第2話 マッサージとリアクション

「相楽くんがいてくれて、本当に助かりました。あのままではずぶ濡れで風邪引いていたかも」

「怪我が治っても急に歩くのは大変だよね」

「はい。松葉杖のあと歩くのがこんなに大変だとは知りませんでした」

「慣れるまでは無理することない。焦らずゆっくりでいいと思うよ」

「はい。本当に優しいんですね、相楽くんって」

「そ、そうかな? 普通じゃないの?」


 照れくさくて視線を泳がす。


「そういえばさっきマッサージが得意っておっしゃってましたよね。よかったらしてもらえないでしょうか?」

「えっ!? 香月さんに!?」

「実は肩が痛くて字を書くのも辛いんです。このままじゃ勉強にも支障が出てしまいそうで」

「肩か……厄介だね」


 松葉杖というのは脚に注目しがちだが体重を支える腕や上半身への負担も大きい。


「ず、図々しいですよね。すいません。忘れてください」

「いや、いいよ」


 香月さんの背後に回り、一言断ってから髪を束ねて肩から前に垂らす。

 肩だけでなく背中も施術しなければいけないからだ。


「なんか緊張しますね」

「力を抜いて楽にして」


 華奢な肩に手を置いてゆっくりと親指で押す。


「ぴゃう!?」

「痛かった!?」

「い、いえ。大丈夫です。お気になさらず」

「痛いときは無理しないで言ってね」

「は、はい……」


 かなり無理をしてきたのが揉んだだけで分かる。

 肩から首へとゆっくりと押し回していく。


「あっ……んんんっ……はぁっ……」

「痛い?」

「痛いと言うか、その……あっ……きもちい……はうっ! きもちいいですっ……んあつ」


 なんか妙に艶かしい声だけど痛くはないみたいだ。


「この首の根っこから肩甲骨にかけて特に凝ってるみたいだね」

「あ、そこっ……やっ……はぁっ……」


 香月さんは吐息を漏らしながら軽く顎をあげた。

 なぜかちょっと唇を噛んで声を押さえている。


「そ、そこはっ……んんっ、せ、背中ですよぉ……」

「肩が辛いからといってそこだけ揉んでも駄目なんだよ。筋肉やスジというのは繋がっているからね」

「そ、そうなんですね……あっ、あ、あ……背中もいいかも……」


 背骨に沿って指を下ろしていき、また首へと上げていく。


「擽ったくない?」

「す、少しだけ……ひゃっ!? ひゃはは! そこは擽ったいです!」

「なるほど」


 はじめてマッサージする人はどの辺りが凝ってるとか分かりづらい。

 あちこち揉んで様子をみていた。


「ここは?」

「ああっ! そ、そこは……」

「どう? 痛くない?」

「い、痛いですけど……」

「痛くないけど? なに? ちゃんと教えて」

「その……き、きもちいい、です。言わせないでくださいよぉ……」

「ふむふむ……」


 首の付け根からやや外側、それと肩のやや下側が特に凝ってるみたいだった。


「あ、あの、相楽くん、そろそろ、その……ああっ!」

「あ、ごめん」


 マッサージをしているとつい時間を忘れてしまう。


 指を離すと香月さんはふにゃっと脱力して前屈みに崩れた。

 顔は真っ赤に火照っている。

 血の巡りがよくなったから、なのだろうか?

 それにしてはちょっと赤すぎる気もするが。


「大丈夫?」

「ふぁ、ふぁい……だいじょぶ、れす……」


 蕩けた声で返事をし、ふわふわとした様子で身を起こす。

 なんかマッサージではあまり見ないリアクションだ。


「肩はどう? 少し軽くなった?」

「肩? あ、ああ、ほんとだ。痛みが和らいで軽くなってます!」

「よかった。ガチガチに強張っていたからね」

「すごい……本当に上手ですね…………その、すごく気持ちいいですし……」


 香月さんは赤く上気した顔で語尾をゴニョゴニョと濁す。

 体調は改善したし、気に入ってもらえたみたいで何よりだ。

 ちょっと涙目なのは気になるけれど。


「あ、あああの、わたし、そろそろ帰ります!

 」

「まだ雨降ってるよ?」

「大丈夫ですので」

「そう? じゃあ傘を貸してあげるね」

「ありがとうございます」


 香月さんは逃げるように帰っていってしまった。

 いきなり家に上げてシャワーにマッサージはさすがにやりすぎだったかもしれない。

 昔からの癖でマッサージをするとつい夢中になってしまうのが俺の悪い癖だ。

 嫌われてしまったかもしれないなと後悔していた。

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