第8話

 月日が経つうちに、彼女の記憶は少しずつではあるが取り戻していった。

 まず驚いたのが、彼女にはなんとナマエがあったのだ。シエルという名前らしい。

 気付いたときには両親はおらず、名付け親は知らないみたいだが、俺は名前というものが羨ましかった。それは俺が持っていないものだから。

「シエルはシエルって名前があるけど、あなたには名前はないの不便じゃない?」

「そんな事は考えたこともなかったな」

「じゃあ私が名前をつけてもいいかな?」

「好きにしろ」

「う~ん。それじゃあ『クロ』なんてどう?見た目も黒いし、響きもカッコよくないかな?」

「……なんとでも呼べ」


 俺にナマエがないのを知ったシエルは、『クロ』と言う名を俺にくれた。見た目が黒いからクロらしい。安直と言えば安直だが、それも彼女が言うと嫌味には聞こえないのが不思議だ。

 外の住人は、言葉ひとつとっても、俺のような日陰者とは違うのかもしれない。


「ねぇクロ。私が外に出ると、回りから変な眼で見られるんだけど、何でだろう」

「そりゃそうだろ。この街にはお前みたいなやつはいないからな。俺だって最初は驚いたもんだよ」

「外の世界にはクロが見たことのない人達が沢山いるよ」


 ある日、俺は密かに計画していたことを思いきって打ち明けてみた。


「よかったら俺と一緒に外の世界を目指さないか」と。彼女も外の世界に戻りたいと思い誘ってみたが、断られることも覚悟はしていた。

 シエルは「クロとなら何処でもついていきたい」と悩むこともなく、満面の笑みで返事をしてくれた。

 また、俺の知らない何かが心を暖めてくれた。

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