第18話 流れるプール

 プールは電車で三十分ほど移動する屋内型の施設にした。

 連絡先を交換した香月さんと沖田さんは既に仲良くなったらしく、楽しげに会話していた。


「沖田とプールなんて小学校以来だな」


 陽祐は打ち合わせ通り過去の思い出から攻める作戦を開始する。

 やや芝居がかった口調なのは大目に見てやろう。


 それにしても恥ずかしがって積極的に動かないかもと思っていたが、予想外にやる気を出しているようだ。

『沖田さんは結構モテる』という俺の発言が効いたのかもしれない。


「そうだ。思い出した。陽祐は泳げなくて浮き輪を離さなかったんだっけ」

「ろ、六年の頃には泳げたし!」

「シャチの浮き袋も独り占めして全然貸してくれなかったよね」

「そんな古いこと覚えてねーし!」


 せっかく懐かしい話で好感を得るつもりが逆効果だ。

 過去の行いが悪かったとはいえ、なんだか陽祐が可哀想になる。

 仕方ないから話を逸らせることにした。


「香月さんは泳ぐの得意?」

「いえ。泳げなくはないんですけど、得意ではないです」

「そっか。じゃああんまり無理しないでね」

「相楽くんは得意なんですか?」

「まあまあかな。速くはないけどそれなりには泳げるよ」

「そうなんですね。じゃあ溺れかけたら助けてください」


 香月さんはニッコリと微笑む。

 命に変えても助けたくなる笑顔だ。


「相楽くん泳ぐの得意なんだ? じゃあ私も助けてもらおう」

「お、沖田は俺が助けるだろ!」

「は? 陽祐泳げないのにどうやって助けるわけ?」

「だから今は泳げるっつーの!」


 陽祐がつっこむと沖田さんもおかしそうに笑っていた。

 口では辛辣だけど、やはり陽祐のことは悪く思ってないんだろう。

 素直じゃない二人だ。




 着替えを追え、浮き輪やシャチの浮き袋を膨らませていると女子も着替えてやってきた。


「お待たせー!」

「遅くなり、すいません」


 水着姿の二人を見て、俺たちは思わず「おおー!」と声を上げてしまった。


 香月さんはマリンボーダー柄のタンキニの水着だ。

 肌の露出は抑え気味だが胸の膨らみは意外と目立つ。

 一方沖田さんはフリルのついたオフショルで、普段の活発なイメージとは違う大人っぽさがあった。

 陸上部で日焼けしているが、焼けてない白い肌も露出しておりなんだか艶かしい。


「じ、ジロジロ見んなっ!」

「いいじゃん。似合ってるぞ沖田」

「そ、そう? 変じゃない?」

「全然。よく似合ってる」


 陽祐が誉めると沖田さんは顔を赤くして「ありがと」と身体を擽ったそうにモジッとさせる。

 なかなかいい感じだ。

 俺も負けられない。


「香月さんも似合ってるね」

「そ、そうですか? よかったです。水着を持ってなかったので沖田さんと買いに行ったんです」

「へぇ。わざわざ買いに行ってくれたんだ?」

「はい。中学生の時に使っていた水着で行こうとしたら、その……入らなくて……」

「な、なるほど……」


 思わず視線を胸元に向けてしまうと、香月さんは恥ずかしそうにバスタオルで胸元を隠した。



 プールは入場制限をしているからさほど混んではおらず、俺たちはひとまず流れるプールに入った。

 思ったよりも勢いがよく、シャチにしがみついた香月さんは流されてしまっていた。


「ふぁ!? と、止まって! きゃあ!」


 あたふたした様子が可愛らしいが、可哀想なので潜水して捕まえに行く。


「大丈夫?」

「あ、相楽くん。よかった。はぐれちゃうかと思いました」

「大袈裟だな」

「あれ? お二人は?」


 振り返ると浮き輪にしがみついた陽祐に沖田さんが水をかけて煽っていた。


「相変わらずだなー」

「ほんと、陽祐くんと沖田さんはなかよしですね」

「なかよしというか、なんというか……」


 意図せずうまいこと二手に分断できたので、シャチに跨がった香月さんを押すように泳ぐ。

 南国をイメージした施設なのでジャングルみたいな景色だ。


「わっ、相楽くん、前方にものすごく急な流れがありますっ!」

「よし、突撃だ」

「えっ!? 危ないですよ!」

「しっかり掴まっててね」

「きゃあっ!」


 勢いよく流れる箇所に差し掛かると一気に加速する。

 水しぶきが上がり、香月さんはギュッと目を瞑って笑っていた。


「あー、怖かった」

「落ちずに通過できたね。うまいうまい」

「少し慣れてきました!」

「そう? よし、じゃあ揺らしてみよう」

「わっ!? ちょ、やめてくださいよぉ!」


 香月さんはシャチにひしっと抱きつく。

 なんだかシャチのやつが羨ましくなる。

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