第15話 逆願い神社

 神社の参道にはいくつかの屋台が並び、浴衣を着た人がちらほらと歩いている。

 香月さんと一緒に行くと約束したのはこの辺りの地元の人しか訪れない小規模なお祭りだった。


 その方が人目に付かなくていいということもあったし、密になる恐れもないからだ。

 壁にもたれて待っていると紺地に花柄が鮮やかな浴衣を着た香月さんがやって来た。


「すいません。お待たせしました」

「浴衣着てきてくれたんだ?」

「はい。せっかくのお祭りなんで」

「じゃあ俺も浴衣買えばよかったな」

「相楽さんの浴衣姿、きっと似合うと思います」


 お世辞でも香月さんにそんなことを言われると嬉しくなってしまう。


「さ、行こうか」

「はい。まずはお参りですね!」


 いきなり屋台に向かわないところは、さすが真面目な香月さんだ。

 しかしここの神社はやや高台にあるので階段を上らなければならない。

 浴衣に下駄では歩きづらいだろう。


「大丈夫?」

「はい。平気ですよ」

「そっか。すっかり足もよくなったな」


 リハビリももう必要なくなったと思うと少し寂しいが、元気になるのが一番だ。


「あ、いや、まだ痛いかも。たまに筋肉痛になりますし。マ、マッサージは、その、これからもお願いしたいです」

「へぇ? そう? 分かった」


 普通に歩いているし、揉んだ感じもなんともないが、まだ完全ではないようだ。

 俺としてはマッサージがあればこれからも頻繁に会えるからありがたい。


 長い階段を上りきって振り返ると、息を弾ませた香月さんの後ろに夕焼けの町が広がっていた。


「綺麗な景色だね」

「本当ですね。苦労して上った甲斐がありました」


 香月さんと眺めたこの景色を瞳だけでなく心にも焼き付ける。

 十年先でも思い出せるように。


 本殿の前はそれなりに人がいて、俺たちは賽銭を投げて手を合わせた。


 ずっと香月さんと一緒にいられますように。


 香月さんには思いを伝えられないくせに、神様になら赤裸々に告げられる。

 そんな自分がおかしくてにやけてしまった。


「なにをお願いしたんですか?」

「内緒だよ。香月さんは?」

「私も内緒です」


 香月さんは目を細めて微笑んでいた。


「知ってた? ここの神社って『逆願い』で有名らしい」

「逆願い? なんですか、それ?」

「願い事が絶対に叶わなくなるから、わざと反対のことを願うといいんだって」

「ええーっ!? どうしよう……私普通にお願いしちゃいました。なんで最初に言ってくれなかったんですか!」

「うそ。冗談だよ」

「えー! もう! イジワルしないでください!」


 ポカポカと叩かれる。意外と信じやすい性格のようだ。


「ごめんごめん。ちゃんと願った通り叶う神社だよ、ほら」


 立て札を見ると『無病息災』『学業成就』『商売繁盛』『恋愛成就』と書かれてあった。

 いいとこ取りで適当に並べたようなご利益だ。


「本当だ。これなら安心ですね」


 香月さんは嬉しそうに目を細めた。

 怪我をしたばかりでまだ本調子じゃない香月さんにとって無病息災は大切なことだろう。

 たまたまだけどご利益のある神社でよかった。



 参拝のあとは境内に並ぶ屋台へと向かう。

 焼きそば、お好み焼き、りんご飴と目移りするが、香月さんが真っ先に向かったのは射的だった。


「あった! ありましたよ!」

「おお。懐かしい」


 昔はよく親にせがんだものだけど、どう足掻いても取れない景品が多いと知ってからはやらなくなった。

 ここは比較的取りやすそうなお菓子やら安っぽいおもちゃがあるので安心出来る。

 久し振りにしてみるのも面白そうだ。


「昔から一度してみたかったんですよね」

「したことないの?」

「はい。父がこういうの好きじゃなくて」


 浴衣の袖をまくり、香月さんがコルクの弾をこめる。


「よし、じゃあ俺はあのラムネの山を狙う」

「ラムネなんて欲がないですね。じゃあ私はあそこのクマさんのぬいぐるみを」

「あんな大きいものを!?」

「どうせなら大物が欲しいじゃないですか!」


 どれでもちゃんと取れると思ってるようだ。

 小学二年生レベルの純真無垢さが愛らしい。

 この世のからくりを説くのも可哀相だし、射的屋のおじさんにも嫌がられそうなのでそっとしておく。


 狙いを定めて打つが一発目はラムネを掠めて飛んでいってしまった。

 故意か経年劣化か知らないけど、銃身が歪んでいるようだ。


「あー、惜しい。それなら……」


 今度はわざと少しずらして撃ってみる。

 ポコンっと当たりはしたがラムネの山はぐらつくだけで落ちない。


「わー! やった!」


 カランカランっとベルが鳴り、香月さんが飛び跳ねる。


「え?」


 見ると香月さんは景品を落としていた。

 狙っていた人形の隣にあったベーブレイドのおもちゃだ。


「すごいな、香月さん!」

「えへへ。狙ってたものとは違うんですけどね」


 香月さんは照れながら細い腕でガッツポーズをしていた。


 結局俺はなにも落とせず、勝負は香月さんの勝利となった。


 かき氷とたこ焼きを買い、屋台が用意していたベンチで並んで食べる。

 安っぽい味もお祭り独特の感じがして悪くない。


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