マッサージをするとなぜか顔を真っ赤にさせて身悶える美少女に、ものすごく懐かれてます

鹿ノ倉いるか

出逢い

第1話 足を引きずる美少女

「あれって香月こうづきさんか?」


 俺の前を歩く女性を見て呟く。


 香月悠華ゆうか

 彼女は高校一年の一学期にして、既に学校でアイドル的な存在だ。


 艶やかな光沢のある長い黒髪、透き通る宝石のような大きな瞳、白くて滑らかな肌。

 完璧な容姿の上に成績は優秀で性格も穏やかなのだから神聖化されるのも頷ける。

『高嶺の花』を通り越して『天空の花』と称されている美少女だ。


 当然色んなイケメンたちから告白されているが、全員ことごとくフラれているらしい。

 その潔癖さも彼女の魅力とされている。

 同じクラスだが会話したことは数えるほどしかない。


 そんな彼女が足を引きずりぎみに歩いている。

 ついこの間まで松葉杖をついていたが、今はしていない。

 でもまだ歩きづらいのだろう。

 香月さんは壁に手をつき、眉を歪めて足の付根辺りを擦っていた。


「大丈夫か?」

「あ、相楽さがらくん」

「脚が痛いの?」

「ううん。大丈夫。松葉杖取れたばかりだからまだ慣れないだけ」

「そっか。この間まで骨折してギブスしてたもんな」

「ご心配お掛けしてすいません。では」


 香月さんは無理矢理歩こうとしてよろめいた。


「きゃっ!?」

「危ないっ」


 慌てて支えると、彼女も俺にしがみついた。


「ごめんなさい」

「無理しちゃ駄目だって。よけい身体に負担をかけるからな」


 そろりと身体を離して立たせると香月さんは恥ずかしそうに俯いた。


「肩、腕、背中、それに左足の付け根と太もも。その辺りが痛いんじゃないか?」

「ふぇ…… なんでそれを!?」

「歩き方やいま身体に触れた感じで分かった。松葉杖を使うと普段使わない筋肉に負担をかけるから疲れやすいんだ」

「すごい…… そんなことが分かるんですね」

「まあうちの親のマッサージをよくしていたし、中学の時は部活で怪我した奴らのマッサージもしていたからね」


 自分の所属している部はおろかよその部の奴らまでマッサージをして『回復術師』なんて呼ばれていた。


「家まで送るよ。ほら掴まって」

「そ、そんな……悪いです」

「まぁ、さすがにそれは嫌だよな。調子に乗りすぎた。ごめん」


 出すぎた真似をしたと謝ると香月さんはブンブンと顔を振った。


「嫌とかじゃないです。ただ申し訳なくて……よかったら、お願いします」


 顔を赤らめて恐縮する姿は驚くほど可愛い。

これまで特に意識したことはなかったが、間近で見るとあまりの美しさに緊張で硬直してしまいそうだった。

 引き込まれそうになり、思わず目をそらした。


 肩を貸しながら歩いていると周囲の人たちが振り返る。

 こんな美少女と肩を組んで寄り添いながら歩いているから目立つのだろう。

 しかし視線に晒されるのに慣れているようで香月さんは気にした様子もなかった。


「相楽くんはこの辺りに住んでるんですか?」

「そうだよ」

「でも中学は違いましたよね?」

「ああ、俺は高校に通学するため引っ越してきたから。今は一人暮らしなんだ」

「ええ!? 高校生で一人暮らしなんですか?」

「まあね。この学校は通学するには遠いから、親戚の所有してるマンションの一室を使わせてもらってるんだ」

「なるほど。一人暮らしって大変そうですね」

「大変なこともあるけど、気楽でいいよ。まだはじめて二ヶ月だけど」

「へー。羨ましいなぁ」


 香月さんはニッコリと微笑んで俺を見る。

 顔が近すぎるので思わずドキッとしてしまう。


 と、そのとき

 ポツリ……


「あ、雨ですね……」

「ヤバいな」


 傘を差そうにもこの状況では厳しいし、急ぐことも出来ない。

 雨足は一気に強まり、俺らは濡れてしまう。


「私はその辺に雨宿りしますから先に帰ってください」

「そんなことしたら風邪引くだろ。すぐそこが俺の家だから悪いけど来てくれない?」

「でもっ……」

「ほら、急がないとよけい濡れるよ!」

「はい。ありがとうございます」


 六月初旬とはいえまだ肌寒い。

 モタモタしていると本格的に濡れてしまうだろう。


「悪い。急ぐから担ぐぞ」

「え? わ、ちょっと待ってください!」


 やや強引だが濡れるよりはましなので香月さんを担いで走る。

 お姫様抱っこというより戦地で負傷した仲間を運ぶかのような荒々しさになってしまった。


 風邪を引いたらいけないので香月さんにはシャワーを浴びてもらう。

 ていうか勢いで部屋に入れてシャワー使ってもらってるけど、冷静に考えたらすごいことしちゃってるな。


 『天空の花』とされる学校のアイドルが俺の部屋にいる。

 その事実に今さら緊張してしまった。


「すいません。着替えまで貸してもらって。ありがとうございました」


 俺の中学時代のジャージを着た香月さんがタオルで髪を拭きながら戻ってくる。

 直視できないほどの尊さで、慌てて顔を背けた。


「そ、そこにドライヤー出しておいたから」

「何から何までありがとうございます」


 逃げるようにキッチンに移動し、コーヒーを淹れる。

 果たしてあの天女みたいな美しい女の子はインスタントコーヒーなんて下卑たものを飲むのだろうか?

 そんな心配をしながら部屋に戻る。


「良かったら飲んで」

「え? コーヒーまで!? 本当にすいません」

「インスタントで悪いね」

「いい香り……」


 香月さんは小動物のように鼻をスンスンさせてフワッと微笑む。

 少し緊張を解いてくれたみたいでホッとした。

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