第13話 期末テスト
テスト当日の朝がやって来た。
クラス内では最後の悪あがきのようなざわつきが起きている。
教科書片手にどこが出題されそうだとか、昨日は何時まで勉強しただとか、緊張しているものの真剣さは少ない。
それもそうだ。
みんなにとっては一年の一学期の期末試験に過ぎない。
でも香月さんにとっては違う。
毎回自分の『自由』を賭けて、大きすぎる父の期待を背負い、父に反対してくれた母の思いを裏切らないため、戦っている。
香月さんを見ると、一人席に座り教科書を開いてガチガチに緊張していた。
恐らく学力の方は問題ないだろう。
問題は精神面の方だけだ。
『緊張せずにリラックスしてテストに臨みます』
昨日香月さんは笑顔でそう語っていたが、直前になり緊張が勝ってしまったのだろう。
ここは僕が何とかしてやらなければいけない。
「香月さん、ちょっといい?」
「へ? あ、はい」
普段学校では会話をしないようにしていたが、今だけはそうも言ってられない。
香月さんと二人で教室を出て人気のない屋上に通じる階段の踊り場に移動した。
屋上への扉の鍵はかかっており、使わないパイプ椅子などを置いている場所だ。
「緊張を解くツボがあるんだ」
「そんなものがあるんですか?」
「手を貸して」
差し出された香月さんの手を取る。
「手のひらの真ん中にある
「んっ……」
「力を抜いて。意識をゆっくり呼吸に合わせて」
「はい……」
「心臓の動く音を感じて」
「すごいドクドクいってます」
「ゆっくり息を吸って、長く細く吐いて」
言われた通りに香月さんは静かに深呼吸をする。
強張った顔も少しだけ和らいでいった。
「これが終われば夏休みだ。大丈夫。いつも通りやれば問題ないから」
「ありがとうございます」
どこまで効くか分からないが、少なくとも香月さんは少し落ち着いてくれた様子だった。
「楽しいことを考えて。きっとうまくいく」
「はい。お祭り、連れていってください。約束です」
「もちろん。焼きそばでもりんご飴でも買ってあげるよ」
「私、射的をやってみたいんです」
「射的? オッケー、分かった。じゃあ俺と勝負だな」
にっこり笑った香月さんに、もう緊張の色は見えなかった。
────
──
テストの結果が職員室の前の廊下の壁に貼り出されていた。
たくさんの生徒が集まり、その結果について盛り上がっている。
中でも一番大きく聞こえたのは──
「やっぱトップは香月さんかー」
「美少女で頭がいいとかチートだな」
「なんか結構お嬢様らしいな。欠点とかないのかよ」
「頭の作りが違うんじゃね?」
香月さんについての噂話だった。
真面目に勉強してることも、プレッシャーに押し潰されそうなことも知らず、みんな好き勝手に言っていた。
不快に感じてその場を立ち去る。
香月さんが努力して苦しんでいたことを、俺だけは理解してあげたい。そう感じていた。
「あっ」
「ッッ……」
誰もいない廊下でバッタリと香月さんと遭遇した。
珍しく彼女は一人だった。
「貼り出し、見たよ。おめでとう」
「相楽くんのお陰です」
「んなことないって。香月さんの実力だよ。あんなマッサージで成績よくなるなら、みんな苦労しない」
「いえ。そうじゃなくて……」
香月さんはほわっと仄かに頬を染めた。
「お祭りの約束が楽しみで、頑張れました」
その笑顔は映画のワンシーンのように美しく、時間が止まったように胸を鷲掴みにされた。
「お、おう。役に立てたならよかったよ」
「約束、守ってくださいね」
「当たり前だろ。一度言ったことは曲げない性格だし」
「それなら心強いです」
香月さんはとっとっとと駆け足で去っていく。
思わずその後ろ姿に見惚れてしまった。
もう何度も放課後に会って、さすがに最近は慣れてきたつもりだったけど、頭がぽーっとなる。
香月さんとお祭りに行けるなんて、夢のようだ。
夏休みが待ち遠しくて仕方なかった。
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