第7話 お見舞い
頭がくらくらする……
昨日雨に濡れたのにちゃんと乾かさずにそのままにしていたせいだろう。
熱を測ると38℃を越えていたので学校を休み、一人家で寝ていた。
これまで何度も風邪を引いたことはあったし、辛いながらも何とかしてきた。
しかし独り暮らしで風邪を引くことがこんなに大変だとは思わなかった。
食べなければ治りも遅くなるのだろうからお粥でも作りたいが、その気力が湧かない。
そもそも食欲がないのだから苦労してまでキッチンに立とうと思えないのだ。
汗をかけば着替えるけど、その洗濯もままならない。
しかも迂闊な俺は風邪薬すら常備していなかった。
熱が上がり悪寒が走り、頭は割れるように痛い。
まるで砂漠で行き倒れるような孤独と不安を抱えながら、ベッドに横たわっていた。
熱が出たときはしょっちゅう悪夢を見る。
少し寝ては魘されて起きるということを繰り返した。
まるで無間地獄をさ迷うかのようだった。
人の気配を感じて目を開ける。
目の前には香月さんの顔があった。
どうやらまた夢を見ているようだ。
でも今回は厭な夢ではなく、香月さんが出てくる素敵な夢だ。
「相変わらず可愛いなぁ香月さん……」
「わっ!?」
香月さんは驚いた顔をして慌てて俺から離れる。
「えっ!?」
ぼやけていた視界がはっきりとしていく。
どうやらこれは夢じゃない。
現実だ。
「えっ!? なんで香月さんが!?」
「か、かかか勝手に上がってごめんなさいっ! インターフォン鳴らしたけど応答がなくて……もしかして倒れているんじゃないかと心配してしまいまして、それで、その……」
「ああ、なるほど。そういうことか」
鍵は以前渡していたから心配して来てくれたのだろう。
て言うか、いまの独り言聞かれた!?
思い沈黙が数秒流れる。
「ぐ、具合はいかがですか?」
「一日寝てたから少し良くなったよ」
「もしかして朝からなにも食べてないんじゃないですか?」
「まあ、食欲もないからいいんだけど」
「駄目です。ちゃんと食べないと良くなりませんから。部屋も散らかってますし掃除もさせてもらいます」
「そんなことまでしなくていいから。なんだか申し訳ないし」
「いいですから、相楽くんは寝ててください」
香月さんは衣類をまとめて部屋を出ていった。
(変わった様子もないし、どうやら独り言は聞かれなかったみたいだ。助かった……)
しばらくすると洗濯機が動き出す音が聞こえてきた。
(まさか香月さんが来るなんてな……ビックリした)
まだ心臓がドキドキしてしまっている。
来ると分かっていたら掃除しておいたのに……
しばらくするとお粥を持った香月さんが戻ってきた。
「食欲ないと思いますから食べられるだけでいいですからね」
「ありがとう」
温かな湯気の香りを嗅ぐと急にお腹が鳴った。
ひと匙掬って食べると熱い感覚が喉を通り、空っぽの胃に温かな感覚が広がっていく。
ほんのり塩味のお粥に梅干しが添えてある。
噛ってみると口の中に爽やかな酸味が広がった。
「美味しい。ん? うちに梅干しなんてあったっけ?」
「これは私が家で漬けているやつなんです。しょっぱすぎませんか?」
「これ香月さんのお手製なの!? すごいね。塩加減はちょうどいいよ」
まさに『ちょうどいい塩梅』というやつだ。
それにしても梅干しまで漬けているんだ。
料理が上手で丁寧だけど、そんなことまでしているなんて意外だった。
「おばあちゃんみたいですよね、梅干し漬けてるなんて。引きました?」
「いや、全然! むしろすごいなぁって尊敬した。すごく美味しいし」
「おばあちゃんから習ったんです。でも私の梅干しはおばあちゃんに比べたらまだまだです」
「そうなんだ。これより美味しいなんて想像つかないな」
「もっとおばあちゃんに色々習いたかったなぁ」
遠い目をして微笑む香月さんを見て、おばあちゃんはもう会えない遠い場所に行ってしまったんだと理解する。
「おばあちゃんと仲が良かったんだね」
「ええ。うちは両親ともに忙しい人なんでおばあちゃんと一緒にいることが多かったんです。お裁縫や料理など家事全般は祖母から学びました」
「だからしっかりしてるんだね」
「全然しっかりなんてしてないですよ」
優しさと気遣いは落ち着いていて押し付けがましさがない。
言われてみれば香月さんからはおばあちゃんのような温かなオーラが流れている。
決して年寄りくさいとかじゃなく、安らげる空気感だ。
春の日の草原でなにもせずただのんびりと座っているような心地よさだ。
まあこの美貌に見つめられたりすると安らぐどころかドキドキしちゃうんだけど。
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