第9話 妹様、襲来

 さすがに翌日から登校は無理だったが二日後には学校にも行けた。

 相変わらず学校では香月さんとの絡みは少ないが、時おり目で会話をする。


『今日は暑いね』

『今の問題分かりました?』

『お弁当美味しかったですか?』


 俺の勘違いかもしれないけどなんか通じあってて嬉しい。

 でもたまにじっと見てきて、目があった瞬間に逸らされるのはなんの合図か分からない。



 そして迎えた週末。

 今日はお昼過ぎに香月さんがやって来てリハビリする予定となっている。

 軽くマッサージをしてからウォーキングの予定だ。


 ガチャッ……


 ドアの開く音がして時計を見る。

 まだ正午になったばかりだ。

 やって来るには早い。


「やっほー、お兄! 元気?」

春花はるか? どうしたんだよ、いきなり」

「その言い方はひどいんじゃない? 可愛い妹が遊びに来てあげたのに!」


 春花はぷくーっと頬を膨らませて子供っぽく怒る。

 今年で中学二年生なのにまだまだ子供っぽさが抜けない。


「悪かったよ。それで可愛い妹様はどういったおねだりに来たのかな?」

「ひどーい。なにか要求がなきゃ来ないみたいな言い方じゃない」

「そうか。なにも要求はないんだな?」

「マッサージして!」

「そんなことだろうと思ったよ」


 春花はテニス部に所属しており、しょっちゅう捻挫やら筋肉痛やらに悩まされていた。


「ていうかマット敷いてマッサージの準備してるし。ほんとは私が来るのを予想して準備してたんでしょ?」

「いや、これは……」


 クラスメイトの女子のために用意していたとは説明しづらい。


「この前ネットで見たけど兄妹って離れた場所にいても不思議と心が通じ合うみたいだよ」

「それは双子の話だろ。俺らは二歳違いの兄妹だから違うし」

「ま、細かいことはいいから」


 春花はマットにゴロンとうつ伏せになる。

 色々詮索されても面倒だからさっさとマッサージをして帰らせよう。


「最近脚がりやすいんだよね。あと疲れが溜まってるのかふくらはぎとか太ももが重い感じがして」

「なるほどな。脚が攣るのは寝る前にストレッチするといい。こうやって足首を回したりして」


 骨と筋ばかりの細い脚だった春花もここ一、二年でずいぶんと皮下脂肪が付いて丸みを帯びてきた。


「かなり無理してるんじゃないのか? 結構凝ってるぞ」

「まあ大会近いし。練習はハードだよ」

「無理して身体壊したら意味ないからな」


 ふくらはぎをプニップニッと指圧していく。


「んー……。やっぱお兄のマッサージは最高だねぇ……」

「兄をなんだと思ってるんだ」

「ぎゃわっ!? そんな痛くしないでよ! 痛たた! 痛いってば!」


 兄を敬わない罰として強めにツボを刺激する。


「ひゃううっ! ご、ごめんなさいっ! 許して!」

「まったく……」


 太もももパンパンだ。

 運動するのはいいが、もうちょっと身体も労りながらしてもらいたいものだ。

 これまでは一緒に暮らしていたからしょっちゅうケアをしてやれたが、今はそうはいかない。

 それに部活だけでなく家事でも忙しいのだろうが、はるはそれを口にしない。

 その気遣いが切れ味の悪い刃物みたいに俺を苦しめた。


「あー、そこそこ。そこが痛いんだよね」

「こうするとどう?」

「あっ! い、痛っ……ふぁあっ!」

「だいぶ疲労が溜まってるな」

「あうぅっ……も、もぉいいってば。だめ」

「そうはいかない。しっかり揉んでほぐさないと」


 逃れようと悶える春花を押さえてマッサージを続ける。

 動き回るからやりづらくて仕方ない。

 香月さんはグッと堪えるからやりやすいのに。


「…………なにしてるんですか?」

「なにってマッサージを……え?」


 顔を上げるとどよーんと死んだ目をした香月さんが俺を見下ろしていた。


「えっ……誰?」


 妹も驚いた顔で香月さんを見上げていた。

 マッサージに没頭しすぎてて時間が経つのも、香月さんがやって来たことにも気付いていなかった。


「私以外に他の女の子にもマッサージしてたんですね?」


 顔、怖っ!

 同じ日にマッサージのダブルブッキングをしたと思って怒ってるのかな……?


「違うんだ、香月さん。妹が勝手にやって来て」

「いもうと……?」

「私、妹の春花です! はじめまして!」


 春花はささっと起き上がり、ペコッとお辞儀をした。


「身体が痛いからマッサージしてもらおうって勝手に来ちゃいました」

「そ、そそそうだったんですか! 失礼しました! 私、てっきり……」


 香月さんは気の毒なくらいあたふたしている。


「もう、彼女が来るなら言っておいてよね!」

「か、かかか彼女って……」


 香月さんは顔を真っ赤にして棒立ちになる。


「バカ、違うっ! 香月さんはただのクラスメイトだ!」

「え、ええ……そうです。ただのクラスメイトですよ」


 なぜか香月さんはじとっと俺を睨む。

 言葉が悪かったのかもしれない。

 友だちと言うべきだったかな?


「なんでただのクラスメイトが合鍵で家に入ってくるのよ?」

「それはだな……」


 面倒だがきちんと説明をする。

 じゃないと俺が女の子を連れ込んでるとか親にむちゃくちゃな報告されそうだ。


「それで香月さんのリハビリを手伝っているってわけね」

「そういうことだ」

「ふぅん……」


 春花は物言いたげな目で俺と香月さんを交互に見る。

 気の毒なことに香月さんは恥ずかしそうに俯いていた。


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