#29 アリバイトリックと黒歴史になった名推理

 俺は、神崎のスマホを拾って神崎に押しつける。

 神崎が、白い顔で首を振る。

 これ以上ムリ!って訴えてるな。


『あれー? もしもーし? どうしたのー?』

 スマホから駒川の声が聞こえてくる。

『ひょっとして……図星だった?』

 否定しろ、とジェスチャーする。

 神崎はよろめきながらスマホを耳に当てる。


「も、もう。急に変なこと言うからびっくりしたじゃない。美夏が何を好きでもいいけど、変な妄想に巻き込まないでよ」

『あ、まだ頑張るんだ。水くさいなー。わたしたち親友でしょ?』

「親友だけど……エリリがどうとか言われても困る。ちがうって言っても聞いてくれないんじゃ怒るよ?」


『じゃあ、今夜の本配信の時間にまたお話ししよ? 本配信にはルリナちゃんも出てくる予定みたいだから』

「い、いい加減にして! どうしてそんなこと疑われなきゃいけないの? もう切るよ!?」


 そう言って通話を切ろうとする神崎。

 その手を、俺が横合いから掴んで止めた。


「ち、ちょっと!?」

「もうすこしだけ待て!」

 互いにささやき声でそう言い合う。

 俺が確信を持ってうなずくと、神崎は半信半疑の様子で通話に戻る。


「そ、そもそも、そのルリナちゃんって女の子なんでしょ? その声がどうして人見ってことになるのよ。あいつ、キモオタじゃない」

『人見君って、実はけっこう声高いよね。本人は気にして抑えてるみたいだけどさ。無理に低い声でしゃべろうとするからカモクに見えちゃうのかなーなんて思ってたんだ』

「へ、へえー。そうなの。知らなかったわ。オタクの声なんて注意して聞いたことなかったし」

『いまはボイスチェンジャーのアプリもあるみたいだし、地声が高い男の人なら、ルリナちゃんみたいにしゃべれたりするのかもって。どうよ、この推理』

 駒川の声は、いかにもドヤっという感じだった。


(残念ながら、半分しか当たってないな)

 駒川が俺の声に注目してたのには驚いた。

 でも、俺はボイスチェンジャーは使ってない。

 ボイチェンで女性の声を出す男性Vtuberもいるけど、アプリを通すだけで誰にでもできると思ったら大間違いだ。単にピッチを上げればいいってわけじゃないからな。


 俺は、配信画面の経過時間をじっと見る。

(もう来る頃合いなんだが……)

 配信時間の表示が10:00になる。

 配信開始から十分じゅっぷんーー約束の時間だ。


「来たぁっ!」

 ミニキャスに着信の通知が入った。

 俺は相手を、ノータイムでフレンド配信に招待する。

 最近ミニキャスに実装された新機能「フレンド配信」。その名の通り、フレンドと自分の画面を半々に映して、ひとつの配信をシェアできる機能だ。

 七星エリカの配信画面が、アニメーションしてスマホ画面の半分に。

 空いた残り半分に、おなじみの3Dモデルが現れる。


 それを見て、神崎が驚きの声を上げた。

「なっ、なんで!?」

 それもそのはず。配信画面には、ゴスロリドレスの妹系銀髪美少女が映っていた。


『ちょっとお姉ちゃん! イキるのも大概にしないと嫌われちゃうよっ!』

 完璧な演技でそう言ったのは、まぎれもなく七星ルリナだった。

 スマホの限られた画面を半々に割って、七星姉妹が同時に配信画面に映り込む。


『ルリナちゃんっ!? ええっ!? どういうこと!?』

 神崎のスマホから、駒川の戸惑った声が聞こえてくる。


「なっ……えっ!? どうしてルリナが……むがが」

 神崎の口を、俺はスマホを持ってないほうの手で塞ぐ。

 神崎の私用スマホを取り上げて、スカイテルのマイクをミュートに。


 俺は大きく息を吸ってから、

「わたしがいつイキったっていうのよ! 本当のことを言っただけ! キモオタ虹豚に現実を見せてあげてるだけじゃない!」

 配信用のスマホに向かってキレ声を出す。

 エリカを演じる俺に、「ルリナ」がぷんすか怒った顔をする。

『キモオタとか言っちゃダメ! リスナーさんも喜ばないの! 変態さんになっちゃうんだから!』

「ほら、喜んでるじゃない! もっと言ってほしかったらわたしにもっと貢ぎなさい!」

『お姉ちゃん! 投げ銭は無理強いするものじゃないんだよ! ごめんね、みんな! あとでこの女シバいとくから!』


「……さすが、完璧だな」

 配信に乗らないよう、小声でつぶやく。


「ちょっ、どういうことよ!?」

 俺の手を外し、神崎が小声で聞いてくる。

「いいから駒川と話を続けろ。説明はあとだ」

 神崎の私用スマホのミュートを解除し、神崎に返す。


「……っ、そうね!」

 神崎がスマホを握り直す。

「どうしたのよ、いきなり驚いて」

『えっ、いや……だって、ルリナちゃんは人見君で、エリリも……いまは人見君だよね? まさか……一人二役?』

 駒川はまだ疑ってる。


(いや、さすがに一人二役は無理だから)

 3Dモデルの動きは、スマホのカメラで読み取った、配信者の表情に連動してる。同時に二キャラ動かそうとしたら、キャラのモーションがまったく同じになってしまう。

 でも、駒川にはそこまで細かいことはわからないかもしれない。もうひと押しが必要だ。


『みなさん、こんばんは! ルリナだよ! 今日も暴走機関車の愚姉ぐねえを止めに来たから!』

「誰が愚姉よ! ルリナ、あんた登場するたびに口悪くなってない!?」

『ひどい! お姉ちゃんがいじめる! わたしがお姉ちゃん並みに口さがないなんて、名誉毀損で訴えられる案件だよ!?』

「最近あんたに止められてばっかだから、ひさしぶりに一人で配信しようと思ったのよ!」

『お姉ちゃんに一人で配信させるとかありえないし! 寝言は社長やチカちゃんに焼き土下座して謝ってから言えよなオラァン!』

 ルリナが、がおがお、と怒った顔でそう言った。


(……ちょっと本音漏れてませんかね)

 ギリギリのラインを攻めるルリナ(二号)に、コメントがめっちゃ盛り上がってる。

 疑問符を顔じゅうに浮かべてる神崎に、いまのうちに攻めろと合図する。

 ハッとなった神崎が、自分のスマホに向かって言う。


「よくわかんないんだけど……やっぱり美夏の勘違いだったってこと?」

『そ、そんな……でも、一人二役は無理そうだし……ほんとに、わたしの勘違い……?』

「えっと、エリリ、だっけ。しゃべりかたがわたしに似てるって言ってたけど、わたしと似たようなしゃべりかたの女子高生って、けっこう普通にいるわよね?」

『そ、そう、かな……』

 駒川の歯切れが悪くなってきたな。


(いや、こいつみたいにしゃべる女子高生なんて、「普通に」はいないだろ)

 内心でツッコミつつ、俺は配信に集中する。

 一号を軽く越えそうな、ルリナ二号のスペックに戦慄しながら。


『う、うーん……。いつにもましてルリナちゃんがかわいい……これは間違いなく本物だね』

 本物より本物らしい「ルリナ」に、駒川の矛先が大きく鈍る。

「よくわかんないけど、納得した?」

『う、うん……ごめんね、なんか。やっぱりわたしの勘違いだった……のかも?』


「なんで疑問形なのよ。絶対に勘違いだから。ありえないから。なんでわたしがキモオタ虹豚向けのヴァーチャルアイドルなんてやんなきゃなんないのよ。わたしが人見と組んでマイチューブで配信してる? マジありえないから!」

『き、教室で人見君を見てたのは本当だと思うんだけど……』

「それ、本っっ当に確かだって自信ある? わたしがエリリだって勘違いしてたからそう錯覚しただけなんじゃないの?」

『う……そう言われると自信なくなってきた……』


「だから、ありえないって。じゃあ聞くけど、美夏から見て人見って恋愛対象に入るわけ?」

『えーっと…………まあ、ないかな』

「でしょうが!」

 ドヤ顔で神崎が胸を張る。


(この野郎、あとで覚えてろよ!)

 俺はルリナ二号の投げてくる豪速球や変化球にキリキリ舞いになりながら神崎を睨む。


(そろそろ切り上げろ!)

 俺は腕をぐるぐる回して神崎に合図する。


「わかったらもういい? お風呂空いたってママが言ってる」

『ご、ごめーん、絵美莉。イヤな思いさせちゃったね……。あああ、思い出したら恥ずかしくなってきた! うああああっ! エリリの正体が知り合いなんて、そんな偶然あるわけないだろわたしぃぃっ!』

 「勘違い」だったことが発覚し、駒川が羞恥に悶えてる。

 ほんとは当たってるだけに気の毒だけど、今は恥ずかしがってもらうしかないな……。


 一方、神崎は完全に余裕を取り戻していた。

「べっつにー? 美夏の思い込みが激しいなんていつものことだしぃ? 全っ然、これっぽっちも気にしてないわ!」

『ううう、これ絶対気にしてるやつだ……。ごめんね、明日また謝るわ……』


 それを最後に、駒川の声は聞こえなくなった。

 通話の終わったスマホの画面を、神崎が俺に見せてくる。

 俺がサムズアップすると、神崎もぐっと親指を立てた。

 高評価。


「……って、早く代わってくれ! いい加減ボロが出る!」

「そ、そうだったわね!」

 これまでの鬱憤を晴らす勢いで暴れ回る「二号」を必死でいなし、短時間のミニキャス配信をなんとか終えた。

 その後の本配信よりよっぽど疲れたのは言うまでもない。

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