第4話 秘密のリハビリ
「なあ」
陽祐がツンツンと俺の脇腹を突っつきながら声をかけてくる。
「つっつくな。なんだよ」
「最近香月さん、更に可愛くなったと思わねぇ?」
「知らないよ」
「またまたぁ。惚けるなよ?」
「なにも惚けてないし」
香月さんとのことは陽祐にも内緒にしていた。
しかし鋭いこいつはなにか勘づきつつあるようだ。
「恋する女性はきれいになるって言うけど、元々きれいな香月さんが恋をするとヤバいくらいきれいになるんだな」
「いいのか、そんなこと言って。さっきから
指摘するとようやく陽祐は沖田さんに睨まれていることに気付いた。
沖田さんと陽祐は幼なじみだ。
傍目からは付き合っているようにしか見えないが、本人たち曰く『あんなのと付き合うはずがない』だそうだ。
沖田さんはジトーッと陽祐を睨みながらやって来る。
「きれいきれい連呼してマジキモい。ハンドソープのCMみたい」
「はあ? 沖田も少しは香月さんを見習って可愛らしくしろよ。一生結婚はおろか彼氏もできないぞ?」
「よ、よけいなお世話だ、バカ!」
この二人は仲がいいのか悪いのかわからない。
いつもこの調子で喧嘩している。
さっさと付き合っちゃえよと思うが反論がうるさいので心の中に留めておく。
まぁなんにせよ陽祐の勘繰りを避けられたので俺は満足だ。
「さて、今日もリハビリ頑張ろう」
「はい、お願いします」
放課後は香月さんと二人で近所の運動公園にやって来ていた。
動きやすいようジャージに着替えている。
濃紺にピンクのラインが入ったよくあるジャージだけれど香月さんが着るとやけに上品なものに見えるから不思議だ。
「無理せず疲れたら休むからね」
「ありがとうございます」
運動公園に来ているからといって、走ったり運動したりするわけではない。歩くだけだ。
無理な運動は余計に負担をかける。
それよりは正しい姿勢でしっかり歩くことが大切だ。
マッサージはあくまで痛みを取ったり凝りをほぐすもの。
基本は歩いて体を慣らすことだ。
だからこうして一緒に歩いている。
とはいえ──
「俺と歩いているところを学校の人に見られたらまずくない?」
「見られてもマスクして帽子も被ってるから私たちだってわからないと思いますよ」
「確かにそうか」
俺らは激しい運動をしている訳じゃないからマスクをしている。
「もし見られたって同じクラスじゃなきゃわからないと思いますよ。まだ一年生の六月なんですから知り合いも多くないですし」
「いや、まあ、俺はそうかもしれないけど……」
「私だって友だち多くないですから同じです」
どうやら香月さんは自分が一年全体はおろか、二年、三年にまで名前が轟いている美少女だという自覚はないようだ。
「そ、それに別に私は相楽くんと一緒にいるのを見られてまずいことはないですし……」
消え入るような声でボソボソっとなにかを言ったようだがよく聞こえなかった。
顔も赤いし、疲れて声が出ないのかもしれない。
「ちょっと休もうか」
「はい」
ベンチにならんで腰かけて公園を眺める。
日が長くなってきているのでこの時間でも明るく、ジョギングをする人の姿もあった。
「脚、痛くない?」
「大分ましにはなりましたけど、骨折した方の脚は太ももとかふくらはぎに若干違和感がありますね」
「そっか。ちょっと失礼」
断りをいれてから太ももに触れる。
確かに筋肉が張っていて痛そうだ。
軽く指で押してみる。
「ぴゃあっ!?」
「あ、ごめん。この辺りが痛い?」
「い、痛くはありませんけどっ……あんっ……」
香月さんは俺の腕にしがみつき、頭をぽすっと胸に押し当ててきた。
「ふくらはぎも無理な力が加わってるのかな?」
「ふぁ……こ、こんなとこで……ダメですっ……人に見られちゃいます……」
「おっと。ごめん。そうだよね。人目につくとこで脚なんて揉んでたらなにかと思われるよな。ごめん」
慌てて手を離すとなぜか香月さんは真っ赤な顔をして「やめないで」という視線で睨んできた。
よほど脚が痛いのだろうか?
家に帰ると香月さんは料理を始める。
最初に言っていた通り、彼女の作る料理はとても美味しい。
美少女で優しく、頭がよくて、その上料理まで上手い。
非の打ち所がない完璧さだ。
「なにか手伝うことある?」
「じゃあ玉ねぎとニンジンを剥いてください」
「了解」
料理に慣れているのかやたら手際がいい。
思わず見惚れてしまう腕前だ。
「あの……」
「ん?」
「そ、そんなに見られたら恥ずかしいんですけど」
「あ、ごめん」
ちょっと照れ屋なところもあるが、それも香月さんの魅力のひとつである。
色んな香月さんを知れて、なんか得した気分だ。
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