどおりに進まず、陽祐はすいすいと泳ぐ沖田さんを恨めしげに眺めている。

 頑張れ、陽祐……



 ひとしきり泳いでからお昼を摂ることになった。

 施設内は財布を持ち込むことが難しいので、お会計は手首に巻いたロッカーキーで行うことが出来る。


 いくつかある店の中からハワイスタイルのビッグサイズのハンバーガーが食べられる店を選んだ。


「午後はウォータースライダーだね!」


 沖田さんがポテトを噛りながら提案する。


「楽しみです!」


 密状態を避けるためウォータースライダーは一人一回しか利用できず、時間も指定されていた。

 それでも閉鎖されているよりはありがたい。


「ここのスライダーって大きなチューブに二人乗りで滑るんだ?」

「そうみたいだな」


 事前に調べて知っているくせに、俺たちパンフレットを眺めながらいま知ったみたいな口調で話す。


「じゃあ俺と沖田、相楽と香月さんでいいよな?」

「は? なんで私が陽祐とペアなの? 香月ちゃんがいいんだけど?」

「そ、それは、ほら、香月さんはまだ足が完全じゃないから、俺が庇いながら乗るんで」


 苦し紛れの理由を述べると「じゃあ仕方ないか」と沖田さんはあっさり引き下がる。

 照れくさそうな顔を見ると、なんとなく一度反発しただけなのかなという気もした。

 沖田さんもかわいいところがある。


「香月さんもそれでいい?」

「はい。私はもちろんそれでいいです」


 香月さんも恥ずかしいのか、はにかみながら頷いていた。



 しかしそんな余裕もウォータースライダーの階段を上るまでであった。


「ほ、本当にこんな高いところから滑り落ちるんでしょうか?」


 階段の手すりをギュッと掴みながら香月さんは眼下の景色に怯える。

 ちなみにまだ半分くらいしか階段を上っていない。


「真っ逆さまに落ちる訳じゃないから大丈夫だって」

「私、高いところ苦手なんです」

「滑るのはチューブの中だから下は見えないよ」

「でも……」

「そんなに怖いならやめておく?」


 そう提案すると香月さんは上を見上げてから首を振る。


「いえ。頑張ってみます」

「そう? じゃあ行こう」

「でも怖いんで階段は手を繋いでもらっていいですか?」

「う、うん。いいけど」


 手を握り階段を上る。

 前を行く沖田さんと陽祐は既にかなり先に行ってしまっていた。


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