夏休み突入!
第14話 お母さんにご挨拶
夏休み初日。
緊張しながら歩く僕のとなりで、香月さんはにこやかに笑っている。
「やっぱり制服の方がよかったかな?」
店のショーウインドウに映ったポロシャツにチノパンの格好を見て香月さんに問いかける。
「ううん。よく似合ってますよ」
「でも香月さんのお母さんに挨拶するのに軽装過ぎないかな?」
「うちの母なんてそんな大層なものじゃないですよ」
何がどうしてそうなったのか分からないが、香月さんのお母さんが俺に会いたいと言ってきたらしい。
そのためこうして香月さんの家に向かっている。
香月さんと親しくなって一ヶ月以上経過したが、家に行くのははじめてだ。
「ここが家です」
「えっ……? こ、ここ?」
煉瓦の塀に囲まれた瀟洒な洋館だ。
やっぱりこの格好ではまずかった。改めてそう感じる。
「ずいぶんと立派な家なんだな……ははは……ちょっと帰って着替えてくる」
「そんなことないです。古いだけで。うちの母の実家なんです」
「へぇ。そうなんだ?」
「父は婿養子ではないんですけど、母の願いで実家に住んでくれたそうなんです」
「なるほど……」
厳しい人と聞いていたから怖くて融通が効かないと勝手に思い込んでいたが、そうでもないのかもしれない。
門を開けて庭に入るといろんな花が咲くガーデニングが鮮やかだった。
玄関も広く、数々の調度品が品よく並べられている。
「いらっしゃい!」
廊下の奥から香月さんと顔立ちがよく似た、美人で若々しい女性が小走りでやって来る。
姉妹はいないって言っていたからお母さんだろう。
「お、お邪魔しますっ。香月さんのクラスメイトの相楽翔悟と申しますっ」
「まあ! イケメンじゃないっ!」
「えっ……い、いや。そんなことないですけど……」
「柔道していたって悠華から聞いたからもっと熊みたいな人を想像しちゃってた」
「お母さん! 失礼だよ! ごめんね相楽くん」
予想外の陽気なキャラのお母さんに驚いてしまう。
「さあ上がって!」
「お邪魔します」
出されたスリッパもふかふかだ。
綺麗に磨かれた木目の美しい廊下を歩いてお母さんについていく。
「悠華のリハビリを手伝ってくれてたんですよね。ありがとうございます」
「いえ……そんな大したことはしてません」
リビングのソファーに座り、緊張しながら紅茶を頂く。
香月さんがどこまで話しているのか分からないので、様子を伺いながら話をしていた。
「この子ったら最近は口を開けば相楽くんのことばかりで」
「えっ!?」
「ちょっと、お母さん! もう!」
普段は落ち着いている香月さんもお母さんの前では照れたり甘えたり怒ったり普段と違う表情を見せてくれる。
「テストのときも助けてもらったみたいで」
「いえいえ! それこそ香月さんの努力の賜物で、僕なんかはなにも……」
「悲観ばかりしないで明るい未来を想像することを教えてくれたんでしょ? 助かるわ。この子はなんでも深刻に捉えすぎて重くなりすぎるから」
「それだけ真面目で真剣だってことなんだと思います。逆に俺はそんな香月さんが偉いなって尊敬してますし」
はじめは確かに俺も香月さんの見た目に惹かれた。
それは否定しない。
しかし人柄に振れるうちにその内面性に惹かれていった。
「悠華を尊敬? またまたぁ」
「本当です。香月さんは人に感謝し、それを返そうという綺麗な心の持ち主だと思います。それに学力が高くてもそれに驕らないし、努力も惜しみません。人間としてとても尊敬出来る人だと思ってます」
「へぇ。悠華をそんな風に見てくれてるんですね。ありがとう」
お母さんは優しい笑顔になり、その隣で香月さんは顔を真っ赤にして俯いていた。
ティーカップにじっと視線を落としている姿がなんだか可愛かった。
でもよく考えれば勢いで言ってしまったけど、なかなかとんでもない発言をしてしまった気がする。
突然恥ずかしくなり、顔が熱くなってきた。
変な空気になりかけ、気を紛らせるようにお茶を飲む。
「相楽くんは彼女いるの?」
「へ? あ、いや……いませんけど」
「まあ! じゃあ悠華と付き合えばいいのに!」
「ぶふぉっ!?」
「ちょっ!? お母さんっ!」
ど真ん中の直球160㎞を投げられ、お茶を吹き出してしまった。
悠華さんが慌てて拭いてくれる。
「あらあら、大変」
「お母さんが変なこというからでしょ! もうっ!」
「はいはい。じゃあ退散します。ごゆっくり」
お母さんが退室すると微妙な空気で室内が満たされた。
香月さんは顔を赤くして、既に拭く必要のない僕のシャツやズボンをいつまでも拭いてくれていた。
「お、面白いお母さんだね……」
「自由すぎる母ですいません。本当に、もう……」
香月さんは申し訳なさそうな表情でお母さんに怒っていた。
この勢いで「じゃあ付き合っちゃおうか!」とは、さすがに切り出せなかった。
もし告白なんてしてフラれたらと考えると、今のままの関係で十分だと思ってしまうヘタレな俺だ。
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