第6話 香月さんのお弁当
リハビリ開始から十日。香月さんの脚の具合は大分良くなってきたようだ。
普通に生活を送る分には然したる問題もないだろう。
でも激しい運動はまだ厳しいようで、体育の時は控え目に動いていた。
(この調子ならリハビリもあと少しで終われるかな?)
快復に向かっていることをほっとする反面、残念な気持ちもあった。
香月さんは脚の不調を治すために放課後俺の家にやって来ている。
健康になればもう俺の家に来ることもないだろう。
怪我の後遺症がなくなるのは嬉しいことだが、やっぱり寂しい。
────
──
お昼休みになり、見慣れない包みが鞄の中に入っていることに気付いた。
「ん? なんだ、これ?」
中を確認するとお弁当だった。
それと共に小さなメモ書きが入っている。
『差し出がましいようですが、お弁当を作ってみました。良かったら召し上がってください。香月悠華』
(香月さんが俺のためにお弁当をっ!?)
休み時間にでもこっそり入れてくれたのだろうか?
彼女の丸っこくて綺麗な文字にドキドキしてしまう。
「よう、相楽! パン買いに行こうぜ! って弁当持ってきたの?」
「うわぁあっ!」
陽祐がやって来たので慌ててお弁当を隠す。
「なに? お前まさか彼女がお弁──」
「よ、陽祐! 飯食いに行こうか!」
陽祐の言葉を遮って立ち上がる。
幸い教室内はざわついていたので俺たちの会話に気を取られた様子の人はいなかった。
教室を出る瞬間、チラッと香月さんを見る。
香月さんも俺の方を見ており、ほんのり恥ずかしそうに微笑んでいた。
「さて、説明してもらおうか?」
校庭の奥にある雑木林に着くと陽祐が怒りを滲ませた笑みを浮かべる。
「独り暮らしの相楽がなんで弁当なんて持ってきてるんだ? 自分で作ったとかいうウソはナシだぞ。 正直に言わないと呪い殺すからな」
「これは、その……」
下手に誤魔化しても仕方ない。
俺は素直に説明する。
「香月さんに作ってもらったんだ」
「…………は?」
陽祐の顔から笑みが消えた。
その表情は『無』だった。
「香月って、あの香月悠華のこと?」
「そう。その香月さん」
「いやいやいや……あり得ねーし!」
陽祐は大声で笑い出す。
「なんであの学校一のアイドルが相楽に弁当なんて作るんだよ! ウケる! それなら自分で作ったというウソの方がましだろ!」
ゲラゲラと笑う陽祐を見て、どうリアクションしていいか分からない。
作り笑いすら出来ない俺を見て、陽祐は次第に笑いを小さくしていった。
「……マジなの?」
「これ」と言ってお弁当と共に入れられていたメモを見せる。
それを読んで陽祐の表情は強張った。
「なんで相楽が香月さんに弁当作ってもらえるんだよ! ちゃんと説明しろ! 聞いた上で呪い殺すから!」
「結局呪い殺されるのかよ!?」
仕方ないので歩きづらそうにして困っているところを助けた経緯を簡単に説明する。
その後リハビリの手伝いをしていることも伝えた。
しかしその時点でかなり興奮していたので、家に来てマッサージをしたり、家事をしてもらっていることなどは伏せておいた。
「なんだよ、そのハチャメチャな展開は! くそー! 羨ましい!」
「ちょっ、やめろって!」
陽祐は俺の髪の毛をグシャグシャっと乱してくる。
でも本気で怒ってはいなさそうだ。
否定はしているが陽祐は沖田さん一筋だ。他の女子には興味がないのだろう。
「まさか相楽が学校ナンバーワンのアイドルと付き合うなんて」
「だから付き合ってないって! 話聞いてたか?」
「だってお弁当作ってきちゃうんだろ? 付き合ってるよ、それ。確実に彼女。いや、むしろ嫁?」
「なんでそうなるんだよ。ただのお礼だろ」
陽祐が変なこというから妙にドキドキしてしまう。
「まあ相楽はなにげに見た目がイケてるからな。地味な存在だから目立たないけど」
「んなことないって。てか陽祐の方がモテるだろ? なんで彼女作らないんだよ?」
「そ、それは……別に興味ないからだ」
話を逸らすためにからかうと予想以上に効果があった。
陽祐が彼女を作らない理由は沖田さんに告白する勇気がないからだ。
「付き合っちゃえばいいじゃん。沖田さんとかどう?」
「はあ!? なんで俺があんな色気のない女なんかと!」
顔を真っ赤にする陽祐をにやにやと見ながら香月さんの作ってくれたお弁当を食べる。
さすが香月さんの作る料理は冷めても美味しい。
「俺にもくれよ!」
「あげるわけないだろ」
「ケチ!」
「陽祐も沖田さんに作ってもらえよ」
「はあ!? だからどうして沖田が出てくんだよ!」
陽祐をからかうのは面白い。リアクションがほとんど小学生レベルだ。
俺はニヤニヤ笑いながら香月さんの弁当を味わっていた。
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